第12話 過去の始まり
事件を語る前に話しておかなければならない。
当事者である四人の少年少女。
彼らがどのような過程で斯様な事件に関わるのかを。
時間は今から八年前に遡る。
真夏のグラウンドに少年少女の声が響き渡る。
打たせていこう!
塁に出よう!
互いが互いに大きな声を出し自分のチームの投手を、打者を応援する。
最終回二死ツーストライク。
この一球が決まれば試合が終わる。
ボールを握る少年が大きく振りかぶる。
狙うは捕手である少年のミット。
美しく力強いフォームから繰り出された速球はとても同い年の子供が打てる様な球ではなかった。
ど真ん中に投げられた球がミットに収まると遅れてきたバッドが出た。
それを確認した審判が高らかにアウトを宣言する。
投げた少年のガッツポーズと同時にフィールドに勝者の歓声が響き渡った。
*****
「どうだ!俺の渾身の一球は?」
試合後の帰り道、投手だった少年が自慢げな顔をする。
その顔を見た捕手を務めた少年はため息をつく。
「何が渾身の一球だよ。ど真ん中の真っ直ぐじゃないか?」
「なんだよ、正輝?三振取ったからいいじゃねえか」
「それは結果論だろう?僕はあの時長打を警戒して外角低めを要求したじゃないか」
全く悪びれない勇人に正輝は呆れる。
それに乗っかる様に少女が口を挟む。
「正輝君の言う通りよ勇人。アンタが正輝君のサインを無視してそこ投げたのはわかっているんだから」
「細かい事言うなよ、菜月。結果、勝ったんだからさ」
二人から文句を言われ開き直る勇人。
その態度に二人から更なる集中砲火を浴びる。
彼らにとってはいつもの話だ。
無鉄砲な勇人を正輝と菜月が諫める。
そこに日傘をさした少女が現れる。
「みんな、お疲れ様!」
三人はじゃれ合うのをやめ少女の元に駆け寄る。
「陽奈、来てたのか」
「うん、今日は調子いいからね。それより最後見てたよ。カッコ良かったよ」
「だろう、だろう!」
陽奈に褒められ勇人は鼻を伸ばして得意気になる。
それを見聞きした正輝と菜月が陽奈に文句を言う。
「陽奈ちゃん。何度も言ってるけどあまりコイツを調子に乗らせないでくれ」
「そうよ、アキ。コイツが調子に乗るとロクな事にならないんだから!」
「お前らなぁ」
散々な言われ様に勇人は顔をしかめる。
そんなやり取りを見て陽奈はクスクスと笑う。
「二人の言いた事はわかってるよ。でも、本当にカッコ良かったんだもん。それは正輝君にも菜月ちゃんも同じだよ」
今日の勝利が勇人一人によるものではないことを陽奈は知っている。
菜月は外野に抜けそうな打球を止めピンチの芽を摘んだ。
正輝は勝ち越しのチャンスを作り四番を打つ勇人に繋げた。
そう言った行動の積み重ねが今日の勝利を呼んだ。
それを理解した三人は笑顔を見せた。
「よし、皆。今日は帰ったらすぐに陽奈達の家に遊びに行こうぜ」
「え、この後すぐ?」
勇人の言葉に陽奈は面食らう。
確かに試合は午前中に終わっているから遊ぶ事はできる。
しかし、勇人は今日の試合最後まで投げ抜いている。
それは彼の球をずっと受けていた正輝もだし、菜月もだ。
「皆、大丈夫なの?」
「おう、余裕だ!お前らもそうだろう?」
「そうねぇ。ちょっと休めば回復できるわ」
「右に同じ」
勇人と同じ様に元気な顔を見せる二人に陽奈は流石は運動部と感心する。
それと同時に羨ましく思う。
体の弱い自分ではこうやって試合を見に来ることさえ大変なのだから。
ふと寂し気な笑顔を見せる陽奈の手を勇人は掴む。
「行こうぜ、陽奈!早く帰って皆で遊ぼう!!」
掴まれた手は汗と泥にまみれていた。
本来なら不快な感覚のはずだ。
しかし、彼に握られている時は全くそれを感じない。
それ所か不思議と顔が熱くなり、鼓動が速くなる。
少年の年相応な屈託のない笑顔を見て陽奈はますます赤くなる。
「ん?どうした、陽奈」
「なんでもない」
心配そうに顔を覗き込む勇人に陽奈は顔を見せない様に伏せる。
そんな二人の睦まじいやり取りを見て正輝と菜月は複雑な表情をする。
普段は仲の良い四人だが、その関係は一枚岩とは言えないのはこの時点で既に始まっていた。
ただ、狭い世界しか知らない少年達はこの友人関係が末長く続くものだと思っていた。
しかし、時は移ろい体も心も成長する。
それに従って視野もどんどん広くなる。
そうした刺激が新たな摩擦を生むキッカケになる時もある。
彼らにとってそれは二年後の春の出来事だった。
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