第11話 舞の情報

「私の一族は代々諜報を生業としてきました」


 政治家や反政府組織のリーダーなど依頼さえあれば報酬次第でどんな人物の依頼も受けてきた。

 決して表に出ないが国内の歴史出来事も彼女の一族が関わっていたものもいくつかあるらしい。

 そんな彼女達にある依頼が入る。

 ある事件を調査して欲しい。

 その事件とは――――――


「――――――久遠村消滅事件」


 三年前、突如として一つの村が一夜にして消えた。

 消えたと言うのは言葉の通りだ。

 人や物、田んぼなど村を構成していた全てのものが跡形もなくわずか一日で消えてしまったのだ。

 一見すると極めて奇妙な事件だが、当時の政府が徹底的な情報統制を行い表沙汰になってない。

 それは久遠村がかなり閉鎖的な村であり外との繋がりが極端に小さかったからだ。

 その後、この異常事態に政府は極秘裏に調査隊を派遣している。

 一つの村が物理的に消し飛ぶなんて何かしらの痕跡が残っているはずだからだ。

 調査隊の誰もがそう思ったに違いない。

 しかし、何も見つからなかった。

 爆弾の破片とか科学的な異常数値だとかが一切見当たらない。

 ここは最初からこうだったんだと言われるぐらいその数値に何か特筆すべきものはなかった。

 あまりに不可思議な事に調査隊は困惑した。

 ここまで科学で証明できないものがあるのかと。


「――――――となると、私たちの業界の出番になりますよね」


 科学が発達した現代において、魔法や幻想種はオカルトとされ馬鹿にされる。

 だが、そう言った人間も馬鹿ではない。

 この世が科学だけで説明できないという事を理解している。


「だが、お前は専門家ではないだろう?」

「えぇ。だから、依頼を受けた時は正直どこから手をつければ良いのやらって思いましたよ」


 遠い目をしながら苦笑いを浮かべる舞からその苦労が窺い知れる。


「とりあえず難しい事はわからないので事件に関係した情報を集めることにしましたね。目撃情報とか」


 しかし、外界との繋がりが極めて乏しい久遠村では村の存在を知る人を集めるのも難しかった。

 それならとオカルト専門家とかに聞いて突破口を探してみたが見つからない。

 途方に暮れた舞はアプローチを変える事にした。

 村の住人は無理でも事件当日に村の方向に向かった人間がいないかと調べ始めた。


「その結果見つかったのが時戸善治――――――です」

「アイツは親じゃない。ただの他人だ」


 勇人は苦虫を噛み潰しながら即座に否定する。

 舞はそんな事はお構いなしに話を続ける。


「で、彼から直接聞こうとしたんですけど全く相手にしてもらえませんでした…………」

「だろうな」


 どんな手を使ったかわからないがあの鉄仮面の如く無表情で無感情な男が答えるとは思えない。

 彼女の問いを全て無視する姿が勇人は容易に想像できた。

 しかし、相手にしてもらえなくても舞にとって事件の手がかりを知る可能性がある唯一の人物である以上このまま引き下がれない。

 そこで舞は善治の素性を調べることにした。

 趣味嗜好がわかれば相手に接近しやすくなるからだ。

 だが、そこでまた彼女は難題にぶち当たる。

 時戸善治と言う男はどこにも存在しないのだ。

 戸籍や学歴とか日本でおよそ入手できる情報にこの男の名前はなかった。

 そうまさかの偽名だったのだ。

 舞は頭を抱えた。

 何しろ善治は仕事以外で人と関わってなく普段の生活もよくわかっていないからだ。

 昔の写真とかを調べようにもそう言った痕跡もキレイに消されている。

 わかるのは幻想種を討伐する組織のトップにいると言うことだけだ。

 逆にこれだけ素性不明な男だとかなり疑念が深まる。

 何とかしてこの男の経歴を調べないといけない。

 その為には善治に近づいて直接調べるしかないと舞は結論付けた。


「だから、ここに入ってきたのか」

「そうです。幻想種と言うオカルトじみた存在を狩る組織の長であの村の近くにいたなら確実に事件について知っている。そう直感したんです」


 だが、舞には懸念する点があった。

 それは彼女が幻想種に対して素人であったことだ。

 勇人もこの業界の特殊性を知っている。

 そもそも、現代で普通に生きている人間が幻想種に出会う確率はとてつもなく低い。

 具体的には年間で十人いれば多いとされている。

 これは交通事故の死亡者数を圧倒的に下回る。

 出会わなければ、知らなければこの世界の事などわかるはずがない。

 加えてこの業界は資質がないと根本的に成り立たない。

 具体的には幻想種を感知し対峙できるだけの可能性を秘めた人間だ。

 この能力は遺伝に左右されることが多い。

 それ故、この国に所属する幻想種を相手取る組織の多くは歴史ある組織だ。

 下手をするとこの国の有史まで遡れる組織もあると聞く。

 そんな業界だから縁もゆかりもない人間が入ってくるのは極めて稀なのだ。


「ですから突然、組織に入れてくださいって言えないんですよね…………」

「基本的にコネだからな」


 資質がある普通の人がこの業界に入るには関係者からの紹介が必須だ。

 つまり、この業界にいる人間は選ばれた人間と言うことだ。


「そうなんですよね。幸い私には対幻想種の適性があったのでそのコネを作るのがねぇ…………」


 舞は言葉を濁す。

 どのような方法を使ったかわからないがあまり好まない方法だったのかも知れない。


「ともかく、これが私がこの組織に入った経緯です」

「――――――そうか」


 勇人は腕を組み今までの話を整理する。

 舞の言葉に嘘はないだろうし、クライアント以外の事はこれで全部だろう。

 ならば勇人が聞きたい事は一点だ。


「お前の依頼主の狙いは何だ?」


 この話を他の人に知られれば彼女達にどんな厄災が降りかかるか。

 勇人にとって大事なのはそれだけだ。


「事件の全容解明です」

「それだけじゃないだろう」


 本当に事件の全容解明だけを狙っている人間なのかは正直怪しい。

 少なくとも彼女達の真実を知ってしまえばそいつはどんな行動を取るか……。

 しかし、残された時間も多くないのは確かだ。

 勇人は静かに目を閉じ迷いを捨て決断する。


「わかった。話してやる」

「良いんですか?」


 断られると思っていた舞は目を大きく見開く。


「あぁ、その代わり、必ず奴を打倒できる物を用意しろ」


 ごちゃごちゃ考えても彼女達は救えない。

 一時しのぎになるかも知れないしより大きな災いを呼ぶかも知れない。

 だがそれはそれ。

 今ここで舞の取り引きに応じなければ全てが終わってしまう。

 勇人は己の全てを語る決意を固めた。

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