第14話 恋模様

 放課後の学校のグラウンドに威勢の良い声が響き渡る。

 サッカー、陸上、テニスなどそれぞれの運動部の生徒達が各々の目標に向かって必死に練習に取り組んでいる。

 その中でも野球部は一際大きな声を上げていた。

 汗だくで白球を懸命に追いかける姿はこの上になく絵になる。


「ほらそこ!足を止めない!!」


 帽子をかぶった少女がノックバットを構えながら部員を叱咤する。

 それに応える様に部員も気合の入った声が出す。

 少女がノックバットを振る。

 打球が二度三度バウンドする。

 決して速い打球ではない。

 しかし、打球は部員が取れるか取れないかのギリギリの所に飛んでいく。

 部員は全力でダッシュし何とかボールを取り一塁に向けて目一杯に投げる。

 しかし、ボールは一塁から大きく逸れてしまう。


「取ってまでは良かったよ!あとは送球だけ!!」


 少女はそう言うとまたバットを振る。

 後ろに控えていた部員が声を出しボールを取りに行く。

 それが何回か回ったぐらいの頃、ある男子が近づいてきた。


「よぅ、天津。調子はどうだ?」

「あ、滝先輩。お久しぶりです!」


 呼ばれた菜月は勢いよく頭を下げた。

 それに続いて野球部員たちも頭を下げる。


「今日はどうしたんですか?」

「大会も近いから部の様子が気になってな。悪いな邪魔をして。皆は練習に戻ってくれ」


 部員達は挨拶をするとそれぞれに練習に戻っていった。

 それを見届けるとOBであり元キャプテンの滝は口を開く。


「どうだ、今年のチームは?」

「皆、気合が入ってますよ。去年より格段に良くなってます」

「おいおい、それをOBである俺の前で言うか?」

「本当の事ですから。例えば――――――」


 そう言うと菜月は今年の期待の選手の名を口にしていく。

 その嬉しそうな顔に滝も頬を緩める。


「今年は相当期待できそうだな」

「えぇ。でも、やっぱり大会に勝つにはの活躍次第です!」


 菜月は真っ直ぐ見つめて力強く言い切る。

 その視線の先にはマウンドに立つエースの姿があった。


「勇人か」

「はい!」


 滝は勇人が入部した頃を思い出す。

 新入部員として挨拶した時、彼は高らかに宣言した。

 目標は全国制覇ですと。

 同級生も先輩も全員失笑した。

 当時のチームは全国はおろか地区大会もまともに勝てなかった。

 そんなチームにおいて全国制覇を宣言する彼が部員達から異端に映るのは当然と言えば当然だった。

 しかし、勇人は本気だった。

 チームの誰よりも野球が上手いのにそれを鼻にかけない。

 それでいて一番乗りで練習を始めグラウンドに最後まで残る。

 そんな彼の姿勢に皆が触発されていった。

 それまで弱小だったチームがいつの間にか全国大会出場を狙える程になっていった。

 そして、迎えた去年の夏の県大会決勝。

 勝てば全国大会出場が決まる大一番で勇人は完投してチームを勝利に導いた。

 全国大会では残念ながら緒戦で敗れてしまったが、学校の歴史で初の全国出場に地域は沸いた。

 あれから一年が経過し、勇人ももう中学三年生。

 この夏が最後の大会だ。

 今度こそアイツの目標である全国制覇を成し遂げて欲しいものだ。


「今年は全国制覇いけそうか?」

「もちろんです!」


 滝の問いに菜月は力強く即答した。

 滝はその言葉に満足し背を向ける。

 卒業して部外者となった自分がいつまでもここにいる訳にはいかない。

 そう思って学校を出ようとした時だった。


「ん?あれは――――――」


 滝が見つめる先に一人の少女が立っていた。

 顔立ちは菜月に似ているが雰囲気は真逆だ。

 ボーイッシュなショートヘアの菜月に対し、少女は腰まで届くロングヘアであり女の子らしいと言う表現がよく似合う。

 少女がグラウンドに向かって手を振ると部員達が露骨に色めき立つ。

 滝はその少女の名を知っている。

 天津陽奈。

 学内切っての美少女であり野球部のマネージャー、天津菜月の双子の姉だ。

 病弱で学校を休むこともそれなりにあるが温厚で優しいと専らの評判だ。

 その扱いはアイドルと言うより高嶺の花や有名な絵画を見る様な感じに近い。

 どこか儚げな印象がそうさせているのだろう。

 そんな彼女だがよく野球部の見学に来ている。

 妹がマネージャーを務めているのもあるが目的もあるだろうが、たぶんもう一人の人間の事が気になるからだろう。

 練習をしていた勇人が陽菜の元に駆け寄っていく。

 二人で話をしている姿はまるで恋人同士の様で仲睦まじくも見える。

 それを見つめる菜月の背中はどこか寂しげだ。


「――――――やれやれだ」


 校内トップの美少女と野球部を初の全国に導いたエース。

 十分絵になるカップルだが、そこにあぶれたもう一人の美少女の存在がいる。

 滝の脳裏に一抹の不安がよぎる。

 もしかしてこの恋模様がチームに大きな衝撃を与えてしまうのではないか。

 しかし、滝は既に卒業しており部外者だ。

 ここで何かを言えばそれこそ爆弾に引火させてしまうかもしれない。

 ここは何も言わずそっとしておこう。

 滝はこの爆弾がせめて大会中まで持ってほしいと願いつつ母校を後にした。

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