第5話 ぶつかり合う神と神

 モヤが晴れると見覚えのある場所に出てきた。


「――――――ここは…………私の家?」


 混乱する陽菜に対して勇人は驚くほど落ち着いていた。

 閑静な住宅街にある豪邸が目と鼻の先にある。

 どうやらさっきのモヤは強制的に移動させる魔法だったようだ。

 周囲を確認してもこれが幻術の類ではなく罠がある訳でもない。

 ただし、目の前の天津邸は違った。

 既に人払いの結界が張られている。

 中で何が起こっているかわからないが予測は立てられる。

 ロキの襲撃があったと考えるのが自然だ。

 罠が張ってある可能性が高い。

 このまま陽菜と乗り込むのは危険だ。

 せめて、彼女の安全を担保せねばあそこにいけない。


「あまり、頼りたくないな」


 勇人は携帯を取り出す。

 応援を呼び陽菜を保護してもらうためだ。


「そうはいかないよ」

「――――――ッ!」


 背後に突如としてロキが現れる。

 反応が遅れて振り返る勇人の手をめがけてロキが何かを突き出す。

 何とか回避して手が傷つく事は避けれたが使おうとしていた携帯は呆気なく貫かれた。

 槍だったのか剣だったのか勇人の目には、はっきりと視認出来なかったが鋭利なものであることはわかった。


「よく避けたね。でも、これで応援は呼べないよ」


 壊れた携帯が地面に落ちるとロキは嫌味ったらしい笑顔を浮かべる。

 それに対し勇人は返す余裕がない。

 通信手段を失った事は非常に痛く、これでは応援が呼べない。

 組織の人間もいずれこの異変に気づくだろうが、それもいつになるかわからない。

 その間、どうやって陽奈を守るか?

 一つはロキを陽菜から遠ざける様に戦うこと。

 ロキの狙いは陽菜である以上、狙われない距離に置けば勇人も存分に戦える。

 しかし、もしロキが部下を引き連れていたら彼女を危険に晒してしまうかもしれない。

 もう一つは彼女を抱えながら時間を稼ぐこと。

 そうすることで隠れているかもしれないロキの部下に襲われるリスクを減らすことができる。

 しかし、それは勇人の動きが制限されてしまうことに繋がる。

 トップランクの知名度を持つロキ相手に果たしてどこまで粘れるかは未知数だ。


「どうした、勇人?ボクは一人でここにいるんだよ」

「――――――お前の言葉は世界で一番信用ならないんだよ」

「ハハッ。ボクも嫌われたね」


 瞬間、二つの神が同時に動く。

 拳と拳の応酬。

 しかし、それは挨拶に過ぎない。

 勇人はすぐに距離を取り陽菜を抱える。


「じっとしてろよ。舌を噛むからな」


 耳元で囁くと勇人は一気にこの場からの離脱を図る。

 勇人が選んだのは後者の策だった。


「逃がすと思った?」


 こちらの行動を読んでいたロキが回り込んでくる。

 しかし、それは勇人も織り込み済みの状況だ。

 陽奈を奪おうと手を伸ばすロキに対し勇人はゲートを作って対抗する。

 ゲートは勇人の真後ろに繋がっておりロキは勢いあまってそこに現れる。


「吹き飛べ!」


 勇人が手をかざすとそこから烈風が巻き起こる。

 人間を軽々吹き飛ばす強風にさしものロキも百メートル先まで飛んでいく。

 これで距離的にアドバンテージは取れた。

 どうやらロキはこの地域一帯に結界を張っているようだ。

 でなければこの騒ぎに誰も反応しないなんてありえない。

 だったら、あの天津邸に張られた結界の意味は?

 いや、考えても仕方ない。

 勇人にとって今の最優先事項は陽奈を連れてこの場を離れること。

 結界の外に出ればロキもこちらを追い難くなる。

 結界を張っている以上、奴も人目を気にしているのは間違いない。

 外に出てタクシーか何かを拾い組織の本部か支部に陽奈を預ける。

 ロキとの戦いはそれからだ。

 勇人は屋根伝いで脱出しようと近くの民家の屋根に飛び乗ろうとした時、足元に違和感を覚えた。

 見ると蛇の尻尾が巻きついていた。

 巻きついた蛇は釣り糸の様に一気に引っ張ってくる。

 二人の体は一本釣りされたカツオの様に天高く弧を描く。

 陽奈の悲鳴が聞こえる中勇人も何とか蛇を引き離そうとするが、少女を抱え手が思うように使えない状況では拘束を解くのは容易じゃない。

 ならば、蛇を破壊しようと試みるが蛇はその身を器用にくねらせてそれを許さない。

 このままでは地面に激突する、そう判断した勇人は蛇を諦め地面に向けて手をかざす。

 地面に向かって強風を巻き起こす。

 風はクッションとなり落ちる二人の衝撃を和らげる。


「大丈夫か、陽菜?」

「え、えぇ」


 二人は体を起こし、落ちた場所を確認する。

 どうやら、天津邸の庭に落ちたようだ。

 彼らの周りには屋敷の使用人や護衛が倒れている。

 その中には屋敷の主であり陽菜の祖父である総一郎も仰向けに倒れていた。


「おじい様!」


 陽菜が駆け寄ると老人から弱々しいうめき声が漏れる。

 勇人が様子を確認する。

 腕の骨が折れるなど重傷ではあるが幸い命に別状はない。

 適切な処置をすれば後遺症も残らないだろう。


「おじい様、しっかりしてください!」

「うぅ、陽菜……?」


 陽菜の必死の呼びかけに総一郎は意識を取り戻す。

 その姿に陽菜はホッと胸をなでおろす。


「――――――逃げるん……じゃ……奴が……来る前に…………早く…………」

「――――――無駄だよ」


 総一郎の言葉を遮るようにロキが塀を乗り越えて現れる。


「ここは特別な結界を張っているんだ。例え、勇人がフルパワーで暴れても耐えられるように作られているよ。それは君も理解しているだろう?」


 勇人の方を見るロキの顔はこの上なく余裕の笑みを浮かべている。

 確かにロキの言うとおりだ。

 この結界は相当な強度を誇る。

 内側から壊すのは時間がかかる。

 完全に檻に閉じ込められた格好だが、ロキはこれからどうするのだろうか?

 この状況では勇人が邪魔になるはずだ。


「もちろん、君を排除してからゆっくりやるだけさ」

「舐められたものだ」


 勇人は陽菜と総一郎の周りに結界を張る。

 この空間は既に外と隔離されている。

 内側からは出れないし外からも入れない様になっている。

 この結界を張った張本人でなければ容易に解除はできない。

 この敷地の中にロキの部下がいないのは確認済みだ。

 つまり、正真正銘ロキとの一騎打ちと言うことになる。


「さあ、勇人。決着を着けよう」


 ロキの力が膨れ上がる。

 その力は威圧感となりどんなに鈍感な人でも恐怖を感じるだろう。

 畏怖と畏敬。

 それはかつて強大な自然の力を操り人々を支配した力だ。


「――――――神格解放」


 勇人も戦闘態勢に入る。

 今までとは格が違う相手に彼もまた全力で応える。

 出し惜しみはしない。

 かつて、世界を滅ぼしたとされる邪神を相手に手加減などしない。

 トリックスターと竜。

 共に世界を壊す存在の戦いが今始まろうとしている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る