第6話 概念兵器

「――――――モード=プレデター」


 勇人はもう一つの心臓を起動させる。

 既に準備運動を終え温まている彼の体はすぐに変化する。

 袖を突き破り肥大化した龍の腕が姿を見せる。


「ヴォルフを瞬殺した姿か」


 ロキの顔から余裕の笑みが消えた。

 流石に世界を滅ぼす邪神と言えど幻想種の世界において最強の種族、竜種を相手に余裕はないようだ。


「「――――――――――――」」


 睨み合うこと数秒。

 先に仕掛けたのは勇人だった。

 竜化した巨大な腕をすくい上げる様に下から振り抜く。

 直接爪に触れていない地面が風圧だけで抉れていく。

 抉られていく地面は土砂となりそれだけで脅威となる。

 それをロキは当たらない距離まで下がる。

 土砂は砂煙となり視界を奪うが、それは両者にとって何の障害にもならない。

 勇人はロキの位置を正確に捉え、ロキは勇人がどこから来るか把握している。

 勇人が飛び出すとロキは巨大な火の玉を構え待ち構えていた。

 自分の身の丈並みの火の玉が直撃し勇人の体は宙に舞う。

 だが、勇人は着地するとそんな影響をまるで感じさせず再び突撃してくる。

 ロキもそれはわかっていたらしく火の玉の弾幕を容赦なく撃ち込んでいく。

 勇人はその中をお構いなしに突進する。

 ロキの出した火の玉は普通なら一発でも当たれば黒焦げになってしまう。

 しかし、勇人には効かない。

 彼が契約した幻想種である竜種は高い防御力に加え多くの自然現象に対して高い耐性を備えている。

 この程度の炎では目くらましにもならない。

 暴走車もかくやと言わんばかりの突撃で一気に距離を詰めた。

 振り抜かれる異形の豪腕は近くで見るだけで背筋が凍る。

 それが自分の方に向かってくるとしたらその恐怖は計り知れない。

 だが、相手しているロキも化け物。

 その一撃を紙一重で回避する。

 勇人もそれが当たらない事は重々わかっている。

 よって、勇人の本命は異形化してない左だ。

 人の形をしている左腕は右よりパワーが落ちるが、今の状態は通常時を遥かに上回るパワーを備えている。

 鋭く速い左拳が真っ直ぐロキのボディを狙う。

 右を警戒していたロキからすれば左に対しては反応は当然遅れる。

 入ると思った勇人の攻撃はすんでの所でガードされてしまう。

 それでも勇人はお構いなしに拳を押し込む。

 その結果、ロキを数メートル後退させる事になる。


「やるね、あの時よりずっと強くなっている」

「――――――――――――」


 ガードした腕の痺れを取ろうとロキは手首を振っている。

 ダメージと言うほどではなくても足止めになる。

 だが、ロキの余裕は消えない。


「勇人、ここからが本番だよ」

「そんなもの一瞬で終わらせてやる」


 一瞬の間を起き同時に動く。

 物理法則を超えた化け物同士の戦いはまだ始まったばかりだ。



 ***********



 少女の視線の先でこの世のものとは思えない戦闘が続いている。

 遠巻きで見ても目で追うのがやっとだ。

 何が起こっているかわからないが目を離すことができない。

 陽菜はこれまでの彼の戦いを思い出す。

 キマイラと戦い、悪魔崇拝者サタニストを蹂躙したあの夜。

 吸血鬼を倒したつい先日の事。

 どれも共通しているのは勇人が敵を圧倒していたことだ。

 今回もそうなっている。

 素人目で見ても勇人が押しているのは明白だ。

 しかし、陽奈の中に言い様のない不安がよぎる。

 確かに勇人が押している。

 ガードの上から強引に叩き込まれる攻撃は確実にロキを追い詰めている。

 防御で手一杯のロキはいずれ崩れそのまま勇人が勝つ。

 そんな状況のはずなのにロキはどこか余裕を感じる。

 何か秘策でもあるのだろうか?

 陽奈の中の嫌な予感は次の瞬間現実のものとなる。



 **********



 防御の隙間を縫って勇人の拳がロキのわき腹を捉える。


「――――――ぐっ」


 苦悶の顔を見せ後退するロキに勇人は迷わず追撃する。

 堪らずロキは巨大な火の玉を飛ばす。

 至近距離の一発に流石に勇人も直撃してしまう。

 映画に出てきそうな大きな爆発をまともに食らい足が止まる。

 その爆風は離れた陽菜が吹き飛ばされそうになる程だった。

 対して、爆炎の中から出てきた勇人は多少服が焦げた程度であり大きなダメージはない。


「――――――はは。やっぱり素手で君と戦うのは分が悪そうだ」


 そう言うとロキは虚空から何かを取り出した。

 それを見た瞬間勇人は息を呑む。

 取り出された物は剣だった。

 刃渡りは一メートル以上あり分厚い刃も特徴的だった。

 だが、そんな物は彼の眼中にはない。

 彼が脅威に感じたのは剣から発せられる異様な雰囲気だ。

 剣からは殺気が放たれその全てが勇人に向けられている。

 決してロキから出されるものではない。

 まるで意志を持ち必ず勇人を殺そうとするその剣はまさしく魔剣だった。


「気づいたかい?この剣は『グラム』。かつて、主神オーディンがシグムントに授け、息子のシグルズに受け継がれた剣だ」


 北欧神話の英雄『シグルズ』。

『ヴォルスンガ・サガ』に登場する彼は父から受け継いだ剣で様々な困難を乗り越えた。

 その偉業はドイツの英雄叙事詩『ニ―ベルゲンの歌』の英雄『ジークフリート』の元となった程だ。

 そのシグルズを語る上で欠かせないものは――――――。


「――――――竜殺し」

「その通り。邪竜ファヴニールを討ち果たした彼は間違いなく竜殺しの英雄だ。そして、その時使われたこの剣もまさしく竜殺しだ」

「――――――概念兵器か」


 アーサー王のエクスカリバーや雷神トールのミョルニルなど古今東西に登場する神話の武具には様々な伝承を有している。

 その伝承の中にはある事を必ず行えるものがある。

 例えば必ず切れる剣や絶対に貫く槍などだ。

 そうした特定の事に特化した武具を概念兵器と呼ぶ。

 そして、グラムは竜種を殺すことに特化した概念兵器だ。

 ロキが迫る。

 その速さは勇人の反応を超える。

 下から振り抜かれた白人は異形の腕を豆腐でも切るかのようにいとも容易く切り裂いた。

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