第3話 デートと思い出

 都心のスクランブル交差点はいつも人で賑わっている。

 老若男女がそれぞれ思い思いの目的地に向かって歩いて行く。

 そんな当たり前の光景を見て勇人はいつも思う。

 あそこにいる人達はどうしてぶつからずに歩けるのだろう?

 目的地の違う人間が一斉に動くのに大きな乱れもなく交差点を渡り切る。

 それを何度も繰り返す。

 一見すると日常の風景だがそれを少し深く考えると大きな疑問になるのはよくある事だ。


「勇人君、どうしたんですか?」


 もっとも、勇人が今抱いている疑問は現実逃避するためのものである。

 彼が下を見ると陽菜が腕に絡みついている。

 自分がどれだけの行動をしているかわかっているのか知らないがその顔は満面の笑みを浮かべている。

 そんな楽しそうな彼女を周囲の人々から見れば恋人と一緒にいるものだと考えるだろう。

 しかし、絡みつかれている勇人の方は明らかに疲れた顔をしている。

 清楚な女の子に好意を寄せられているのは一見ヤクザに見える屈強な男。

 人々の視線が自然と集まってくる。

 正直、振り払いたい気持ちでいっぱいだが、それもそれで余計な騒ぎになりそうだから別の方法を考える。


 ――――――暗示を使うか。


 勇人が心で念じる。

 これで好奇の目は和らいでいくだろう。


「お前、恥ずかしくないのか?」

「え?何がですか」

「いや、大勢の人がいるの前でこんな事して恥ずかしくないのか?」


 勇人の問いに陽菜はキョトンとした顔をする。


「恥ずかしくないですよ。好きな人と一緒にいるんですから」


 陽菜は平然と言ってのける。


 ――――――こいつ、昔はこんなんだったか?


 勇人の記憶の中の彼女はこれ程積極的だったのだろうか?

 しかし、あやふやな記憶ではあの頃の彼女の事は思い出せない。


「ほらほら、ここでじっとしていても何も始まりません」


 腕を引っ張り交差点の方に歩き出す陽菜。

 彼女の真意もプランも勇人には全くわからない中、二人のデートは始まった。



 *****



 真っ暗な部屋には多くの人がいる。

 彼らの視線は部屋の唯一の光源である巨大なスクリーンに集まっている。

 スクリーンでは外国人の男女が熱いキスをしている。

 道中、二人に降りかかる様々な試練。

 それを乗り越えての感動の再会に映画館にいる多くの人が感動し涙を流している。

 勇人の隣に座っている陽菜もその中の一人だ。

 一方の勇人は無感動でただぼんやりと映画を見ている。

 最近話題の映画らしいが、彼の心には響かない。

 映画など久しく見ていない。

 少なくともこの仕事を始めてからは一度もない。

 だからと言ってこの映画に対して特に感想はない。

 強いて言えばギリシャ神話の叙事詩『オデュッセイア』みたいだ。


 ――――――何とも味気ないな。


 自らの感想に自嘲気味になる。

 映画に限った話ではなく最近の勇人は娯楽らしい娯楽に触れていない。

 ゲームとか漫画とかも見てない。

 日々の仕事に忙殺されていた事もあるが興味がないのだ。

 たまに触れることはあっても感想が湧かない。

 漫画やゲームで起きる事象は彼にとっては日常故に没入できないのかもしれない。

 そう言った意味では映画に対して素直に感動できる陽奈は少し羨ましい。

 しかし、こう言ったものを娯楽として成立させるには勇人達の様な存在が不可欠だ。

 そう自分に言い聞かせているとスクリーンではスタッフロールが流れていた。



 ******



 映画を見終わった二人は近くのファミレスに入った。


「面白かったですね」


 食事を終え紅茶を飲んだ陽奈は開口一番に言った。


「あぁ、そうだな」


 それに対し勇人はドリンクバーで取ってきたお茶に口を付けながら生返事をする。

 そこから映画の感想を続ける陽菜に対し勇人は、ああとかそうだなと気のない返事を続ける。

 そんなやり取りをしていく内に彼女はむっとした表情になっていく。


「――――――勇人君」

「なんだ?」

「ちゃんと、話聞いてますか?そもそも映画見ていましたか?」

「見てはいたさ」


 明らかに不機嫌な陽菜に対して勇人は肩をすくめる。


って内容が頭に入ってないじゃですか」


 見透かされていると言うか露骨過ぎたか。


「もしかして、映画嫌いでした?」


 不安そうな表情を見せる陽菜に流石の勇人も反省する。


「別に映画が嫌いと言うわけではない」


 素人目から見てもあの映画は良かったと思う。

 多くの人が引き込まれ感動するだけの演出、演技がなされていたが勇人はそれを共感できない。


「ねえ、勇人君。覚えている?久遠村の事」


 陽菜の口調が変わる。

 遠いものを見る眼。

 それは二度と訪れることのないかけがえないの時間を思う声だった。


「多少は……な」

「あの頃は映画を見るのも一大イベントだったよね」


 村に娯楽施設はなく、映画やゲームセンターに行くにはバスで数時間かかる。

 しかも、バスは日に十本とないおんぼろだ。

 それが唯一の公共交通機関だった。

 だから、映画を見ることは特別なイベントだった。


「今思うとあの村ってすごく辺鄙へんぴな場所にあったよね」


 中学校に行くのも一苦労だった。

 小学校こそ村にあったが、中学校は村の外にあるため通学時間は数時間かかる。


「私、学校になかなか行けなかったけど行くのは大変だったよね?」

「そうだったな」

「けど、勇人君は一度も弱音を吐かなかった」

「鍛えていたからな」

「そうそう、これも野球が上手くなるためだっていつも走って学校向かってたよね――――――雨の日も、雪の日も」

「――――――あぁ、そうだったな」


 擦り切れた記憶から朧げに思い出したもの。

 あの頃の勇人は本気でプロ野球選手を目指していた。

 プロになればたくさん金が手に入る。

 そうすれば多くの事ができる気がしたからだ。

 例えば、病弱の子を元気にしてあげる事とか。


「勇人君?」


 元気に笑っている少女の顔はかつての自分が願った光景だった。

 皮肉な現実に直視できず勇人は思わず顔をそらした。

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