第2話 デート
十月の爽やかな風が頬をなでる。
雲一つない秋の空は多くの人間に心地よさを与えるだろう。
しかし、そんな空を見ても勇人の心は全く晴れない。
「どうして、こうなった?」
天津邸の玄関前で深いため息を漏らす。
昨日、突然陽菜からデートに誘われた。
現在の状況を考えればどれだけとんちんかんな事かわかっているのか?
勇人は総一郎と一緒にこんこんと彼女に言って聞かせた。
しかし、彼女は頑として聞き入れなかった。
こう言う時だからこそせめて明るくしないといけないと陽奈は言っていた。
「それに勇人君なら必ず守ってくれるでしょう?」
勇人にとってこれ以上ない殺し文句だった。
そこを否定してしまうと自分の存在意義を疑われてしまう。
その後いくら言っても聞かない陽菜に折れる形で勇人と総一郎は了承してしまい今日を迎えてしまった。
「とんでもないことを言い出したな」
勇人にとって目の前のロキの問題で頭がいっぱいなのに陽菜の問題発言に頭を抱える。
しかし、悠長なことは言ってられない。
なんとかして陽菜に今日のデートを諦めさせないと。
最悪強引な手法も考えている勇人の前に天津邸の主、天津総一郎が現れた。
「すまない。孫娘がこのような事を言い出して……」
「アンタのせいじゃない。説得できなかった俺に責任がある」
申し訳なさそうに顔を伏せる総一郎を勇人がフォローする。
実際、勇人も陽菜の意図が理解できない。
つい、先日ロキの襲撃があったばかりな上、その行方はわかってない。
業界は危機感から連携して対応していく事で一致し、今も天津邸の前には警備員に扮した専門家が複数常駐している。
都内を中心に警備が強まっており、そんな中呑気にデートなどすればどうなるか想像もできない。
「勇人君、少しいいかな?」
「なんだ?」
総一郎の言葉にぶっきらぼうな返事をする。
これではどちらが上かわからないが勇人の頭にはそんな事を考える余裕はない。
「ワシは考えたのだが、今日一日だけあの子の願いを叶えてくれんか?」
「はぁ……?」
総一郎の心変わりに勇人は開いた口が塞がらない。
「アンタも何言ってるんだ?」
「言いたい事はわかる。だが、ワシもワシなりに調べてみた。君たちの敵は明るいところや人の多い所を好まないのだろう」
「確かに普通ならそうだ。だが今は全く状況が読めない」
現に先日の襲撃は真っ昼間の学校で起きた。
明るく人の集まる場所での事件にその衝撃は計り知れない。
学園内を調べていたら連中が旧校舎を拠点にしていた痕跡は見つかった。
学校とは言え私有地である。
調査が難航するのも無理はないが、ここまで放置していた事実は本来なら周囲から非難されるべき事案だ。
「奴らは巧妙に罠を設置してタイミングを見計らっていた。他の場所にそう言ったものがないという保証はどこにもない」
「わかってはいるが、ワシはあの子の頼みを断るのは――――――」
「――――――ッ!」
孫煩悩は理解するが今はそう言う状況ではないことぐらいわかるはずだ。
未だに迷いを見せる総一郎に勇人は苛立ちを隠せない。
「あのなあ――――――ッ!」
「お待たせしました!」
これ以上ないタイミングで陽奈が出てきた。
陽菜は白いブラウスと青いロングスカートと初めて護衛に入った日と同じ服を着ていた。
「ふふ、どうですか?これ私のお気に入りなんですよ」
能天気に胸を張る陽菜に勇人の怒りはさらに増幅する。
「お前もいい加減に――――――」
「――――――わかってます。これがダメな事も。でも、今しかできないんじゃないかって私そう思います」
勇人の言葉を遮り陽菜が言葉を発する。
彼女の体は震えていた。
それはこれが終われば勇人と二度と会えなくなるのではという思いがそこにあったからだ。
その予想は当たっており勇人はこの仕事が終われば姿を消すつもりでいた。
元々、幻想種の業界と関わった者は記憶の処理をしなければならない。
それは幻想種の存在を隠すためであり、一般の人が二度と幻想種に関わらない様にする為の処置である。
それが二つの境界の番人である勇人達の定められたルールである。
だから、ここで勇人が陽菜の願いを聞き届けても良いが今の状況だ。
とても、彼女の願いを聞いている余裕はない。
「良いんじゃないですか?」
突如、警備に入っていた専門家の一人が割って入ってきた。
「都内に異常は見られないですし日中なら襲ってこないでしょ?」
あっけらかんとした表情で言う専門家に対し勇人は開いた口が塞がらない。
それとは対照的に陽奈は表情を輝かせる。
「ね、勇人君。この人もそう言っているし行きましょう!」
陽奈は勇人の腕を掴み強引に引っ張っていく。
「お、おいッ!?」
「気をつけて行ってくるんだよ」
「はい、おじいさま!」
嬉しそうな陽奈に頬を緩ませる総一郎。
そして、陽奈を焚きつけた護衛のニヤついた笑み。
お前ら後で覚えてろよ!
勇人は仕返しの方法を考えながら陽奈に引っ張られて行った。
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