第17話 もう一つの翼

「アッ――――――」


 貫かれた箇所が焼ける様に痛い。

 何が起きたかわからず舞は膝を抱える。

 視線の先のフローリングには弾丸が貫いたような跡がある。

 銃で撃たれたのか?

 しかし、狙撃音もなかったし狙撃者も見当たらない。

 どこかに隠れていたのか?

 だが、この体育館は見通しが良くに隠れられる場所などどこにもないはずだ。


「ふふ、私が死にかけるなど百年ぶりですかね」


 舞と陽奈が振り返るとアルカードが短刀を胸に刺したまま立っていた。

 短刀が刺さっている位置は間違いなく心臓のある箇所だ。

 即死しなくてもとても平然と立っていられるような場所じゃない。


「驚いていますね。いいでしょう、なぜ私が助かったかお教えします」


 アルカードはしてやったりの笑みを浮かべ短刀を引き抜く。


「なぜ鬼殺しの短刀が心臓に刺さって無事なのか?えぇ、そうなってしまえばいくら私でも無事でいられません。ですが、この結界の中なら別です」


 吸血鬼は大仰にマントを広げ天井を見る。


「この結界は私の力を高める。本来なら動けなくなる貴方の拘束符にも抵抗できる様になる。その結果」


 アルカードは自分の体に両手をかけ無理矢理こじ開ける。

 ギチギチと肉が引き千切られる音と大量の血が飛び出す。

 その光景に陽奈は顔を背け耳を塞ぐ。

 それとは正反対に凝視した舞は驚愕する。

 体の中にある内臓がまるでラジコンみたいに動いていた。


「この様に心臓を動かす事なども出来る様になります」


 あまりにデタラメな話に舞は言葉を失う。

 必中と思っていた行動も高位の幻想種の前では無に期してしまう。

 これがただの人間である舞の限界であるとまざまざと見せつけられた瞬間だった。


「貴方には敬意を表します。その知恵と勇気で持って我らを翻弄したその手腕に。ですので貴方には特別に私の能力でもって殺してあげましょう」


 ここまでか。

 舞は覚悟を決め最後の気配を断つお札を陽菜に渡す。


「陽奈ちゃん。これを持って逃げてください」

「そんな舞さんはどうするんですか!?」

「悪あがきをするだけです。精一杯ね」


 既に膝を撃ち抜かれ満足に動けない以上舞は完全に足手まといだ。

 なら、この場に残って少しでも陽奈が生還できる確率を上げる事が最期の仕事だ。


「さあ、行きなさい」

「嫌です!舞さんを置いて逃げるなんて」

「ワガママ言わない!」


 チャンスは今しかないのだ。

 事ここに来てアルカードは勝ち誇ったと勘違いしている。

 だが、まだ終わってない、詰んでいない。

 ここで作る一分一秒が奇跡を呼ぶ。

 それをわかって欲しかった。


「そんな顔を見せないでください。せっかくの綺麗なお顔が台無しですよ」


 泣きそうな顔の陽奈を舞は優しく諭す。

 もしかしたらなんて考えない。

 ただ自分に出来る全てを行う。

 それが今この場における舞の考えである。

 覚悟はできた。

 舞はほとんど動かない片足を引きずり前に出る。


「待たせましたね」

「えぇ。ですがそれもすぐに終わりです」


 舞は自分の脳をフル回転させあらゆる可能性を考える。

 何とか初撃を耐え次に繋げるための行動を導き出す。


「見せてあげましょう。私の『ヴァリアブルマイブラッド』を」


 アルカードが宣言すると腕から血が流れ彼の掌に集まっていく。


「私は自分の血を自在に操ることができます、こんな風にね」


 アルカードが掌を舞に向けて翳すと集まった血は弾丸となり彼女の腕を貫通する。

 叫びたい程の激痛を舞は歯を食いしばって耐える。

 自身の膝を貫いたものの正体こそ知ったがどうしようもない。

 アルカードにもう慢心はない。

 舞が手の届かない距離から確実に仕留める気だ。

 対して丸腰でかつもう立っているので精一杯の彼女に、残された手段などありはしない。


「これで終わりです」


 吸血鬼が終わりを宣言する。

 再び放たれた複数の紅の弾丸は彼女の腹部を容易に撃ち抜いた。



 *****



 一人の人間が斃れる。

 そんな惨劇を予測できても陽奈は一歩も動けなかった。


「イヤァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 ようやく動けた時には凶弾が舞の体を貫いた後だった。

 陽菜が駆け寄ると舞は既に虫の息だった。

 銃創から流れ出る血が床を濡らし、膝をついた陽菜の足まで赤く染める。


「舞さん!舞さんッ!!」


 そんな事は構わず陽菜は必死に舞の名を呼び肩を揺らす。

 それに対し舞は息も絶え絶え何かを伝えようと口を動かす。

 しかし、口内を満たす血がそれをさせない。

 弾丸は奇跡的に臓器を外したが流れ出た血は既に致死量に近い。

 舞は最後の力を振り絞って言葉を伝える。


「に……げ…………て…………」


 それだけ告げると舞は意識を失ってしまう。

 陽菜は頭の中が真っ白になる。

 何をすればいいかわからない。

 辛くて苦しくて悲しい。

 溢れ出る感情が思考を塗りつぶしていく。


「あ――――――」


 プツンと彼女の何かが切れる音がする。

 それと同時に今まで抱いていた感情とは全く違う何かが沸き上がる。


「――――――アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 少女の絶叫は白い翼となって顕現する。

 翼が大きくはためくと、白き波動となり周囲の霧を吹き飛ばす。

 波動は学園全体に及び邪気を消し飛ばしていった。

 力を放出した翼は役割を終えたかのように彼女の中に戻っていく。

 それと同時に一度消し飛ばした霧が再び周囲を覆っていく。

 体育館内をしばしの静寂が支配する。

 その場にいる誰もがその状況を説明することはできなかった。


「今のは一体……まさかあれが天津嬢の真の力とでも言うのか?」


 吸血鬼も混乱と陽菜の出した白き翼の波動で動けない。

 しかし、彼女も動けない。

 先ほどの翼に体力を持っていかれたこともあるが理由はもう一つある。

 彼女がここまで耐えてこられたのは舞がいたからだ。

 それがいなくなってしまえば彼女を支えるものはない。


「――――――助けて」


 平常心を取り戻した吸血鬼が迫ってくる。

 自らの力では抗えない現実。

 それを変えてくれる唯一の人物に助けを求める。


「――――――ねえ、助けてよ」


 思い出の少年にして思い人。

 いつも自分を守ってくれた優しく勇敢な彼の姿を陽菜は願い請う。


「――――――助けて、勇人君ッ!!!」


 吸血鬼の手が彼女の肩に触れる直前、壁を破壊する音が館内に木霊する。

 それと同時に黒い影が弾丸の如く飛び込み吸血鬼の頬に一撃叩き込む。

 壁の端で再び派手な音がするが陽菜はそんなものには目も暮れない。

 見覚えのある後ろの姿があった。

 陽菜の目から自然と涙が零れる。

 何度、願ったか。

 会いたかった、怖かった、悲しかった。

 色んな感情は出るが何も出ない。

 嗚咽を漏らしながら陽菜は目の前の男の名を呼ぶ。


「――――――勇人……君……」


 まるでヒーローショーのようなベストタイミングで現れた空木勇人は、彼女にとって間違いなく救世主に映った。

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