第16話 血濡れの体育館

 勇人が学園の敷地内に入った時、舞と陽菜は体育館の舞台袖に身を潜めていた。

 外からバイクの音と爆発音が聞こえ二人はハッと顔を上げる。


「今の音は何?」

「わかりません」


 吉なのか凶なのか?

 どちらにしてもこの状況に変化を起こすものであることは間違いない。

 舞はチラリと陽菜の様子を見てから出口まで距離を確認する。

 口には出していないが陽菜はかなり疲弊している。

 陽菜は元々運動能力は低くクラスでも良くて下の上と言った所だ。

 加えて極限の緊張感の中では消耗する体力は大きい。

 いくら安全にやり過ごせるお札があるとは言えこんな場所にいては今の状態になるのは別段意外なことではない。

 外に様子を見に行きたいが下手に動けば吸血鬼に見つかる可能性がある以上、陽菜から離れるわけにも一緒に連れていくのもリスクが大きい。

 だが、ここでジッとしていることが最適解とは言えない。

 嵐が過ぎ去るまで待つべきか、危険を承知で動くべきか。

 決断ができず悩んでいる舞の頭上に大量のコウモリが通過する。


「陽奈ちゃん、こっちへ!」


 すぐに陽奈をこちらに引き寄せ背後に隠す。

 コウモリ達は一塊となりやがて人の形になっていく。

 現れたのは英国紳士風の姿をした男だった。


「ご機嫌よう、天津嬢。私の名はアルカード。貴方のお迎えにあがりました」

「え?」


 突如、現れた男に自分の名前を呼ばれ陽奈は困惑する。


「今回の事件の首謀者が直々にお出ましですか」


 舞は陽奈がアルカードと会話しないようにわざと大きな声を出す。

 目を合わせたり、相手の言葉に返事をする事で暗示などにかける幻想種がいる。

 吸血鬼にも似た話はある以上、警戒は怠らない。

 そして、少し小馬鹿にしたような態度で注意をこちらに引きつける。


「…………えぇ。貴方のせいでこちらのプランが狂いましたからね」


 アルカードは引きつった笑顔で皮肉を言う。

 その言動に舞は自分の行動が間違ってないこととこの吸血鬼が焦っていることを見抜いた。


「でしょうね。私達一般人を相手に貴方のような大物がわざわざ動いたのが何よりの証拠です」

「ご明細。それでわかったからと言って貴方はどうするのですか?」

「決まってます。この娘を守って脱出する。それが私に課せられた仕事ミッションですからね」

「出来るとお思いで?」

「貴方こそ、私が無策で貴方と相対しているとお思いですか?」


 舞は全神経張り巡らせて目の前の吸血鬼に向けて拳銃を構える。

 彼女は策があるように思わせてはいるがハッタリに近い。

 一応、それらしいものは思い描いてはいるがそれも出たとこ勝負に近くそうならない様にお祈りしているのが本音だ。

 それを悟られないために不敵な笑みを浮かべ震え一つ見せない様にしている。

 これまで暴れ回った実績と渾身のポーカーフェイスで時間を稼ぐことこそ舞の策だ。

 その効果はあったのかアルカードは動かずこちらを見ている。


「フフッ」


 アルカードは小さく笑うとその輪郭がぼやけていく。

 舞はこの行動の意味を理解するのに一瞬間が出来てしまった。

 側頭部に衝撃が走る。

 その衝撃の重さは痛みをマヒさせるほどのものだった。


「舞さんッ!」


 陽菜の悲鳴が聞こえる。

 左腕から地面に落ちるもすぐに立て直し拳銃を構える。

 銃口の先ではアルカードが陽奈の腕を掴んでいた。


「彼女を離しなさい」

「できない相談ですね」



 当たり前のやり取りをしつつ舞はチラリと陽菜の方を見る。

 陽菜が掴まれているのは左の手首。

 片手が空いているならば、策が通じるかもしれない。

 舞はズキズキと痛む側頭部のことを我慢しつつポケットを探った。

 手に真っ先に触れた感触を頼りにそれを投げつける。


「フン」


 アルカードが投げつけられたものを片手で叩き落とした時だった。


「今です、陽菜ちゃんッ!」

「はいッ!」


 舞の言葉に反応した陽菜は動く右手で何かを張り付けた。


「こ、これは――――――ガアッ!?」


 それは舞が持っていた拘束符。

 もしもの為に護身用に持たせていたものが功を奏した。

 舞が使っているお札は一般人にも使えるものになっておりその効果は対幻想種にしか効果を発揮しないので渡してもリスクはない。

 陽菜が張った拘束符が電撃を放ちアルカードはその手を離した。

 その隙を舞は見逃さない。

 ありったけの弾丸をアルカードに撃ち込む。

 しかし、アルカードは倒れない。

 吸血鬼の高い不死性の前では対幻想種用の特殊弾も効果が薄い。

 舞は銃を投げ捨てアルカードに突進する。

 懐に隠していた短刀を取り出す。

 姿勢を低くし全体重を乗せ短刀を突き出す。

 それが胸に刺さった時、アルカードは驚愕した。


「ガフッ!?まさかこの短刀は――――――!」


 舞はこの時点でいっぱいいっぱいだから答えないが、この短刀はかつて鬼を殺した逸話持つものだ。

 アルカードは出は欧州だが、その種族は吸血鬼。

 鬼の名を冠す種族である以上、この短刀の威力は増す。

 更に吸血鬼は心臓に杭を打たれると死ぬと言う伝承がある。

 今使っているのは短刀だが弱点は心臓であることは変わらない。

 体当たりした舞は勢い余ってアルカードと一緒に舞台から落ちてしまう。

 固いフローリングにアルカードを叩きつけ、自身はその一メートル先に飛んでいく。

 アルカードを下敷きにしていたお陰でダメージは軽減される。

 それでも十分痛く床を転がるレベルなのだが。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 少し転がり仰向けになって天井を見る。

 正直、舞はもう動きたくないが陽菜がこちらに駆け寄ってくるので体を起こす。


「舞さん、大丈夫ですか?」

「えぇ。大丈夫ですよ」


 少しでも陽菜を安心させる為に舞は笑顔で返事する。

 気力で立ち上がりアルカードの方を見る。

 吸血鬼はピクリとも動かない。


 ――――――やれやれ、戦力外と見定めていたものがまさか切り札になるとは思いませんでしたよ。


 吸血鬼相手に接近戦などリスクが高過ぎる。

 いくらあの短刀が鬼殺しに特化しているものであっても常人である舞では急所を突かなければ吸血鬼は倒せない。

 どこかで一度でも見せてしまえば警戒度も上がってしまう。

 舞からすればあれを頼りにする時点でほぼ詰んでいるに等しいのだ。

 それでも結果オーライだ。

 陽菜もよく反応して動いてくれた。

 舞自身も頭痛を抱えながらきちんと急所を刺せた。

 我ながら幸運に恵まれ過ぎだ。

 だが、舞はこれで全ての装備を使い切ったことになる。

 弾丸も予備はないし、拘束符も余りはない。

 気配を断つお札があるがこれは陽菜用だ。

 もし敵に見つかってしまえばそれで終わってしまう。


「外に出ましょう。もしかしたら誰か救援に来たかもしれません」


 予想と言うよりお祈りに近いものだが、ここにいつまでも長居はできないこともまた事実だ。

 舞は重い足を引きずり外の扉に向かおうとした時だった。

 彼女の膝を何かが貫通した。

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