第15話 狂える狼

 陽奈と舞を探そうとその場を去ろうとした勇人は背後の異変に気付く。


「オオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」


 先程の遠吠えとは比べ物にならない声量が響き渡る。

 すぐに構える勇人に向かって人狼が飛び込んでくる。


 ――――――速い!


 勇人は伸びてきた腕を体を捻って回避する。

 そのまま距離を取ろうとするも人狼はすかさず追ってくる。

 間を与えない連打が勇人を襲う。

 その力、速さ共に直前に殴り飛ばした時を大きく上回る。


 これがこいつの本来の力か?


 だとすればここまで手酷くやられるまで隠すメリットは薄い。

 出し時を見失った可能性もあるが正直どうでもいい。

 今は目の前の敵が強くなった原因を探らなくてはならない。

 そう思いながら集中して最小限の動きで攻撃を回避していくが、それも徐々に苦しくなっていく。

 人狼の攻撃は一見すると荒々しいが、その実的確に急所を狙ってくる。

 ダメージ覚悟の反撃をするにはリスクが大き過ぎる。

 勇人は回避をやめ、懐に一歩踏み込む。

 そうする事で攻撃に被弾するリスクは上がるが、腕が伸びない分ダメージは抑えられる。

 人狼化してからのヴォルフの身長は三メートル近くある。

 身長二メートル弱の勇人とはどうしてもリーチに差が出る。

 逆に人狼の間合いの内側に入れば長い腕が邪魔となる。

 つまり、これは攻防一体の行動と言えるのだ。

 懐に入った勇人は人狼のボディに二三発パンチを入れる。

 しかし、人狼は怯まず攻撃をしてくる。


 ――――――威力不足か。


 手応えはあったはずだがどうやら耐久性も上がっているようだ。

 そこから両者足を止めて殴り合いに持ち込む。

 拳や蹴りが交差する。

 その一撃一撃に風圧が起こり校庭の砂を巻き上げる。


「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」


 咆哮と共に人狼の拳が地面に埋まる。

 その隙を見逃さず勇人は人狼の額に右拳を叩き込む。


 ズドン!!


 鈍器で大岩を砕いたかのような音がする。

 スピードも威力も顔面を吹き飛ばせる程ある。

 しかし、人狼は吹き飛ぶ所か怯みもしないで蹴り返してきた。

 腹部に当たりそうな一撃に対しなりふり構わず横っ飛びする。

 足はわき腹を掠めるもダメージはない。

 転がって距離を取った勇人は人狼を見据える。

 急激に上昇した身体能力、めちゃくちゃな攻撃、異常な耐久力、痛覚を無視した行動。

 これらの行動から一つの答えが導き出せる。


「……ベルセルク化」


 理性を捨て全てを破壊する狂戦士となる状態。

 以前、人間や巨人が狂化した状態とは戦ったが、今度は人狼かと勇人は内心舌打ちする。

 元々、ベルセルクは狼などの獣の皮を被った戦士であることから狼とは相性が良くこの強化は納得のいくものだった。


 ――――――どうするか?


 狂化したヴォルフの強さはかなりのものだ。

 はっきり言って前回戦ったキマイラより強い。

 つまり、こいつは神話級の強さを得たと言うことになる。

 幻想種の強さはそう簡単に変わらない。

 都市伝説級から民話にいくまでおよそ百年要すと言われ神話級ともなれば人間の寿命の遥か先に到達せねばならない。

 さっきまでのヴォルフの実力は高く見積もっても民話級の中でも上の下ぐらいだった。

 それを考えると大躍進だ。

 もはや、常識外れと言っても過言ではない。


「ガアッ!」


 ヴォルフが鼻息荒くジャンプしてくる。

 勇人は冷静に横に移動してかわしていく。

 とにかくどう対処するか考えなければならない。

 現状、真っ向から殴り合うのは危険だ。

 痛覚もないうえ、生半可な攻撃では怯んだり吹き飛んだりしない。

 短期決着は難しいし、こっちの被害も大きい。

 なら、長期戦はどうだ?

 ヒットアンドアウェイを繰り返し徐々にダメージを溜める作戦だ。

 狂化したとしても自動で回復する能力は備わってないのでダメージは蓄積していく。

 加えて狂化の術の効果だ。

 民話級から神話級に一気に強化できるほどの術式だ。

 そんなドーピングして体に悪影響がない方がおかしい。

 なんらかのデメリットがあると考えて間違えない。

 効率と安全をこちらの作戦の方が無難だ。


 ――――――だが、それはダメだ!


 今は陽菜と舞の命の危機だ。

 一刻も早くこいつを片付けないといけない。

 つまり、こいつを一撃で消し飛ばすパワーがいる。

 その為にはあいつのパワーも借りる必要がある。


 ――――――カウンターだ!


 決断した勇人は今度はこちらから仕掛けていく。

 再び互いの手が届く距離に入る。

 開幕のボディーブローがヴォルフの腹に決まる。

 しかし、ヴォルフはそんなものなかった様に腕を振り下ろすと勇人は右にずれて回避する。

 もう一度ボディーから今度は顔面へのコンビネーションを見せる。

 効いた様子は見られないがこれを繰り返す。

 大事なのは相手から大振りを誘う事だ。

 こうやって焦らしていけばいつかチャンスは来る。

 そうして攻防を繰り返していくと勇人の予想通りヴォルフの動きに焦りが見られ始める。

 狂っているとは言っても感情は消えない。

 怒りや悲しみ、恐怖などは残り続けるし焦燥感だって同じだ。

 それが大きな攻撃を呼び込むことになる。

 振り上げた拳は高く挙動も大きい。


 ――――――ここだ!


 勇人もタイミングを計り最短距離で最速のパンチを打つ。

 重火器のようなパンチがカウンターで入ると確信が持てるものだった。

 しかし、ヴォルフはそれを待っていたかのようにあり得ない動きで避けたのだ。


「何ッ!?」


 がら空きの顔面にヴォルフの拳が刺さる。

 一瞬、顔が変形し大きく殴り飛ばされる。

 弧を描いた勇人の体は二度三度地面をバウンドする。

 それを追ってヴォルフが走ってくる。

 これはマズイと判断した勇人は背後に空間を作る。

 ヴォルフの爪が引き裂こうとする直前、勇人は後ろに飛んで自らが作った空間に飛び込む。

 そこは丁度ヴォルフの背後に繋がっており、現れた直後にすかさず回し蹴りを叩き込むもこれも腕でブロックされる。

 勇人は一度距離を取って仕切り直す。


「面倒だな」


 こちらの動きを研究してきたのかただの野生の勘なのか何なのか良くわからないが、これでカウンターは難しいことがわかった。


 ――――――こんな奴に手こずっている場合ではないのに……。


 勇人は苛立ちと焦りを抱えながら拳を構えた。

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