第18話 モード・プレデター

 時計の針を少し戻す。

 陽奈と舞がアルカードと対面していた頃、勇人はまだヴォルフと戦っていた。

 確かに狂化の術でベルセルクと化したヴォルフは強い。

 その実力は神話級の領域に足を踏み込んでいると言っても良い。

 しかし、狂化されたヴォルフの実力は勇人にとってそこまで脅威と呼べるものではなかった。

 確かに目の前の存在はここ最近戦った幻想種の中でも最強と言えるだろう。

 それでもいくつもの神話級の幻想種を相手にしてきた彼にとってまだ十分な余裕がある。

 それだけ神話級と一括りにしてもピンからキリまであるということだ。


 ――――――それにしてもしつこい!


 勇人は焦りと苛立ちを募らせている。

 この狼男、パワーやスピードはキマイラを上回るが耐久は低い。

 ヴォルフが伸ばしてきた腕を掻い潜り脇腹に強烈なボディーブローを叩き込む。

 多くの敵は悶絶する攻撃をヴォルフは無理矢理体を動かしてきた。

 痛覚を遮断し、ダメージを感じていない様に見せている。

 しかし、いくら痛覚を切っても蓄積していくダメージは消えない。

 その証拠に体から血は漏れ、アザはできている。

 もう少し時間をかければ体は崩れ去るだろう。

 だが、悠長に時間をかけている暇がない。

 こうしている間にも陽奈達の身の危険は現在進行形で続いてる。

 早く決着を着けたいと言う思いが勇人の動きに精彩を欠き、結果ヴォルフを生き延びさせている。

 こうなったらフルパワーで一気に仕留めてやると思っていた時だった。

 西の方角から白い波が迫ってきた。

 波は霧を消し飛ばし周囲の不浄を浄化していく。

 その力による周囲にいた一部の吸血鬼達はバタバタと倒れていった。


 ――――――この力はまさか……!?


 勇人にかつての記憶が蘇る。

 力の質こそ真逆だがこれは菜月が見せた黒い影に似ている。

 そして、空木勇人の原初の記憶が呼び起こされる。

 破壊される故郷、高笑いする少年、相反する力に目覚めた少女達、龍の咆哮。


「――――――しまった!!」


 白い波動に気を取られている隙にヴォルフが襲い掛かる。

 完全に虚を突かれた勇人の体を鋭利な爪が引き裂く。

 服を裂き、肉を抉る一撃を食らい勇人の体が一メートル程飛ぶ。

 すかさず、ヴォルフの追撃が始まる。

 仰向けに倒れた勇人に容赦ない連打が降り注ぐ。

 そのあまりの激しさに勇人は防御で手一杯になる。

 上体が地面にめり込む程の攻撃を受ける中、何とか切り返すタイミングを探る。

 しかし、狂化したヴォルフの攻撃は止むことがない。

 もう既に上半身が地面に埋まってしまった勇人に対しヴォルフはトドメと言わんばかりに大きく振りかぶる。

 その一撃はいくら勇人でも致命傷になりかねないものだ。

 しかも今の勇人は地面に埋まり不可避であり、防御もヴォルフの最大の攻撃の前では意味を成さない。

 防御も回避もできない万事休すかと思われたその時だった。

 体を宙に浮かす程の強烈な蹴りがヴォルフの腹に入る。

 それを起こした勇人は上体が地面に沈んでいた。

 しかし、エネルギーを足に集め隙を伺っていたことが功を奏した。

 埋められていた上半身を起こし勇人はゆっくりと立ち上がる。


「――――――調子に乗りやがって」


 真紅に染まった瞳で人狼を睨みつける。

 これは怒りだ。

 目の前にいる敵に対してもそうだが、この程度に戸惑っている自分の未熟さに対して静かに烈しく怒りの感情が渦巻く。


「神格解放――――――」


 勇人は自らの戒めを解く呪文を唱える。

 それは今まで唱えてきたものとは根本的に違う。

 己が出せる限界までギアを上げ神話に登場する神の世界に足を踏み入れるためのものだ。


「――――――モード=プレデター」


 もう一つの心臓が一際大きく脈打つ。

 そこから異形の血が全身に回る。

 それは人をやめることを意味するものだった。



 *******



 世界の空気が変わる。

 嵐の前のように風の流れが速くなり大地震が起こる前のような小さな揺れが起こる。

 そうした変化が狂戦士と化したヴォルフにわずかな理性を取り戻すきっかけを与える。

 それはヴォルフが待ち望んでいたもの。

 神威とは幻想種と契約した人間だ。

 その力を行使する際に幻想種と精神を同調することで力を発揮する。

 同調率が高まれば高まる程大きな力を発揮できる。

 そして、今空木勇人が行おうとしていることは間違いなく同調率を上げること、即ち自らを神霊に近づける行為なのだ。

 その状態の空木勇人を倒してこそ自分は本物の神となれる。

 勇人の右腕が変化する。

 袖が弾け飛ぶほど肥大化し、その手の甲から肩、首筋、顔の半分に赤い龍鱗りゅうりんがびっしりと張り付いている。

 それを人間と呼ぶ者は誰もいない。

 正しく異形と呼ぶに相応しい姿だった。

 狼は吠える。

 かつて北欧神話の主神オーディンを食らった大狼フェンリルの如く。

 そして、彼を倒し喰らえばその領域に達した証となる。

 ヴォルフは限界を超えたスピードで勇人に突撃する。

 すると、勇人もそれに応える様に真っすぐ走る。

 勝負は一瞬。

 ヴォルフは全てをかけて一撃を放つ。

 そうでなければ届かないのが本能でわかっていたからだ。

 体が壊れても、精神が崩れても、魂が燃え尽きても構わない。

 それ程までに最高の攻撃だった。

 その刹那、奇妙な事が起きる。

 ヴォルフの下を勇人が駆け抜けていた。

 勇人は人狼の事など無関心だった。

 

 すぐに着地して反撃しようと下半身に力を入れようとしてヴォルフは腰から下の感覚がないことに気づく。

 そこでヴォルフは自分の体が真っ二つ切り裂かれた事を知った。

 これが、本物の神の力。

 悔しい気持ちがないと言えば嘘になる。

 しかし、こうなってしまっては何もできない。

 なぜなら、目の前で龍が大口を開けて待っていたからだ。

 飲み込まれる直前、ヴォルフは思う。

 もし、生まれ変われたなら必ずこの男に勝つと。

 そんなチャンスは二度となくヴォルフは次元龍に喰われた。

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