第10話 舞と陽菜

 校内は阿鼻叫喚の地獄絵図だった。

 突如出現した吸血鬼化した学校関係者と視界を遮る霧は正常な人々を混乱と恐怖に陥れた。

 逃げ惑う者と隠れる者、反撃する者。

 それぞれの方法でこの窮地を脱しようとするがそれは叶わない。

 逃げ惑う者は適確な配置で逃走経路を潰され袋小路に追い詰められる。

 隠れる者はまるでわかっているかのように居場所が特定されてしまう。

 反撃する者は数の暴力に屈してしまう。

 そんなそこかしこに悲鳴が聞こえる中、陽奈と舞は一階にある空き教室に隠れていた。


「い…………一体……何が起こっているんですか?」


 陽奈は乱れる息を椅子に座って整えながら舞に尋ねる。


「貴方を狙う幻想種による攻撃です」

「そんな……」


 既に息を整えた舞は周囲に警戒しつつ小声で話す。

 それにショックを受けている陽奈を見つつ舞は足元のバッグを開く。

 中には対幻想種用の装備などがいくつか入っている。

 しかし、使えない物もある。

 電子機器だ。

 正確には通信を行うための機器。

 電波を遮断するこの結界の前ではほぼ役に立たない。

 まあ、幻想種相手に通常兵器はほぼほぼ通らないので意味はないが。

 とりあえず、救援自体は成功しているので良しとしよう。

 他に入っていたのは予備の弾丸、千鶴に使った拘束符、そして気配を絶つお札。

 ――――――ざっと見て使えるのはこれだけですか。

 お札も弾丸も数は限られている。

 物量で攻められたら終わりだ。

 残された時間は少ない。

 舞は気配を断つお札を二枚、自らと陽菜に持たせる。


「これは?」

「敵に発見され難くなるお札です」


 このお札は持っている人間を自然と効果がある。

 簡単に言えば存在感を薄くする効果がある。

 それを説明しようとした時だった。

 教室のドアが荒々しく開く。

 入ってきたのは吸血鬼化した生徒達だった。


「ひッ…………!」


 舞は陽奈の口を抑え拳銃を構える。

 白目を剥きだらしなく口を開いたその様子はグールやゾンビなどの知性のないアンデットに近い。

 その顔には正常さは感じないが生気は感じられる。

 生徒達はキョロキョロと周囲を見回している。

 舞は陽菜を背中に庇いながら静かに窓際に移動する。

 生徒達は視線に入っているはずの彼女らを見つけられない。

 気配を絶つお札は使っているが、あれはあくまで存在を感知されないものだ。

 物理的に視界に入った場合や物音、接触などしてしまえば簡単にバレてしまう。

 しかし、生徒達は何もせず教室を去っていった。


「ふぅ」


 とりあえずの危機は去り舞は一息つく。


「舞さん、私には今何が起きているかわからないです」

「そうですね。状況を整理しましょう。ただし、小声でね」


 気配を絶つお札の効果でしばらくは時間を稼げる。

 それまでに何か策を練らなくては。


「貴方を襲っている幻想種の名は吸血鬼。フランケンシュタイン、狼男と並ぶヨーロッパを代表する怪物です。陽奈ちゃんはどこまで知っていますか?」

「すみません。ほとんど知らないです」

「では一から簡単に説明しましょう」


 対幻想種の基本はそれが何者か知るということから始まる。

 知識を持っておけば適切な対処が行える。

 これは陽奈に対して自衛の手段を得るために必要な話だ。


「先程も言いました通り吸血鬼は非常にポピュラーな存在です」


 ヨーロッパに限れば四世紀頃には一部の民族の民話に登場している。

 現在の形になったのは主に東欧を中心とした伝承がベースとなっている。

 吸血鬼の特徴として主に四つ挙げられる。

 鬼特有の並外れた怪力。

 不死に近い再生能力。

 霧やコウモリなどに変身する能力。

 そして噛みつくことで仲間、眷属を作る能力。


「特に今、この学園の生徒達に起きているのはこの四つ目の能力が起因しています」

「じゃあ、千鶴ちゃん達は……」

「既に吸血鬼と化しています」


 舞としてもこの状況はほとんど想定していなかった。

 幻想種は明るい時間帯では力を発揮できない。

 もし仕掛けてくるとしたら日暮れの時間帯になるはずだ。

 こんな大規模な攻撃を白昼堂々してくるなど幻想種の専門家は誰も考えない。

 しかし、それを思っても現実は変わらない。

 今ここで何か策を考えねば殺されてしまう。


「あの、舞さん」


 陽奈の声を聞き舞は慌てて顔を上げる。


「何ですか?」

「皆を元に戻す方法はありますか?」

「………………難しいですね」


 彼らを元に戻す方法はある。

 彼らはまだ吸血鬼になって日が浅い。

 大元を倒せば戻せる可能性は十分にある。

 ただし、それは相手を倒せればの話だ。

 今持っている装備ではとても太刀打ちできない。

 元々、舞は戦闘が苦手だ。

 護身術を身につけているがそれは一般人に対して有効な手段であってプロには及ばない。

 ましてや、吸血鬼のような最低でも民話級の幻想種に倒すなど不可能だ。


「そう言えば舞さん。吸血鬼は日光に弱いと聞いたことあるのですが……」

「その通りです。しかし、それも望み薄ですね」


 吸血鬼はその知名度の高さから多くの弱点を抱えている。

 代表的なもので日光とニンニク、水と十字架である。

 しかし、どれも簡単に用意できるものではない。

 吸血鬼に最も有効な手段は直射日光である。

 しかし、その日光はこの霧に遮られて入ってこない。

 おそらく、結界の類であろう。

 それでも日光を当てようと思ったら結界の外に出るしかない。

 逃げる途中で結界の外に出ようとした者もいるが、出られないと言う悲鳴も聞いている。

 そもそも、結界とは身を守る術であると同時に相手を逃がさないためのものだ。

 出るには穴を見つけるか力づくで突破するか二択だが、常人である二人に脱出は不可能だろう。

 となると残り三つになる。

 十字架はまずない。

 あれは教会などで洗礼を受けた由緒正しきものでなければ使えない。

 この学校はミッション系ではないので除外。

 次にニンニク。

 強い臭いは魔除けになると言うことから来るがあくまで魔除け。

 退治するものではなく身を守るためのものだ。

 時間を稼ぐと言う点では優秀なので探す価値はあるかも知れない。

 最後に水。

 当然ただの水ではダメだ。

 教会から洗礼を受けた聖水が一番有効だが、川のような流れる水も効果がある。

 ちなみに雨は効果が薄い。


「ふむ」


 やはり、どれも決定打に欠ける。

 しかし、このままじっとしていてはいずれ見つかってしまう。

 気配を断つお札は一枚につき五分ほどしか効果がない。

 今回持ってきたのは十枚。

 もう既に陽菜と舞の分で二枚使っている。

 つまり、ここにいられる時間は二十分ちょっと。

 それまでに誰か来てくれる保証はどこにもない。

 最低でも一時間は耐えたい所だ。


「陽菜ちゃん、体力はどうですか?」

「え?はい、呼吸は整っています」

「そうですか」


 舞は考えをまとめる。

 危険だがこれしか思いつかない。


「陽菜ちゃん、貴方には今からいっぱい走ってもらいます」


 陽菜は何も言わずじっとこちらを見ている。

 否定か肯定かわからず不安になりながら話を続ける。


「正直、かなりのリスクがあります。それでも――――――」

「――――――皆を助けるためにはこれしかないんですね?」


 舞は陽菜の言葉に目を見張る。

 自分の窮地なのに真っ先に出たのはこの学園にいる人たちの安全だ。

 普通なら不安や恐怖で自己保身に走ってもおかしくない状況でその言葉を力強く言える人間はそうはいない。


「皆を助けられるかわかりませんが、この状況を脱するためにはこれしか思いつきません」

「構いません。可能性があるならそちらに賭けます」


 陽菜の言葉はこちらに対する信頼だ。

 それを感じ取った舞は決心する。


「わかりました。では早速始めましょう」


 策としては穴だらけだし、出たとこ勝負の部分もある。

 だが、陽菜はこちらに命を預けてくれている。

 何があっても彼女だけは守らなければならない。

 舞は決意を胸にお札の効果が切れると同時に教室を飛び出した。

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