第9話 駆け抜ける者


 風を切る音とエンジン音が公道を駆け抜ける。

 その騒音に人々は一度は振り返り耳を塞ぐ。

 しかし、勇人は気にしない。

 それはスピードを出してスリルを感じて喜ぶ暴走族みたいな輩とは違う。

 ロキの言葉と舞からの救援依頼。

 一刻も早く陽菜の救出に向かわねばならない。

 焦る気持ちは握るハンドルに伝わりスピードメーターはぐんぐん上がる。

 幸いこのバイクには音声認識ナビがついており目的地まで迷うことはない。

 ――――――それより問題は警察だな。

 今の勇人は公道を法定速度を軽々超えるスピードとヘルメットを被ってない。

 加えて無免許と、警察に見つかればとてつもなく面倒なことになる。

 大通りは避けるべきか?

 いや、そんなことして大回りになってしまえば本末転倒だ。

 悩む勇人に電話が鳴る。


「空木勇人、今どこにいる?」


 電話の主は幻想埋葬機関零のトップ時戸善治だ。


「バイクで公道を突っ走ってる!」

「篠原舞の所に向かっているのか?」

「そうだ!」

「よし。ならば貴様はすぐに彼女の所に救援に向かえ」

「言われなくてもだ!」

「それと他の職員からの救援はない。貴様一人で解決しろ」

「どういうことだ!?」


 勇人は疑問を口にする。

 決して弱気から来るものではない。

 今起きていることは到着した状況にもよるが勇人一人で解決できる。

 しかし、事は急を要する。

 普通はあり得ない時間に幻想種が暴れているのだ。

 これを放置すれば幻想種の存在が世間に暴露されてしまいかねない。

 そうなってしまえばこの世界と鏡界とのバランスが崩れてしまうことを意味する。

 それはこの組織の存在意義を失ってしまう。


「現在、都内の複数の箇所で大きな幻想種の反応が確認されている。各組織と連携しているが翼ヶ原学園まで職員が回らん」


 善治はいつもと変わらない感情を感じさせない声で答えてきた。

 それに勇人は舌打ちをする。

 恐らくロキの仕業だろう。

 こうして足止めしている間に事をなすつもりだろう。

 ――――――それにしても引っかかる。

 もし、今この瞬間が狙いならばなぜ奴はわざわざ姿を現してまでこちらを煽った?

 こちらを動揺させるためか?

 それならば二人を捕まえた映像を見せれば十分だ。

 襲っていることを知らせる必要がどこにある?

 ――――――何も考えてないのか?

 元々ロキは悪戯好きの神だ。

 北欧神話最強の神、雷神トールの妻の髪の毛を切ってしまうエピソードがある。

 このエピソードは最終的にグングニルやミョルニルなどの北欧神話を代表する神器を手に入れるきっかけとなっている。

 そう言ったプラスの面ももたらすのがトリックスターの特徴だ。

 要するに何をするかわからないということ。

 ――――――考えるだけ無駄か。

 今は考えるよりいかに早く彼女達の元に駆けつけられるかだ。


「わかった。学園の方は俺がなんとかする」

「それでいい。警察にも貴様が捕まらないように連絡は済ませてある。道もこちらで誘導する」


 珍しいサポートに明日は雪が降るのではないかと邪推してしまう。

 しかし、それを口に出しても意味はない。

 勇人はありがたくサポートを受けることにした。

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