第11話 吸血鬼の述懐

 吸血鬼として目覚めた時、彼は土の中にいた。

 棺桶を突き破り地面から這い出た時、初めて目にした人々の顔は恐怖に歪んでいた。

 その顔を見た瞬間に感じた渇きと飢えは今でも覚えている。

 本能の赴くままに欲望を満たした彼は自らが化け物に成り果てたのだ自覚した。

 こうして吸血鬼アルカードは誕生した。

 吸血鬼の誕生の一つに生前に罪を犯した者がなると言う伝承がある。

 アルカードはそうして生まれた幻想種であるが、彼に人だった頃の記憶はない。

 しかし、それを気にしたことは一度もない。

 むしろ、新しい自分に生まれ変われたことに歓喜した。

 この星の生物を超えた膂力りょりょく、物理法則を無視した変身、自然の理を無視した回復力。

 全てを手に入れたかのような全能感がそこにはあった。

 しかし、現実は甘くなかった。

 吸血鬼であるが故の弱点や自らを狙う刺客の存在。

 それらから逃れる為に強いられた隠遁生活はこの上ない屈辱だった。

 なぜそうなったのか?

 答えは一つ。

 自分が吸血鬼だからだ。

 吸血鬼である以上この弱点は終生変わらない。

 その為には幻想種として次のステージ――――――進化するしかない。

 吸血鬼ではなく魔神や鬼神などの神霊クラスの存在にならなければならない。

 しかし、それには巨大な儀式が必要になる。

 規模で言えば小国ぐらいの領土と予算、人がいなければ成立しない。

 そんなことは不可能であるとわかっている。

 絶望するアルカードに持ち掛けられたロキの提案。

 ある少女を生贄にすれば世界は神代に回帰できるらしい。

 相手はロキだから鵜呑みにするのは危険だが、天津の娘に莫大な霊力があるのは確かだ。

 それを喰らえば今よりずっと強くなれる。


「おい、アルカード」


 思い出に耽っていたアルカードはヴォルフの言葉でハッとなる。


「どうしました?」

「お前の下僕ども動きが止まっているぞ」


 アルカードが確認すると確かに吸血鬼化した学校関係者は動きを止めている。

 彼らには天津陽菜を捕らえることと他の人間を吸血鬼にするの二つの命令が下されている

 彼らが動きを止めているということは目標天津陽菜を見失ったことに他ならない。

 しかし、物陰に隠れる程度では見つけることはできるはずだから、相手は何らかの能力で隠れているということになる。


「厄介ですね」


 アルカードとしては空木勇人が来るまでに陽菜を捕まえたい。

 いくら対策があっても空木勇人の存在は不確定要素が大きい。

 計画を破綻させてしまう程の力がある。

 まだ彼が来るまで時間があるからまだ焦る時間ではない。

 そう思っていた矢先ヴォルフが声を上げる。


「おい、下僕どもが動くぞ」


 動きがあったということは天津陽菜を見つけたということになる。

 破れかぶれで飛び出してきたのか何か策があるのか。

 どちらにしても静観して問題ないだろう。


「さてお手並み拝見といきましょうか」


 アルカードは圧倒的な有利な状況からくる余裕の笑みを浮かべる。

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