第7話 夜の喧騒

(あいつ、どこいった!?)


 油断した。

 電車の件があったから勝手にどこか行くことはないと踏んでいた。

 自分の浅はかさに舌打ちしつつ当たりを捜索する。

 そう遠くには行っていないし、駅の方には向かうことはないだろうと目星をつけていると聞き覚えのある声が聞こえてくる。


「なあ、いいだろう姉ちゃん」

「オレらと遊ぼうぞぜ」


 少し奥まった薄暗い所に数人の男に囲まれた菜月がいた。

 様子を見るに男は典型的なチンピラでナンパをしていることがわかる。


「アタシは忙しいんだよ。そんなに女遊びがしたいならそこらの風俗でも行ってな」

「そう連れないこと言うなよぉ」


 うんざりしたように髪を掻き揚げ颯爽と去ろうとする菜月。

 そうはさせじと近くにいたチンピラが菜月の肩を掴もうと腕を伸ばす。

 菜月はそれを予測していたようにその手を払い、間髪いれずチンピラの股間を蹴り上げた。

 一連の流れがあまりにきれいで勇人もチンピラも言葉を失ってしまう。


「正当防衛だよ」


(いや、過剰防衛だろう)

 あまりに迷いのない一撃に勇人は内心でつっこみを入れる。

 ようやく我に返った仲間は蹴られたチンピラに駆け寄る。

 被害者は声が出ないほどのダメージを負い蹲ってしまう。

 自業自得の部分はあるが、その姿は勇人としても同じ男として流石に同情してしまう。


「て、テメエ……!」


 仲間の一人が菜月に手を上げようと拳を振り上げる。

 菜月は拳を弾こうと身構える。

 しかし、その拳は間に割って入ってきた勇人によって止められる。


「悪いな。アンタらにも言い分はあるが、先に仕掛けた方に非があるぞ」


 一目見た瞬間、チンピラ達は怯んだ。

 当然だ、身長百七十前後自分達の前に二メートル近い巨漢が立ち塞がっているのであれば怯まないなんてまずない。


「な、なんだテメエは?」

「俺はこいつのボディーガードだ」

「ボディーガードだぁ!?」


 怯んでいたチンピラ達は下種な笑みを浮かべる。


「なあ、ボディーガードさんよぉ。そこの女がオレの連れの大事な場所を蹴りやがったんだ。どう落とし前つけてくれるんだぁ?」


 他のチンピラ達も焚きつける様にそうだ、そうだと囃し立てる。

 勇人はチラリと倒れている男を見る。

 確かに菜月の一撃は強力なものだった。

 しかし、それでも所詮は女子高生の攻撃だ。

 大の男がいつまでも痛みにのた打ち回ることはないだろう。

 更に蹴られた男は大げさに声を出し呻いている。

 痛みは流石に引いているし、普通に立ち上がれてもおかしくない。

 演技をしている可能性は十分にある。

 面倒なことだな。


「おい、黙ってないでなんか言えよ!」


 チンピラの一人が胸ぐらをつかんできた。

 あぁ、この手の連中は本当になんてわかりやすいんだろうな。


「おい、いい加減に……?」


 勇人は男の手を払うとその額にデコピンをした。

 瞬間、男の体は宙に浮き仲間の下に一直線に飛んでいった。


「な、なにが……」


 昏倒した男の下敷きになった仲間の一人は驚きを隠せずにいた。

 何の変哲もない、子供の罰ゲームの定番であるデコピンが人を吹き飛ばす力が発揮されるなどあり得ない。

 そんな状況が理解できない彼らの前に勇人はゆっくりと近づき拳を天に突き上げる。


「ヒィッ……!」


 無表情から落ちてきた拳は男たちの手前のアスファルトに叩きつけた。

 その一撃はコンクリートを砕きめり込んでいく。

 手首まで埋まった拳をゆっくりと引き抜き男たちを見据える。


「そのままそいつを連れて失せろ。そして、二度と俺達の前に現れるな。もし姿を見せたら……わかるな?」


 肉食獣が縄張りを示すかのような低い声で忠告し獰猛な笑みを浮かべる。

 彼らも勇人の言動の意味がわからない馬鹿ではなく無言で何度も頷き一目散に退散していった。




 チンピラの姿が見えなくなったのを確認した勇人は自らが壊した道路に手をかざす。

 数秒して手をどかすと壊れたものは元通りになっていた。


「アンタ、やるね」

「護衛だからな」


 菜月はニッと歯を見せる。


「助かったよ、あの手の連中って本当うざくてさ」


 その容姿なら仕方ないだろう。

 無自覚な菜月の言動に勇人は嘆息する。

 確かに菜月は陽菜のような万人受けするような魅力はない。

 しかし、氷のように冷たくどこか儚さを感じさせる立ち振る舞いは時として妖しい魅力になる。

 それを理解してないから質が悪い。

 勇人がそう分析していると少女は手を差し出す。


「改めて、アタシの護衛をお願い空木勇人さん」


 勇人は一瞬どうしようか迷ったが今度は自分から手を握ることにした。


 「昼間と同じ言動だな」


 勇人の指摘に菜月は歯切れの悪い返事をした。

 それに対して引っ掛かるものを感じた勇人だったが聞き出そうとは思わなかった。


「それより、大会はいいのか?」

「あ、やば!空木さん、ついてきて」


 目的を思い出した足早に会場に向かった。

 向かった先のゲームセンターは四階建ての大きなところだ。

 一階には子供向けのキャラクターゲームやクレーンゲームのような景品ゲーム、二階はエアホッケーなどの体感ゲーム、三階はリズムゲーム、四階にはビデオゲームとなっていた。

 菜月は迷わず四階のビデオゲームコーナーへの階段を駆け上がる。


「あ、ツッキーさん」

「よっす」


 四階に上がると友人らしき青年が話しかけてきた。


「遅かったですね」

「変なのに絡まれてね。登録は済んだ?」

「もちろん」

「ありがと。大会までまだ時間あるよね?」

「後、三十分ですね」


 時間を確認した菜月は大会エントリー料を渡し奥の空いている筐体に座った。

 どうやら、彼女のベストポジションらしい。

 始めたのは格闘ゲームで反対側では既に誰かが遊んでいるらしい。

 画面に『NEW CHALLEGER』の文字が現れると菜月はキャラクターセレクト画面で迷わず自分が最も使えると思われるキャラを選んだ。

 ゲームがスタートしてからは圧巻だった。

 開始わずか二十秒とかからず一ラウンドを取り、二ラウンド目に至ってはそれより早くパーフェクトで決めてしまった。

 格闘ゲームと言うものを知らない勇人からしても歴然とした力の差と言わざるを得ない。

 それから挑むものが多数いたがそれをことごとく返り討ちにしていく。

 その様子を見ていた複数の男性が菜月に話しかけていく。

 どうやら、この店では名の知れたプレイヤーのようだ。

 それに気さくな応対をしているところを見ると、それなりに親しい間柄のようだ。

 それから対戦と歓談で盛り上がっている様子を壁に背中を預けて眺める。

 昼と夜、それぞれにきちんとコミュニティを持っておりその中心に彼女らはいる。

 多少のハンデを抱えているがそれが社会的において致命的な問題になっていないことは勇人にとって喜ばしいことだった。


「ところで、あの人は誰ですか?」


 不意に自分の方に話題が飛んできて勇人は硬直する。

 まさか自らが話題の対象にしてくる人間がいると思わなかった。

 ここで暗示をかけ忘れたのに気づいた。


「あの人はアタシの兄貴。連れとしてついて来たんだ」


 どう返せばわからない勇人に菜月が助け舟を出してくる。


「勇人だ」


 とりあえず、自己紹介だけするとそのままだんまりを決め込んだ。


「悪いね、兄貴は強面で人見知りだからさ、そっとしておいてあげてよ」


 菜月のフォローのおかげで勇人に向いていた視線が外れていく。

 勇人は本日幾度目かの嘆息をしたところで大会開始の合図が聞こえてきた。




「いや~楽しかった」


 体を伸ばして満面の笑みを浮かべ菜月は歓楽街を歩いていく。

 気づけば日付が変わろうとしていた。

 そんな時間でも歓楽街らしく人通りは変わらないし、客引きは一向に減らない。

 本当にこいつがいるべき所じゃないよな。

 改めて暗示をかけながら勇人は隣にいる少女を見る。

 こういうところは危険や誘惑が多すぎる。

 あちこちから諍いの怒声や酔っ払いの呂律の回らない声が聞こえてくる。

 この辺の店は反社会的勢力と関わりがあるところは少なくない。

 ぼったくり程度なら生易しく、払えない借金を背負わせてくる輩もいる。


「お前、ここにはいつも来ているのか?」

「いつもじゃないよ。月に一回かな?」


 そんな治安の悪い場所を何度も通っているのかと思うと執事が懸念を抱くのは無理ない。

 そんな勇人の心情に気づいた菜月は少し申し訳なさそうな顔をする。


「まあ、ここって柄の悪い連中多いけど。あそこのゲーセンにいる友達とかには会いたいからさ」

「憩いの場ってやつか?」

「そんなところ」


 勇人は今日の彼女の様子を思い出す。

 大会では手に汗握る接戦の末、見事に優勝を決めた。

 その後も野試合をする菜月は生き生きしていた。

 周りの友人たちも悪い人間はなく、あのゲームセンターも手入れも行き届いている。

 今日まで彼女が大きな被害を受けなかった理由もなんとなくわかった。

 それでも護衛する身としては控えて欲しいのが本音だが。


「でもまあ、こいつが楽しければいいか」

「何か言った?」

「なんでもない」


 勇人は独り言をネオンに照らされた街並みの中に消す。

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