第2話 再会の二人

「着きましたよ。ここが天津氏の邸宅です」


 そう言うと舞は車を降り門の前に立つ警備員に話をする。

 やり取りをすること数分で門は開かれ車は中に入っていく。

 高級住宅に囲まれた中でその家は一際大きく異彩を放っていた。

 敷地の周りを覆う草木の壁、庭には色とりどりの花が植えられており手入れが行き渡っているのが見て取れる。

 その中心にそびえる館は一般住宅三棟はあろう広さと三階建てのビル並みの高さがあった。


(全く金持ちってのはどうしてこうも自己顕示欲が強いのかねぇ……)


 車を降りそのスケール大きさに呆れる勇人の前に一人の男性が待っていた。

 男は年齢は五十歳ぐらい、左目にモノクルをかけ執事服を着こなしている。


「お待ちしておりました。私は当館の執事高島と申します。我が主、総一郎様は奥でお待ちです」


 高島と名乗った執事は恭しく頭を下げてから扉を開ける。

 善治と舞は執事に案内され屋敷の中に入るが、勇人は続かない。

 何者かがこの敷地全体に監視している。

 監視カメラやドローンなどの機械によるものではない。

 幻想種に関わるものが使う術によるものだ。


(なるほど、どうやらそれなりの幻想種が関わっているようだな)


 勇人は軽く踏み込み術を消し去る。

 もう顔を見られたので意味はないが、四六時中監視されるのは趣味じゃない。


「どうしたの?」

「なんでもねえよ」


 これはただの戦線布告だ。

 こんな面倒な仕事を押し付けたやつに対して。

 勇人は見えない敵に挨拶をして屋敷の中に入っていった。

 屋敷の中はその外装に相応しい内装だった。

 敷き詰められた赤いじゅうたんにシャンデリア、純白の壁に飾られたいくつかの絵画。

 壺や彫刻品もいくつも飾られておりこの国を代表する富豪にふさわしいものとなっている。

 高級ホテルか西洋のお城かと思えるような豪華さに勇人は居心地の悪さを覚える。

 こんな場所で仕事するのかと思うと嫌悪感を覚える。

 クソ、受けるんじゃなかったか?

 悪態をつく勇人の心中など知らず、執事の高島は応接間に案内する。

 そこには老人がソファに一人座っていた。

 齢は六十から七十であろうか?

 ピンと伸びた背中から積み上げたものからくる貫禄を感じる。


「初めまして、天津総一郎です」

「幻想埋葬機関零の局長、時戸善治です。そして、後ろに控えておりますは今回護衛を務めさせていただきます、篠原舞と空木勇人です」


 善治は懐から名詞を手渡してから二人を紹介する。


「篠原舞です」

「空木勇人だ」


 礼儀正しく頭を下げる舞とは対照的にぶっきらぼうな態度をする空木勇人に執事の高島は眉をひそめる。


「も、申し訳ありません!彼、緊張しているみたいで……」

「構わないですよ。どうぞ、ソファに腰掛けてください」


 それを見た舞が慌てて謝罪しフォローするが、総一郎は構わないと鷹揚に笑って許してくれた。

 それを見て舞はホッと胸をなでおろし、元凶となった同僚とそれを放置した上司をキッと睨みつけるが二人にとってはどこ吹く風だ。


「さて、今回はお孫さんの護衛だそうですが、どのような経緯で依頼されたのですか?」


 善治の質問に、総一郎は口をつぐんでしまう。

 その目には迷い、どう説明していいかわからないといった戸惑いが見て取れる。


「あれは、三日前の出来事でした」


            *****


 それはいつもと変わらない静かな夜のこと。

 その日は趣味である映画を鑑賞しながら酒を飲んでいた。

 すると、夏の生ぬるい風が吹き抜けるのを感じた。

 窓は閉め切ってあるはずなのにと風のする方向に顔を向けると、そこに黒いシルクハットをかぶった奇術師風の青年が立っていた。


「お初にお目にかかります、天津祖一郎氏」


 テノールボイスで挨拶をしてきた男は年は十代後半から二十代前半。

 身長は百八十近い長身で、モデルのような体系をしている。


「だ、誰だ君は?」

「私ですか?そうですねぇ……『終焉をもたらす者』とでも言いましょうか?」


 大仰に語る彼のその様はまるで舞台役者のようだ。

 いぶかしむ総一郎の背後で侍女の悲鳴と破壊音が聞こえた。

 音のした方に向かった総一郎は言葉を失った。

 ゾウぐらいはあろう巨体、風船のように膨らんだ高密度の赤黒い筋肉。

 悪魔。

 そう形容するしかできない化け物が存在している。

 そこには変わり果てた複数の使用人とその凶行の証拠を示す砕けた床と血まみれの悪魔の腕があった。

 これは現実なのか?

 恐怖と混乱で総一郎はその場に立ち尽くしてしまう。

 使用人や警備員が急いで避難させようとするが耳に入ってこない。


「これは、ほんのご挨拶」


 総一郎の耳元に語りかけるように目の前に現れたなぞの青年に対し、警備員が体を張って割ってはいる。

 しかし、青年は暖簾をくぐるように優しく手の甲で払いのける。

 それだけで警備員は壁に叩きつけられる。


「き、貴様!?」


 他の警備員が銃を構えようとすると、青年は指をパチンと鳴らす。

 すると、先ほどまで止まっていた悪魔が再び動き出し、警備員たちを殴り飛ばす。

 その巨体を遥かに上回る膂力は触れた者を壁の先まで吹き飛ばしてしまう。


「おやおや、やり過ぎですよ」


 更なる追撃をしようとする悪魔を青年は穏やかに制止する。


「な、何が目的だ?」


 虐殺や暗殺が目的ならこのような示威行動をする必要はない。

 つまり、相手と話し合う余地があるということだ。


「目的はございません。我々は今日宣告しに参ったのですから」

「宣告?」


 青年は酷薄な笑みを浮かべる。


「おめでとうございます、貴方様の孫娘は我々の供物となりました」


 一体、何を言っているんだ?

 訳がわからない。


「あぁ、理解する必要はないですよ。ただ、貴方はこれが現実で運命だと受け入れればいい」

「ふ……ふざけるなぁ!」

「ふざけてなどおりません、これはただ事実です。貴方の孫娘はその時を迎えれば我々の供物となる。ただそれだけです。抗うならば抗えばいい。私たちの力に勝てるならね」


 総一郎の全身が粟立つ。

 あれ程の力を見せつけられて反攻しようなど考えも及ばない。

 それがわかっているから『終焉をもたらす者』と名乗る青年はこれほど余裕なのだ。


「では御機嫌よう」


 優雅な仕草と共に青年と化け物は風のように消えてしまった。

 残された惨状と恐怖にその場にいた者全てがしばらく一歩も動けなかった。


             ******


「なるほど、状況はよくわかりました。この一件は我々の専門分野ですね」


 依頼主から話を聞き終えた善治が口を開く。

『終焉をもたらす者』と赤黒い巨体の化け物か……。

 断片的なこの二つの情報だけでは敵が何者なのか勇人には見当がつかない。

 現時点で敵の素性について考えるのはただの憶測にしかならない。

 ただ言えるのは敵が幻想種だということだけだ。


「では、この後被害にあった場所に案内していただけますか?」

「えぇ、もちろんです」


 勇人が思案している間にどうやら向こうでは話が進んでいたようだ。

 現場に向かうならば好都合だ。

 時間こそ経っているが現場には現場にしかない空気がある。

 もしかしたら、敵の情報が手に入るかもしれない。

 わずかに期待する勇人の背後から控えめなノックが聞こえてきた。


「おじい様、よろしいですか」

「陽菜か、入りなさい」

「失礼します」


 風鈴のような涼やかで癒される声と共に静かにドアが開かれる。

 入ってきたのは十代の少女だった。

 腰まである艶やかできれいな黒髪、ぱっちりとした二重まぶた、肌は雪のように白く、整った鼻梁は彼女の美しさをより映えさせる。

 体つきのバランスもよく伸びた背筋は本来の身長以上に高く感じさせる。

 絵画のモデルになりそうな理想的な大和撫子がそこにいた。


「紹介します。孫娘の陽菜です」

「初めまして天津陽菜です」


 陽菜は良家の令嬢らしく礼儀正しくお辞儀をする。


「お初にお目にかかります。私、特務機関幻想埋葬機関零の局長、時戸善治です」

「護衛担当の篠原舞です」

「同じく護衛担当の空木勇人だ」


 総一郎に挨拶したときと同じ態度を取る勇人に舞と執事の高島が眉をひそめる。


「篠原さん、空木さん、よろしくお願いします」


 しかし、当の陽菜は嫌味一つ感じさせない笑みを浮かべている。

 育ちのよさなのか彼女の地なのかわからないが空気が和らぐ。


「ところで、陽菜よ。何か用があったのか?」


 総一郎の問いに陽菜は思い出したように両手をパンと合わせる。


「おじい様、今日友達と買い物に行くんです」

「おぉ、そうだったか。それなら護衛を連れて行きなさい。後、待ち合わせ場所まで送るぞ」

「もうおじい様ったらそこまでしなくてもよろしいのに」


 仕方ないと思いつつ上品な微笑を浮かべると支度のために陽菜は部屋を後にした。

 どうやら、事件のことをきちんと話してないようだ。

 ばれるのは時間の問題なんだがな。


「勇人、お前だけで天津陽菜嬢を護衛しろ」

「あぁ?何で俺だけなんだよ」


 ただでさえ慣れない護衛に加えて女の相手なんてこっちには手に余る。


「篠原には私と一緒に現場の調査を行う。こういうことにはお前は向いていないだろう?」


 返す言葉がない。

 勇人の得意分野はあくまで暴力だ。

 調査や分析は舞の方が圧倒的に分がある。

 それに街に出るということは人混みの中に入るということだ。

 その状況で襲われる可能性は大いにあり得る。

 緊急時の対応の速さも考えればこの人選は仕方ない。


「……わかったよ、引き受けるよ」


 観念した勇人は陽菜のいる部屋に向かった。


「がんばってねぇ」


 舞のお気楽の声にストレスを溜めながら彼はその場を後にした。

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