魔女な私はかく語る

林きつね

[第一部]魔女な私はかく語る

第1話 どうも、私です。

 どうも、私です。──と、いきなり言ったところでなんのこっちゃとなるだけですよね。

 でも今の私に、悠長に自己紹介なんてしてる暇はないんですよ。だって今追われてますから。

 薄暗い、ひっそりとした閑静な路地裏をコソコソと、盗みをした帰りの如くうごめく私。

 追われてる理由?私が聞きたいですよそんなもの。

 私のお仕事仲間が私の知らないところで勝手に揉めて、勝手に崩壊して、勝手に衛兵さん方に追われることになり、私モロその巻き添いです。

 迷惑極まりないにもほどがありますよね。あの方々はたとえ衛兵さんから逃げ切ったとしても、私が責任を持って一人残らず消し炭にさせていただきます。それぐらいは容認されるべきでしょうこれは。

 やっぱり人身売買をやってる奴らはろくなもんじゃありません。二度と関わらないようにしよっと。


 ピーーッ!

「そこ!止まれ!」


 うげぇ……見つかってしまいました。人一人呼び止めるには、いささか音が大きすぎる気がするんですがあの笛。

 人数は三人、いかにも自分鍛えてますと言わんばかりのゴツイ体格の衛兵さん達です。

 絵面的だけ見れば、筋骨隆々の男三人が女の子一人を取り囲んでいるというかなり危ない感じです。

 ここは流れに沿って殺しなさい!的なセリフでも言った方がいいんですかね、私。

 この状況でそんなことを言おうものなら本当に殺されかねないんですけどね。


「女一人でこんなところでなにしてる?」


 その中の一人が言います。

 こんなところって言われても、別にただの人気のない路地裏なんですけどね。女一人でいては駄目な理由は別にありません。勿論そんなこと言ったって無駄なのはわかっています。わかっているので、穏便に終わらせるために少し強硬策にでます。


「お疲れ様です。警備、ごくろうさまです。では、《少し私の話を聞いていただけませんか?》」


 何かを言いかけた衛兵さん方がピタリと動きを止めます。

 背筋もピンと伸び、人の話を聞く姿勢としては100点満点です。


「おほん。それでは、《私がここにいることはとてもとても瑣末なことです》《よって全て忘れてください》」


 三人共とても大人しく聞いてくれています。



「それと、《ここから歩いて6時間ぐらいの場所に、それはそれは怪しい人物がいたのですぐに向かった方がいいですよ》」

「……」「……」「……」

「《お返事》」

「はい」「はい」「はい」


 綺麗に揃いました。気持ちがいいですね。

 こうして、三人の勇敢な衛兵さんは、今日も街の平和を守るために出立したのでした。めでたし、めでたし。


 あの笛の音が原因で、衛兵さん仲間が集まってくるかもしれないで、私もそそくさと路地裏を退散しました。

 しかし、上手くいって良かったです。相性があるので人によっては全く効かなかったりするんですよね、アレ。

 効かない時はしょうがないので、後が残らないように焼き殺すしかないんです。あんまりやりたくないんですよ、ちょっとエグいから。

 どうせ出せるなら炎よりも氷の方がいいですよね。

 カチンコチンに凍らせて割ってしまえば、パッパと済みますし視覚的エグさもあまりありません。

 ああ、ちなみにここまでくるともう説明する必要も無いかもしれませんが一応。

 先程衛兵さん方を意のままに操ってみせたアレは別に、私の口から発せられる言葉が特殊な文字列からなっておりそれが脳の中枢神経に作用して相手の思考や行動を操る──なんていうような理論然としたものではなく、もっと単純な一言で表せられるものです。

 ズバリ──魔術です。

 人を操る魔術だから人を操れる。それ以上でもそれ以下でもありません。それとももっと詳しい仕組みのようなものがあるんですかね?少なくとも、私はそんなもの知りません。

 なぜ自分がそんな"魔術"を使えるのか。

 それすらも全くわかりません。そういうものなんです。使えるから使える。これまたそれ以上でもそれ以下でもありません。

 もしかしたら、私達は姿形は人間なだけの、別の生き物かもしれませんね。

 というか、そう思われているからこそ、普通の人間達は私達を畏怖し、侮蔑し、"魔女"と──。そう呼ぶのでしょう。

 ええ、魔女です。人間という種族として異端であるというご立派な称号です。

「私魔女ですよ〜」と悠々と街を歩いていたら石を投げられるのは当然、というかバレたら問答無用で殺されます。磔火炙り待ったナシです。

 私は、魔女はそういう存在です。

 でも別に悪いことばかりではないんですよ?

 例えばほら、先刻までやっていた人身売買を初めとする裏稼業などは魔女の特権お役立ち放題です。ウハウハです。

 まあ、それももうご破産になってしまったわけですが……。

 収入源も、住むところも失ってしまいました。

 お金自体は結構持っているんですけどね。でも捕まった方が私のことをペラペラと吐いて、本格的な魔女狩りが始まるのも時間の問題です。

 路地裏どころかこの国からさっさと出ていかなくてはなりません。この国でだけしか使えない通貨……世の中って世知辛い。

 人生転落、未来暗転。あぁ──この先どうなるんだろ、私。

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