第二十三話 くぬぎ 六
翌日。
晃志郎は実成を伴って、四門の詰め所へと出向いた。
実成が四門と寺社奉行所のつなぎとして動くことは、寺社奉行からの命令ではあるが、いわゆるお上の上の決定とは違う。
本来ならば、四門を束ねる将軍、寺社を管理する老中との協議のうえ、行われるべきなのだが、そのようなことを言っていてはまどろっこしいのと、何よりもどこにいるのかわからぬ羅刹党に情報が洩れる危険がある。
「ひょっとして、実成どのですか?」
詰所の入り口を入ったところで、土屋が驚きの声を上げた。
土屋が驚くのも無理はない。宿屋の親父ではなく、武家姿の二本差し姿で、まるで別人だ。もっとも、きちんと話こそしなかったが、実成が武家の人間であることは土屋にもわかっていただろう。
「その節はお世話になりました」
実成は丁寧に頭を下げる。
「実成どのはこの度、寺社と四門のつなぎ役になることに決まったのです」
「寺社の?」
土屋は少し驚いたようだが、その事実に得心したらしい。
晃志郎が寺社奉行所とつながりが深いことなどから、ある程度は予想していたのかもしれない。
「さようですか。それは心強いです。よろしくお願いいたします」
土屋はにこやかに礼を返した。
「穴平さまは?」
「奥に」
晃志郎の問いに、土屋は奥の部屋を指し示す。
四門の朝は、討議が行われるのが常だ。この時間なら、ほとんどの人間に実成を合わせることができる。
「実成どの、まずはこちらへ」
晃志郎は、実成を奥の部屋へと案内する。
奥の座敷には、煙草盆をかかえた穴平と、龍之介、田所らの姿があった。
市井奉行所の右近もいる。
「穴平さま」
晃志郎が穴平に声を掛けた。穴平は、煙管を煙草盆に戻し、目を晃志郎の方へと向ける。
「寺社奉行所の与力、堀田実成どのをお連れいたしました」
「お寺社の?」
穴平は驚いたようだった。晃志郎が寺社の人間と親しいのは知っていただろうが、まさか連れてくるとは思っていなかったのだろう。
「実成どの?」
実成の姿を見て、龍之介が声を上げる。やはり武家姿の実成におどろいたようだ。
「堀田実成と申します。鳴上村で行動をご一緒したご縁で、こちらと寺社の間に入るよう、お奉行より命じられました」
実成は自ら名乗ると、深く頭を下げた。
「実成どのは、俺の兄弟子です」
晃志郎が横から言い添える。
晃志郎の兄弟子であれば、実成の腕は保証されたも同然だ。
「ほほう。さようか」
穴平は興味深そうに実成に視線を送る。
「とりあえず、お茶をお入れしましたので、おあがりください」
後ろから盆に湯飲みをのせた土屋の声がした。
「そうだな。堀田どの、わしは探索方目付の穴平だ。とりあえず入ってくれ」
「はい」
実成と晃志郎は座敷へと上がり込む。そして実成は右近の隣に、晃志郎は龍之介と田所の後ろに座った。
その晃志郎の隣に、湯飲みを配り終えた土屋が腰を下ろす。
「赤羽の兄弟子というと、焔流か?」
穴平の疑問は、業務上の質問というよりは、単純に興味からのようだ。面白げに、実成を見ている。
「はい。もっとも、晃志郎さまのほうが、術も剣も実力は上ですね」
「そんなことはありません」
思わず晃志郎は口をはさんだが、実成は気にした様子はなかった。
「しかし、私も皆様の足手まといになることはないと自負しております。寺社を代表し、お役に立ちましょう」
「助かる」
穴平は、大きく頷いた。
晃志郎ほどでなくても、術がしっかりつかえる人間なら、喉から手が出るほど欲しい四門である。実成の協力が得られるのは、寺社との連携以上に四門としてはありがたいことだった。
「実際のところ、寺社は羅刹党をどう見ている?」
和良比に暗躍する羅刹党の存在がはっきりしはじめたにもかかわらず、お上の役所はそれぞれ分断されたようになっている。どこに羅刹党が潜んでいるかわからない状態では、連携も難しい。まずは『共通認識』を増やしていくことも大切だ。
「厄介な相手です。奴らは、私腹を肥やそうとしているわけではありません」
そういう相手なら、取り調べは簡単です、と実成は首を振る。
「羅刹党は、真面目な人間ほど取り込まれやすいという話です。そこに正義があると信じている」
実成の言葉は苦い。腐敗した寺社の一部の役人の存在が、羅刹党にひきこまれる人間を増やしてしまった側面があるのだ。
「今のお奉行になって、寺社の膿は摘出されつつあります。しかし、完全ではありません。今はまだ、寺社の内部は誰を信じて良いかわからぬ状態です」
羅刹党に与している人間は、勤勉で仕事もきちんとしていることが多い。生活面も表面上は荒れたりはしない。判別は難しいのだ。
「上を通しての連携ではいつ情報が洩れるかわかりません。それゆえに、私は連絡係を命じられました」
「ふむ」
穴平は顎に手をあてた。
「正義ね。実に甘美な響きだな。奴らは『悪事』をしているとは、露とも思うておらぬ、ということだな」
「おそらくは『正義』のためなら、なにをやっても良いと信じ込んでいるのでしょう」
実成の言葉に、そこにいた全員が同意する。
正義という言葉は、時にひとを麻痺させてしまうものだ。
「わかった。堀田どの、これからよろしく頼む」
穴平は小さく頭を下げた。
実成の挨拶が一通り終わると、それぞれの調査結果の報告が始まった。
土屋と龍之介の調査によれば、『くぬぎ』の売掛帳には、勘定奉行所の人間が名を連ねていたらしい。もっとも、だからといって、強盗と関係があると結びつけることは乱暴すぎる。
なんにせよ、虎金寺の一件のあと、ひんぱんに穢れだまりが報告されており、虚冥まで開いている。どう考えても普通の状態ではない。
「彼奴等が、何かしている可能性が高いな」
穴平は口をゆがめ、唸る。
これほどまでに急激に穢れが溜まることから考えて、現在進行形で巨大な呪術が行われているという可能性が高い。
一日で虚冥を開いてしまうほどの穢れを産む呪術だ。
確定ではないが、まず羅刹党の仕業に違いない。
「とりあえず、『くぬぎ』に踏み込みませんか?」
晃志郎は口を開く。
「あそこで何か呪術が行われているのは間違いありません。穢れは『くぬぎ』だけが原因ではないと思います。が、とりあえずはわかっている場所を『止める』ことは大事ではありませんか?」
全容をつかむことはもちろん大切だ。だが、それを待たなければならないものではないと晃志郎は思う。呪術が完成してからでは、遅いのだ。
「相変わらず、赤羽は過激だな」
穴平が苦笑した。
「こたびは、相手も警戒していよう。虎金寺以上に、苦戦する可能性が高い」
無論、穴平とて、放置しておいてよいと思っているわけではない。
前回は、たくさんのけが人が出た。特に晃志郎は生死をさまようほどの重傷だった。
急な増員は認められそうもない以上、穴平も今の戦力ではそう簡単に決断できないのだ。
「だからといって、やらぬわけには参りません」
土屋も晃志郎と意見が同じらしい。
「おそらく、『くぬぎ』は羅刹党の本部ではないでしょう。叩いても、壊滅に追い込むことは出来ないと思われます。ですが、虚冥の開く原因をひとつでもつぶすことは我らの使命ではないでしょうか」
「土屋もずいぶん思い切ったことを言うようになったな」
穴平はふっと笑みを浮かべる。
「朱に交われば赤くなるというが、何ごとにも慎重なお前がなあ」
「朱というのは、穴平さまも含みますよ」
土屋の言葉に、全員が笑う。
「土屋の言うとおりですね。穴平さま、ここはやるべきです」
龍之介が駄目押しをする。
他の者も異論はないようだった。
「あいかわらず血のけの多い奴が多い。まあ、わしもだがな」
穴平はそう言って、肩をすくめた。
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