第二十二話 くぬぎ 五
晃志郎は、並べられた膳に箸をのばす。
選び抜かれた素材を、確かな技術で調理した贅沢な味わいだ。
ここに来た要件を忘れたくなるほどの味である。
とはいえ。寺社奉行本人と話せる機会は、またとないであろう。持てる駒は全部さらし、情報は共有した方が良い。
「市井奉行所と共同で調べている最中ではありますが」
晃志郎は慎重に口を開く。
「魂鎮めの修行を行っている女性がさらわれる事件が頻発しております。穢れだまりの件とも関係している可能性がございます」
「魂鎮め?」
和泉は眉根を寄せた。
「はい。調べたところによれば、未遂を含めて和良比全土に及ぶ事件だそうです。各流派まんべんなく娘がさらわれている可能性があります」
「報告は受けておらんな」
「呪術的なことは全く関係なく、実行犯は無頼のやからです。加えて言うならば、寺の敷地を出てからのことですので、お寺社の管轄とは違って当然でしょう」
晃志郎は息を継いだ。
「市井奉行所のほうでも、普通の『人さらい』として、扱っておりました。表面的には事件に関連性を発見できてはいなかったようです」
「なるほど」
「もちろん、人身売買等の呪術と全く関係のない組織犯罪の可能性もないとはいえないのですが、さらわれたのが修行中の女性であること、流派の偏りがないこと。加えて、穢れだまりが多く観測されているということから見て、何らかの儀式が行われている可能性を感じております」
「可能性はあると思う」
和泉は頷いた。
「穢れだまりの出現場所、人さらいの起こっている場所、それらすべてを総合的に俯瞰してみる必要があるということだな」
「はい」
役所がそれぞれに追っていたところで、全貌を知るのは難しい。
「実は一か所、虎金寺と同じく、奴らが何事かを企てていると思われる場所がございます」
この話は、寺社奉行の仕事とはあまりかかわりがない。だが、一連の事件とは無関係ではない。
「くぬぎ、という料亭のあった場所です。押し込み強盗があり、その後無頼の輩が出入りしているらしいのですが、呪術のにおいがいたします」
「乗り込むの?」
なつめが晃志郎を見る目に心配の色が浮かぶ。
虎金寺に乗り込んだ後、晃志郎は死にかけた前科がある。あの時、四門は決して油断したわけではないが、羅刹党がそこまで大きな組織だとわかっていなかった。
だが、あの時は敵も、役人が乗り込んでくるとは思っていなかっただろう。お互いに『次』は、前回以上の用心をしている。
「いずれは。少なくとも人さらいをしているやからが巣喰っているのは間違いないようですので」
もちろん、『人さらい』の容疑での調べであれば、それは市井奉行の管轄だ。だが、呪術が絡む可能性があるのであれば、話は変わってくる。
「市井奉行と封魔奉行、いたずらに、役所間をまたぐくらいなら、最初から四門が動く方が確かだろうな」
和泉が顎に手をあてた。
「奉行所というのは、どうしても視野が狭い。持っている権限が違うからということも大きいが、多元的にモノを見ることが難しい」
「それは、どうしようもないことかと存じます」
お上の業務はそれぞれに専門性があって当然だ。
ただ、役所間の連携は、思ったほどうまくいかない現実がある。まして、羅刹党は思ったより根深く、役所の中にまで入り込んでいる。いたずらに調べを広範囲に広げれば、情報の漏洩はさけられない。
「呪術のにおいということは、何か怪異があるのですか?」
「土塀に、星蒼玉が練りこまれておりました。おそらく、結界用です」
晃志郎は実成に答えた。
「もともとは、間中さまのお屋敷跡地に作られた料亭だそうで。で、あれば、星蒼玉が保管できるような施設なども整っている可能性があります。それらを合わせて考えてみるに、土塀の結界は、『外』に呪術が漏れぬようにするための可能性が高いかと」
「間中さまのお屋敷?」
和泉の顔が渋いものになる。
「はい。ただ、十年ほど前に売りに出された場所です。どの程度、呪術結界が残っているかは、わかりませんが」
間中家は二十年前に鉱山を閉鎖するまでは、星蒼玉の産出で富を得ていた。当然、呪術者も家臣団に多かったと聞く。もっとも、現在は星蒼玉とは全く関係のない産業で、その地位を得ている。
「ということは、その押し込み強盗も、間中さまの屋敷跡と知って入った可能性があるのか?」
「その可能性は、あると思っております。皆殺しで、残忍な手口にも関わらず、恨みの線では、下手人は上がらず。しかもかなりの大人数の犯行のようですから」
晃志郎は頷く。
「しかし、たとえその料理屋を襲ったところで、その屋敷を意のままにできるわけではありません。こたびはたまたま、その後の買い手がつかなかっただけで。強盗は屋敷を占拠したわけではなく、あくまで人を殺し、金子等を奪っていったのですから」
「そうだな」
和泉は腕を組んだ。
「現在、市井奉行所の記録を調べなおしているところです。もっとも、我々が調べなければならないのは、過去の押し込み強盗ではなく、現在、あの場所で何が行われているか、ということなのですけれど」
無論、過去に謎の糸口がある可能性は捨てきれない。
「あとは、そのような場所が他にもあるのではないかという危惧です」
和良比全土にわたる『人さらい』の拠点は、『くぬぎ』一つではない可能性がある。
「そうだな。では魂鎮めを行っている寺周辺に、あやしい場所がないか当たってみよう。穢れだまりの様子なども参考にできるかもしれん」
「よろしくお願いいたします」
晃志郎は丁寧に頭を下げる。
「何かわかったら、そなたに連絡すればいいのか? それとも封魔将軍に言上すべきだろうか?」
にやりと和泉が笑う。少々意地が悪いようにも見える。
封魔四門と寺社奉行所はそもそも同じ役所でも、全く違う組織だ。
四門は皇帝直属であり、寺社奉行所は老中の管理下にある。
正式に役所をまたいでの捜査であれば、まず老中を通して、将軍に報告すべきであろう。
「先ほど、実成どのが仲立ちをなさるというお話をされていたように思いましたが?」
晃志郎は表情を消したまま、和泉に言葉を返す。
「人を介せば介するほど、時がかかるのと、漏洩の危険をはらみます。もっとも、正式な手続きでご協力いただくことを否定するものではありませんが」
「なるほど。さすがによく似ている。面白い。血のつながりを感じるのう、なつめ」
和泉は苦笑いを浮かべる。なつめは答えない。
晃志郎としても、褒められているのか呆れられているのか、判断をつけかねるところだ。
「お主の言うとおりだ。老中にいずれは報告するとしても、上が腐っておらん証拠はない。何より、時がかかりすぎては何の意味もない」
「お奉行、晃志郎さまで遊ぼうとなさいませんように。とにかく真面目なひとなのですから」
明らかに面白がっている和泉に、実成が口をはさむ。
「そうだな。儂が悪かった」
和泉は、顔を真顔に戻し頭を下げた。
「いえ。ただ、実成殿とつながるのは、別段、俺である必要はありません。俺は四門に入ったばかり。あくまでも探索方のひとりにすぎませんから」
晃志郎となつめが連絡を取り合っていたのは、正式なものではない。あくまで晃志郎が勝手にやっていたことだ。しっかりと寺社と四門が連携をとるのであれば、四門の代表は晃志郎である必要はない。
「まあ、そうだな。情報の出し入れ先を限定せねばならぬのは、我ら寺社奉行所のほうだ。情けないことだ」
和泉は目の前に置かれた湯飲みに手をのばす。
「いずれにせよ、羅刹党もかなり焦っている。大事になるまえに、我らは少しでも先手を打っていかなければならぬ」
「はい」
「奴らの目的が何なのかはわからぬが、人をさらったり、虚冥を開いたりすることで得られるものが、善き結果となることはないだろう。負けるわけには参らぬ」
「仰せの通りにございます」
晃志郎は丁寧に頭を下げた。
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