第十二話 風守 参

「せっかくだから、修行場を見て行かぬか」

 連也に誘われ、晃志郎と堀田は、秋虎大社の門をくぐった。

 封魔の技の基礎というのは、どこの流派も共通であるから、ふたりにとっても珍しい光景ではない。

 一歩敷地に入ると、清浄でピリリとした空気になった。それもまた、懐かしい。

 封魔の基礎は、まず霊力の鍛錬から始まり、自らの『力』に見合った瑞獣を創り上げていくことが第一となる。呪術者の妖獣が虚冥の力を吸い上げるのに対し、瑞獣はあくまでも『霊力』に依存する。

 広い道場には門弟である若者たちが真剣に、星蒼玉に念を込めていた。

 透明に透き通った星蒼玉が、霊力を得て輝きを得た時、封魔士は瑞獣を得ることが出来るのだ。

「連也さま、そちらは?」

 おそらく指導者であろう。やや若い男が連也に声をかけてきた。

「四門のお役人だ」

「左様で。山平善八やまひらぜんぱちです」

 連也の言葉に、やや面倒くさげな表情を浮かべてから、男は名乗って頭を下げた。

「焔流の赤羽晃志郎と申す」

「堀田実成です」

 あえて、四門とは名乗らず晃志郎たちは会釈を返す。

「四門の方が何の御用で?」

「ただの見学よ。儂が誘うた」

 連也の言葉に、山平はあからさまに迷惑そうに眉を寄せた。

「連也さま、見学などと無意味な……修行の邪魔にございます」

 役人にやましいことがあっての拒絶というより、本当に修行の邪魔だと思っているのだろう。

 考えてみれば、四門の人間はみな、流派は違えど修行を積んだ人間ばかりで、修行の風景など見学しても、珍しくもないといえばそうなのである。

「修行の妨げになるようなことは致しませんので、ご心配なく」

 晃志郎はあまりにも正直な山平の反応に笑いをこらえる。

 それでも不服そうではあったが山平は、挨拶だけ終えると、再び門弟たちの指導へと戻っていった。

 その様子を見ながら、連也は苦笑いを晃志郎たちに向けた。

「すまぬな、ちと馬鹿正直な男で」

「いえ。裏表のない方ですね」

 晃志郎の答えに、連也は頷いた。

「腕もよく、面倒見も良いのだが……教え長となるには、あまりにも正直な男でな」

「なるほど」

 四門の役人を邪魔者扱いするようでは、いろいろ不都合はあろう。

「かといって、腹芸だけできても困る。うまくいかぬものよ」

 連也の言葉が苦い。その苦みは、おそらく金山才蔵かなやまさいぞうをさしているのであろう。

「これだけたくさんの門弟のかたがいらっしゃるのです。教え長一人が責務を負うのではなく、みなで秋虎を守っていかれればよいのでは?」

 自分の言葉が、気休めでしかないと知りながら、晃志郎はそう言った。

見まわした部屋には、たくさんの門弟たちがいる。教え長という立場は、単純に流派を伝えるだけでなく、流派を束ねていかねばならない。それは簡単なことではないだろう。

「赤羽殿が、秋虎流であれば良かった」

 連也はぽつりと呟く。顔のしわが深くなった。

「……かいかぶりです」

 晃志郎は首を振った。謙遜ではなく、自分がそんな器でない事は、よくわかっている。

 道場を出て、連也は、ふたりを広い薬草園へと案内した。各種様々な薬草が丹精込めて栽培されている。青々とした葉が、健やかに生い茂っていた。

「見事な薬草園ですな」

 堀田は、懐かしむように青葉を愛でる。どこの大社でも、薬草園の手入れは、門弟たちの大切な仕事だ。

「昔、秋虎流を背負うのに相応しい男がおってな」

 薬草を手に取りながら、懐かしむように連也は言った。

 その葉の向こうに、誰かの面影が見えているかのようであった。

「金山の血筋ではなかったが、才も人望も申し分ない男であった。儂のあとはその者が継ぐと誰もがそう思っておった……今さら言うても詮無きことであるが」

「お亡くなりになったので?」

 晃志郎の問いに連也は頭を振った。

「それならばかえって諦めもつく。奴は……砂岡幻吾すなおかげんごは秋虎を捨てて出て行ったのよ」

 連也は背を向けて、表情を隠す。その背はいつになく丸く、年相応の齢を感じさせた。

「それもむべなるかな。砂岡は、我が兄に、否、金山家に裏切られたのだ」

「裏切り?」

 兄、というのは、金山家の先代の幸信ゆきのぶであろう。かなりのやり手であったと聞く。

「砂岡はな、幸信の養女、蘭の婚約者だったのだよ」

「蘭さま? 皇帝陛下のご母堂の?」

 堀田は思わず声をあげた。

 金山幸信には、子に恵まれず、親類から蘭と僚造というふたりの子を養子に迎え入れた。

 養女、蘭は、前皇帝の正室となり、幸信亡き後、金山家は僚造が継いで、現在に至る。

 蘭と砂岡は、砂岡を金山家の人間にという連也の意向をくんでの縁談ではあった。

「ところが、先の皇帝が金山の家に来られたおり、蘭を見染められた。兄としても、立場上断れなかったのかもしれぬが……結局、お家の為に、蘭を皇帝に嫁がせることになった」

 深い悔恨がその丸い背ににじみ出ている。

「儂は反対した。しかし、最後には折れた……」

 晃志郎と堀田は、何も言えずに、連也の背をみつめた。

「蘭は嫁ぎ、砂岡は出て行った。政略的な縁談ではあったが、砂岡は蘭を好いておった……二十年以上も前だ。もはやどうしようもなく遠い昔のことよ」

 連也は頭を振り、振り返り、苦く微笑んだ。

「年寄りの、つまらぬ昔話を聞かせてしまったな」

「いえ……」

 初夏の眩しい日差しが降り注いでいた。



 羽田と連也に別れを告げ、晃志郎と堀田は、帰路をたどった。

 川につないだ舟も往きと変わらぬ位置にあった。

 集落にそれだけの物資を山中に運ぶなら、いったん和良比に行くと見せかけて、山中で道をたがえて、運ぶ方が目立たぬであろうから、一日、二日の調査ではとてもわからぬであろうと羽田が主張したこともあり、そのあたりの調査はあきらめて、羽田に一任することにした。

 山中の邑への帰路はあっけないものであった。

 特に襲撃もなく、二人が邑に戻ると、すでに稲鳴からの増援がたどり着いており、意識のない術者たちの護送準備が始まっていた。

「遅かったな」

 龍之介が苦笑いで晃志郎たちを出迎えた。疲労の色が濃い。

「留守中、何かありましたか?」

「まあな。土屋が倒れそうだ」

 大がかりな遠距離攻撃が何度かあったらしい。もっとも、土屋の敵ではなかったようではあるが。

「往きに、武装集団とは遭遇しましたが」

「……それは、なかった。幸いだった。結城さまが、武装集団を稲鳴へ護送していったのでな。剣の使い手は、不足していたから、晃志郎たちが帰ってきて、正直、ほっとした」

 霧水から増援がくるまで、土屋と龍之介は、休む暇がなかったのであろう。今は、稲鳴の霧水神社からの術者が、共同で結界を張っているらしい。

 龍之介は土屋が休んでいるという家に二人をいざなった。

 中に入ると、いろりに火がはいっており、やかんが音を立てている横で、土屋が書を書いていた。

「赤羽どの、戻られましたが」

「休んでおられると、聞いておりましたが?」

 晃志郎は苦笑を浮かべながら、土屋を見る。

「休んでおりますよ。術は使っておりません。報告を書いておるだけです」

「……生真面目な方ですな」

 堀田がくすりと笑った。

「しかし、顔色があまりよろしくない。晃志郎さまも、私も戻りましたので、一度お休みください」

「……では、報告書は、赤羽どのにお願いいたしましょうか」

「そ、それは、勘弁を」

 即座にそう答えた晃志郎に、土屋はふっと微笑む。

「それで、収穫は?」

 龍之介がふたりに茶を入れて、いろりの前に腰を下ろした。

「まずは、道はやはり風守へと通じておりました」

 堀田が口を開いた。

「風守のいかなる人間が動いていたか、まではわかりませんでしたが」

「そのあたりは、風守の四門である、羽田どのに調査をお願い申し上げてきた」

「羽田どのですか」

 土屋は、ほうっと声を上げた。

「……四門きっての、使い手ですね」

「……そうでしょうな」

 くすくすと堀田が笑った。

「羽田は、焔流でも指折りの男でしたから。晃志郎さまほどではないですが」

「実成どの、余計なことをいうな」

 慌てて堀田を制する晃志郎を龍之介と土屋が面白そうに眺めている。

 晃志郎は、コホン、と咳払いをした。

「あと、金山連也さまにもお会いして、調査の協力を依頼してまいりました。少しははかどるのではないかと思われます」

「金山連也……秋虎の教え長か?」

 龍之介の問いに、晃志郎は頷いた。

「それと……これは確定ではありませんが、『須美』と思しき女の『影』をつかみました」

「須美? お蝶の母親か」

「はい。証拠はありませんが」

 晃志郎は、白金寺の霊仙から聞いた話をした。

「今となっては、お蝶の大切にしていた観音像が、霊仙が彫ったものかどうか確かめるすべはなく、推論でしかありませんが」

 晃志郎はそう言って、湯呑に手を伸ばした。

「可能性は高いでしょうね」

 土屋は大きく息をついた。

「お蝶の出生が追われる原因であったなら……彼女が遊里に身を隠し、弟から離れた理由にもなりましょう」

「身を隠した?」

「はい。お蝶は、木野の家の財政難のために身を売ったということになっておりますが、そういう可能性もあるのではないかと」

 そういえば、と、晃志郎は思う。

 桃楼郭の庄治郎は、『身売りまでさせる必要はなかった』と思ったようだし、年季があけたあともお蝶は桃楼郭に残るつもりであったらしい。

 弟を愛おしく思いはしても、弟のもとへ帰る気はなかったともいえる。

 晃志郎は、首をひねる。

 お蝶と晃志郎は、同じ桃郎郭の中に一時いたとはいえ、全く記憶にない。もっとも晃志郎は、当時、桃楼郭に施された呪術を払うのに必死で、遊女と話す暇などなかったのだが。

 しかし、ひょっとしたら、と思う。

 もともと目立つ容姿ではなかったにせよ、お蝶はつとめて目立たぬようにしていたのかもしれない。

 今となっては、すべて推論に過ぎないが。

「和良比に戻ったら、お蝶の友人であった「ふゆ」という女性に会ってみるといいかもしれません。もっとも、今さら、お蝶が何者であったかわかったところで、どうすることもできませんが」

 北浦親子は全員、この世にはいないのだ。

「……しかし、北浦親子の死に、すべて羅刹党が噛んでいるのは間違いない」

 龍之介はそう指摘して宙を睨みつける。

「これ以上、奴らを好きにさせるわけにはいかない」

 龍之介の言葉に強い決意がこもっている。

 囲炉裏の薪がパチンと音を立て、小さな火花を散らしていた。





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