第九話 星の邑 参

 夕刻、堀田が、採掘奉行の結城らを伴ってやってきた。

 まさか奉行自ら来るとは意外ではあったが、采配の都合上、都合が良いからだそうだ。

「人出が不足するゆえ、稲鳴のほうにも応援を頼んだ。霧水神社から人員を借りるつもりだ」

 結城はそういって、土屋の見ている子供らに目を向ける。

「お寺社の専門家にまかせたほうがよかろうて」

 呪術の攻撃を受け、さらに、術の訓練を受けていた子供たちは、普通に保護するというわけにはいかない。

「金山家には?」

 龍之介の問いに、結城は首を振った。

「とりあえず、現状は内密にしておる。もし、金山家が皇家に含むところがあったとしたら、大事だ。我ら鳴上村の下っ端役人では手に負えない……それは四門のおぬしたちの上司の管轄だ」

「さようですな」

 龍之介の顔が険しい。金山家相手となれば、四門といえども、よほどの証拠がない限り、龍之介たちの判断だけで動くのはためらわれる。和良比に戻り、穴平に報告しなければならない。

「水内さま」

 堀田が横から声をかけた。

「晃志郎さまをお借りできませんか?」

「晃志郎を?」

 龍之介は、驚いたように堀田を見る。

「この集落から伸びるこの山道、どこに向かっているのか気になります。私一人では、心もとないので」

「なるほどな」

 間違いなく、この道は金山領の中心の風守かざもりにつながるであろう。

 北浦の親子が目指したらしい、土地だ。

 彼らが追われていたと仮定するならば、行くと周囲には言ったものの、行かなかった可能性もある。

「行かせてください。龍之介さま」

 晃志郎は頭を下げた。

「道がどこにつながろうと、それが羅刹党という組織とかかわりがあると決まったわけではありませんが、少なくとも、補給物資がどこから来たのかの手がかりは得られるやもしれません」

「ふたりでは、危険ではないのか?」

 結城が心配そうに口をはさむ。

「たいして深入りはしませんよ」

 晃志郎は微笑した。

「晃志郎の言葉は信用ならないが……」

「大丈夫です。お止めいたしますから」

 堀田がニヤリと笑う。

「とりあえず、見てくるだけです。二日で、戻ります」

「わかった。どのみち、霧水神社からのひとは、それくらいにしかこれないであろうから、俺と土屋はここに残る」

「わかりました」

 晃志郎は頷いた。

 翌朝、陽が昇る前に、堀田と晃志郎は集落を出て、山道を辿っていくことになった。




「それで、寺社はどう動く?」

 集落を出発して、まだ薄暗い山道を歩きながら、晃志郎は堀田に声をかけた。

 道は整備はされてはいたが、人通りは少ないらしく道は荒れており、陽の光が差す場所には、雑草が生い茂っている。

「さて。私は、報告するだけですから」

 堀田は苦笑した。

「もっとも、四門が動いている以上、寺社奉行は、四門に従うと思います。まして、金山家が絡んでいるとしたら、国の大事。寺社としても慎重に動く必要があります」

 金山家は、現皇帝の母の生家にあたる。その一族は、政府の役職もかなり重要な位置をしめている。

「仮に、金山家が動いているとして。秋虎流の秋虎しゅうこ大社が関係あるのか、ないのかも微妙ですから」

 堀田はそういって、首をすくめた。

「俺が知る限り、羅刹党は、各流派の呪術者がいる。もちろん術の流派というのは、『教えた人間』というよりは『その人間の特質』によるところが大きい。封魔でなく、呪術というならば、なおさらそうだろうとは思う」

 凩、不知火、そして、夢鳥に、雷太。それぞれが違う流派である。

「やっかいですな」

 不意に、堀田と晃志郎は足を止めた。

 黒い獣の影がそこにあった。黒い獅子だ。その、黒のたてがみは、闇色に輝いている。

「どうしますか?」

 堀田が、晃志郎に問う。

「強いな」

 晃志郎は獣を睨みつけた。瑞獣の美しさが術者の能力に比例するのと同じく、妖獣の美しさもまた、しかり。集落で見た獣とは格が違う。

「晃志郎さまなら、互角でしょう」

 ニヤリと堀田が笑った。

「微力ながら、助太刀いたします」

「あてにしている」

 晃志郎は笄を抜き、額に当てる。

「朱雀っ!」

 まだ薄暗い山中に、暁と同じいろの光が生まれた。

「舞え!」

 晃志郎の言葉に応え、朱雀が黒い獅子の上空を舞い、獅子に向かって突撃をする。

 ガッ

 獅子の口から虚弾が吐き出された。

 朱雀は大きく羽ばたき、それを弾き飛ばす。

 晃志郎が九字を唱えようと構えると、獅子は咆哮をひとつ残して、すっと消えていった。

「逃げた?」

 晃志郎が眉を寄せる。ぶつかることを良しとせず、早々に退いたようだ。封魔士の存在を確かめに来ただけなのかもしれない。

「晃志郎さま」

 堀田が山中に目をやった。

 カサリ。

 山中から木の葉が揺れる音がする。

「新手ですね。術者ではない」

 堀田が懐に持っていた『クナイ』をにぎりしめた。

 突然、宙を何かが切り裂いてきたのを、すかさずクナイで叩き落とす。

 金属がぶつかりあう硬質な音が山中に響いて、堀田の足元に棒手裏剣が落ちた。

 複数の人間が白刃を持って、堀田に躍りかかる。

 堀田は、たくみに白刃をかわして、襲撃者たちの足元へマキビシを投げつけた。

 足元にばら撒かれたマキビシを避けるために、襲撃者の第二波が鈍る。

 人数は全部で十名。二人は完全に取り囲まれている。しかも全員、かなりの手練れで、動きが俊敏であった。

「実践部隊もいるとはね」

 晃志郎は片手を上げ、朱雀を旋回させる。朱金の光が降り注ぎ、辺りに結界を張る。

「こいつら、尖兵だな」

 剣の柄に手を当てながら、晃志郎は間合いを測る。

「あれだけ派手に術をつぶせば、先方に気づかれないわけがないでしょう」

 にやりと堀田が口の端を歪めた。

「おとなしく縛につく……気はなさそうだ」

 晃志郎の言葉が終わる前に白刃が襲い掛かる。

 晃志郎はざっと足を開き、身体を低くして一撃をかわし、抜き打ちざま、一人の足の腱を斬った。そして、血が刃から振り落ちる前に、次の白刃を下から突き上げるように払いのけて剣を弾き、横から飛び込んできた襲撃者をかわし、その背を蹴り飛ばした。

 そして二人同時に切り込んできたのを脇に跳んでよけると、ひとりの凶器を持つ手の甲を刀の峰で叩きつけて、同時にまわりこみながら、もう一人の腹に足蹴りを入れる。

「退け」

 一人の男がそう言って。

 何人かが、晃志郎と堀田の前に、煙玉を投げつけた。

「……くっ」

 さすがに、至近距離で複数の煙玉を浴びると、目が開けられない。

 襲撃者たちが足を引きづりながら逃げていくのが見えたが、とても追えなかった。

「……逃げられましたね」

 山が静まり返って。煙が消え、辺りに色が戻ってきた。

 堀田がぽつりと呟いた。



 しばらくいくと、山道は、突然なくなり、空が開けた。川にぶち当たったのだ。辺りに河原が広がり、襲撃者たちの足跡も途絶えた。

 川の深さはそれほどでもないが、それなりに川幅は広い。

「対岸のどこかに道がありそうだな」

 晃志郎は目を凝らす。ゆるやかな流れのむこうは木々が生い茂っている。

「場所を隠したいでしょうから、離れているかもしれません。ここまで舟を使っている可能性もありますし」

 晃志郎と堀田は、まず、川下へと向かった。川は山中で大きく蛇行している可能性はあるが、おそらくは風守へと流れ、和良比へと流れていく美涼川の支流に違いない。

「川、か」

 晃志郎はふうっと息を吐いた。

「川を使えば、星蒼玉の運搬も楽だろうな」

「さようですな」

 堀田も同意する。

「風守と和良比は、川でつながれております。物資運搬は、非常に楽でありましょう」

「羅刹党が、和良比以外に拠点をおくとして。風守は、ある意味、理想か……」

 晃志郎はふうっと息を吐いた。

 和良比と水運でつながっているのは南の森木陀(しんきだ)も同じだが、星蒼玉の産出地である鳴上村は遠い。

 東の佐抜さぬきは鳴上村には距離的に近いように見えて、険しい山に阻まれていて、実質的には、非常に遠い。和良比には近いが、星蒼玉を調達するには、難しい土地柄である。

「しかし、金山家か」

 晃志郎は大きくため息をついた。

「現皇帝のご母堂のご実家ですな」

「厄介な話だ」

 日は昇り、空には濃い青色が広がっていて、真っ白な雲が浮かんでいる。

 木々の緑はまだ若々しく、光を反射して、てらてらと輝き、穏やかなせせらぎの音が絶え間なく流れ続けていた。

「なつめさまは……お変わりはありませんか?」

 ぽつり、と、堀田が呟くように尋ねる。

「ああ。相変わらずだ。今は飯屋の女中をしている……何を探っているのか、俺にはわからん」

「でしょうね……なつめさまは秘密主義ですから」

 くすり、と堀田が笑った。

「和良比には、まだ戻れないのか?」

「さて。晃志郎さまのご活躍次第ですな」

 はぐらかすように堀田はそう言った。

「晃志郎さまが、四門に仕官なさったと知れば、光昭みつあきさまは、さぞ驚かれることでしょう」

「……だろうな」

「ご実家には戻られないので?」

 晃志郎は頭を振った。表情が苦々しい。

「家に戻ったら、いろいろ厄介だ……俺は、現状が気に入っている」

「良きお仲間に恵まれましたな」

 言いながら。堀田の目が鋭くなった。

蛇行した川の先に、杭につないだ舟が河原にある。

 広い川のむこうにも、舟が見えた。

「泳いで渡らずにすみそうだ」

 晃志郎は、舟の網をゆっくりとほどいた。



 舟で対岸に渡り、川から上がると、山の奥へと延びる道を見つけた。

 二人は、ゆっくりと道をたどっていく。

 やがて。道は、先ほどと違い、多くの人間が使う道になったようで、大地は硬く踏みしめられて、背の高い草は見えなくなった。

 やがて。

 山道がゆっくりと下り始めて、唐突に棚田の風景が眼下に広がる。

 そして、そのはるか先に、民家の屋根が連なっているのが見えた。


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