第八話 星の邑 弐

「どう攻める?」

 龍之介が、集落の方に目をやる。建物は物見やぐらを含めて四っつだ。

 うちあかりがともっているのはみっつ。物見やぐらに一つ。あとは、比較的小さな家屋二つに灯されている。

 家屋から立ち上っていた煙は既に見えなくなっていた。

「見張りをやりましょう」

 晃志郎は物見やぐらを指さした。

「普通に考えて、『灯り』があるところに人がいます。とりあえずは、どこに何があるかわかりませんから」

「そうだな」

「実成殿の『清め』が始まれば、どうあっても気づかれます。その前に片付けましょう」

「言うのは簡単だが」

 龍之介は苦笑する。

 先ほどの山道を戻り、物陰から物見やぐらを見上げた。高床式のそれは、大きな屋根がついている。

 物見部分は、それなりに広く畳二畳ほどであろうか。

 よく見れば、見張り台で見張っているのは集落の『外』ではなく『内側』のようだ。入り口近くの広場の奥にある家屋の方角のほうに視線が通るように作られている。

「襲撃に備えるというよりは、逃走よけだな」

 ポツリと、龍之介が呟いた。

「俺が行きましょう」

 木の葉が風に揺れる音が聞こえる。

 晃志郎は下ばえの草に気をつけながら、できるだけ藪をすすんでいった。木の葉が頬をかすめて小さな傷を作る。

 見張りの死角を狙い、薄明かりの中をいっきにやぐらへと走り寄った。

 晃志郎の額に汗が浮かぶ。風が木の葉を揺らす。見張りが動いたのであろう、床がキシキシときしんだ。

 ここから先は、時間との勝負だ。

 晃志郎は、大きく深呼吸をして息を整えてから、はしごに手を伸ばして、のぼりきる。

 ちょうど見張りは、晃志郎に背を向けた形で座っていたらしく、突然現れた人の気配に、驚愕の表情を浮かべて振り返った。

 晃志郎は、間髪を入れず、そのまま間合いを詰めて、男の腹に拳を入れる。

「ぐっ」

 呻き声を上げ、意識を失った男に、手早く猿轡を噛ませ、手足を縛り上げた。

 見張り台から見下ろすと、やはり予想した通り、集落の奥のほうがよく見えた。

 広場になっている場所を囲むように三軒の家が建っており、うち一番大きな建物には灯りがない。

 灯りがあるのは小さな手前のふたつの家屋である。

 晃志郎は、入り口に潜む龍之介たちに合図を送った。

 龍之介と土屋は、広場を横切り、明かりの灯っている見張り台に近いほうの家屋へとむかう。

 晃志郎は男を床に転がしたまま、物見やぐらから降りると、土壁の小さな窓の下に身を潜めているふたりのそばへと走り寄った。

 龍之介の手のひらが、広がり『五』と示す。

 懐から扇子を出した土屋が、窓の際に立った。

 龍之介がこくんと頷いたのを合図に、晃志郎と龍之介は家屋の入り口の引き戸の前へと移動する。

 晃志郎は、柄に手を当てた龍之介に軽く頷いて、引き戸をざっと引いた。

「封魔四門である。抵抗すれば斬る」

 家屋の中は、小さな土間の奥に一段高い床があり、五人の男たちが囲炉裏を囲んでいた。部屋の奥には、襖があり、もう一室あるようであったが、家屋の大きさから見てそれほど奥は広くあるまい。

「なにっ?」

「ここで、何をしている? 正直に話せ」

 龍之介は、ことさらに威圧的に男たちを見まわした。

「クッ」

 五人の男たちは、おとなしくする話をする気はないらしい。全員が傍らに置いていた刀の柄を握って、腰を上げる。

れ!」

 一番年かさと思われる目つきの鋭い男が声を上げた。

 気合を発しながら土間の方へと切り込んできた男を、かわしながら、晃志郎は足を出してひっかける。 男の体勢が前のめりになった背を、龍之介が肘を入れた。

「このっ」

 剣を振り上げながら二人の男が、両脇から晃志郎に躍りかかる。

 晃志郎は一歩踏み出しながら抜刀し、左側の男の剣を弾きとばし、姿勢を落としながら右の男の腱を切った。

「くぁっ」

 斬られた男は、声を上げてひざをつく。

「晃志郎っ!」

 龍之介の鋭い声が飛んだ。

 火のついた薪が晃志郎の前に投げつけられる。

 晃志郎の腕が振り上げられて、刃が薪をまふたつに切り裂いた。

「うわぁっ」

 火のついた薪が、剣を弾かれた男を直撃した。

 晃志郎より組みやすしと見たのか、残った二人のうち一人が、入り口に立つ龍之介に向かって切りかかった。

 躍りかかった白刃を、龍之介は抜き打ちで払うと、刀の背で胴を打つ。

 完全に劣勢に立たされた主犯格と思われる目つきの鋭い男が後ずさりしたところを、晃志郎は詰め寄って、剣を叩き落とすと、そのまま足を払った。

 どうっと男は、体勢を崩して床へと倒れ伏す。

 ふうっと息をついて、倒れている男たちに縄をかけようとした時、ぐわん、と大気が歪んだ。

「来ました!」

 外の土屋が叫んだ。

「こっちは俺にまかせろ」

 龍之介の声に頷いて、晃志郎は外へと飛び出した。

 大気の温度が急激に冷え、辺りに霜がおりはじめる。

 闇の向こうにさらなる深淵なる闇がうまれ、長くねっとりとした塊が這い出してきた。

 瘴気が噴き出し、塊は、蛇のようなかたちとなって、咆哮をあげた。

 咆哮は黒塊のつぶてとなり、土屋めがけて跳ぶ。

 ふわり。

 土屋の扇子が大きく舞うと、つぶてが目に見えぬ障壁にあたり跳ね返った。

「朱雀っ!」

 笄をとりだし、晃志郎が叫ぶ。

 眩しい朱金の光が生まれ、暗闇を旋回した。

 ぐわっ

 突然、咆哮がして、黒い獣が深淵から飛び出してきた。

 同時に強烈な圧力が闇の向こうからのしかかってくる。

「――ッ」

 結界がひずみ、土屋が呻いた。土屋の扇子が宙を走る。力と力がぶつかり合い、大気がゆがむ。

「青龍・白虎・朱雀・玄武・勾陳・帝台・文王・三台・玉女」

 晃志郎は、印を結ぶ。

「浄化せよ」

 朱雀の羽が輝く。黒き獣と黒い蛇の体躯(からだ)に、焔が降り注いだ。

 二匹の闇の瑞獣がのたうつ。

 晃志郎が念を凝らす。朱雀の身体が炎に包まれ、目をやかんばかりに発光した。

 ぎゃあっ

 瑞獣の身体が炎の中に消えていく。

「虚冥よ、閉じよ」

 晃志郎が命ずると、静かに瘴気が消えていき、穴が閉じていった。

 が。

 突然、肌がさすような痛みを感じる。

「まだです!」

 土屋が叫ぶ。

 土屋の扇子が大きく舞って、前方の建物を覆う。

「たぶん、あの建物にいるものへの遠距離です!」

 晃志郎は、そのまま灯りのない家屋へと走った。

 蔵のようなつくりの建物だ。扉には厳重に鍵がかけられて、びくともしない。

「くそっ」

 晃志郎は悪態をつき、笄を額にあてる。

「爆」

 天に舞っていた朱雀が蔵の扉に衝突した。大きな焔があがり、扉がはじけ飛ぶ。

 蔵の中は、明かり一つない。強い星蒼玉の気配が床下にあり、大きな力がそこから流れ込んでいる。

 先ほどより、やや輝きが鈍くなった朱雀のもたらす明かりをたよりに、晃志郎は室内を観察した。

 部屋の片隅に床下へ伸びるはしごをみつけて、飛び降りる。

 ぎゃああっ

 苦しげな悲鳴が聞こえてきた。

 朱雀のもたらす明かりで照らされた低い天井の通路の先は牢獄になっていた。

 牢獄の中にいるのは、子供だ。

 子供が苦しみにのたうっている。薄暗く視界はきかないがはっきりと遠隔からの強い呪術の力が目の前にぶつけられていた。

――反転は無理だ。

 反転させるには、範囲が広く、しかも時間がない。

「断糸」

 晃志郎の言葉に、光が弾けた。

「青龍・白虎・朱雀・玄武・勾陳・帝台・文王・三台・玉女」

 晃志郎は印を結んだ。

 子供たちの身体から黒い塊が流れ出す。

「焼き払え」

 再び、朱雀が激しく発光し、黒い塊へと飛び込んでいき、あたりを朱金の光で満たす。

「虚冥よ、閉じよ」

 晃志郎の声とともに、朱雀も姿を消して。

 何事もなかったかのように、あたりに闇がおとずれた。



 地下牢にいたのは、三人。いずれも十才に届くか届かないかくらいの子供だった。三人それぞれ、状態に差はあれど、命の危険はなさそうではあったものの、動ける状態ではない。

 集落にいたのは、浪人風の男たちが全部で六名。術者は三名のようだった。

最初に岩窟の前で倒した見張りを含めると、十名の人間が、この三人を監禁していたようだ。

堀田実成が星蒼玉の浄化をすませたあと、四名は合流し、まず、集落に念入りに結界を張った。

「私はこの子たちを見ています」

 三人の子供を、とりあえず、浪人たちがいた家屋に移し寝かせ、浪人たちを牢屋に放り込むと土屋はそう言った。

 目が覚めた時、この子供がどんな反応を示すのか、予想が出来ない。術者としての訓練を施されていた場合、目覚めた途端に術を暴走させないとも限らない。

「ひとを呼んでまいりましょう」

 これだけの人数の人間を、護送するのは大変である。特に術者のふたりは、瑞獣を倒され重傷だ。 もっとも、術者の場合、意識があればあったで厄介なのではあるが。

 堀田実成は夜もあけきらぬうちに、鳴上村に戻っていった。

 晃志郎と龍之介は、集落の中の調査を始めた。

「井戸の水も、穢れていますね」

 ふうっと、晃志郎がため息をつく。

 炊事は、術者たちがしていたのだろう。術者たちが寝泊まりしていたらしい家屋に、調理器具があった。そして、食物に関しては、かなりの量が備蓄されており、裏にあった小さな畑の生産力をはるかに越えていて、どこかから運搬してきたのは間違いないようだ。

 地下牢のあった蔵には、術具が保管されていて、明らかに『訓練用』と思われる指南書などもあった。

 ただし、流派などがはっきりとわかるようなものではなく、あくまでも『基礎』であり、その指南書自体が手掛かりになるようなものではなかった。

 そもそも、『封魔』と『呪術』は紙一重であり、めざす方向性がまったく違うもののおおもとの基本というのは、大差がない。

「晃志郎、これを」

 龍之介が、蔵の奥に積まれた桐箱の中から、帳面をひっぱりだした。

 かなり古いものだ。

 年月日と、場所、名前が記載されているだけのものだ。

 年代は二十年近く前から始まっている。パラパラとめくると十五年前の日付に、『稲鳴、玄造』と記載があった。

「星狩りの記録だ」

 龍之介は、片眉をあげた。黄ばんだ紙に連ねた名前は、何十にも及ぶ。

「龍之介さま」

 晃志郎は、ふと思いついたように顔を上げた。

「この集落、かなり古いものだと思いませんか?」

 蔵にしろ、家屋にしろ。使われた木材の状態から見るに、それなりの年数経過を感じさせるものだ。

 星狩りの記録がここにあるということは、星狩りがはじまったころには存在したのかもしれない。

「……見張り台はともかく、屋根の様子などから見ても、十年以上は経過していると思われます。この集落を『金山家』が知らずにそれだけの年月、維持することはできるのでしょうか?」

 晃志郎は立ちあがり、土壁に手をあてる。

「小さいとはいえ、ここにある家屋を作ろうとすれば、それなりの職人がいる。定期的に食料を仕入れて運べば、どこからか秘密は洩れるハズです。採掘奉行から調査依頼が入っている以上、金山家が『知ろう』とすれば、簡単にみつけられるはずです」

「晃志郎」

 龍之介は大きく息を吸った。

「まだ、推測だ。断定はいかん」

 自分自身に言い聞かせるように、龍之介は呟く。

「しかし虎金寺も、金山家ゆかりか……」

 二人は顔を見合わせた。何かがつながり始めたような、そんな予感がした。

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