第五話 鳴上村 五
脇村が連れてきた男は、採掘奉行の
年齢は、四十代くらい。奉行という役目にしては若い。
結城は、火のそばにどっかりと腰を下ろした。
「遠路はるばる、大儀であったな」
にかっと、笑う。太すぎる眉毛。強い眼光が特徴的だ。
「和良比もいろいろ物騒のようだが、こちらもかなり深刻だ……脇村」
結城は、脇村から帳面を受け取り、すっと龍之介の前に置いた。
「穴の開いた日を記録したものだ。もともと半年に一度くらいは開く土地ではあるが……ここ二年は、山中で、しかもほぼ、ひと月に二回ほど開いてる。しかも、『自然』に『短時間』で閉じている」
龍之介は、受け取った帳面を渋い顔で見た。
「明らかに、人為的なものとみて間違いはないですね」
「ああ。しかし、場所が特定できん。深い山の中であるし、おそらくは、金山家領内だが……」
脇村が脇から地図を差し出した。
「方角から見て、このあたりだろうと思う」
結城は懐から扇子を取り出し、地図を指す。そこには、深い山があるだけだ。
「人里はありませんね」
扇子の指した近辺には、川こそあるものの民家はなさそうである。
「誰かが勝手に住み着いたと仮定して……虚冥がからむとなれば、穏やかではない」
結城の表情は苦い。
「金山家にも調査依頼は出している。しかし、反応は鈍い。場所的に、金山領といえども白川家や黒沢の国境にあるから……難しいところなのであろう」
いずれも名のある名家であり、お上の役人といえども遠慮しない訳にはいかない。
それは、各家々の立場でもそうであろう。無用な軋轢をつくりたくはないのだ。
「星狩り、および、星蒼玉の横流し。それらすべてが一つの根っこでつながっているとなれば、もはや、国の大事。早急に調査が必要です」
土屋が、龍之介の方を見ながら口を開く。
「しかし、『いつ』開くかわからん虚冥を『どこ』かもわからん場所に調査とは、骨が折れる」
龍之介が険しい顔をした。
「まずは、横流しの捜査を徹底するべきでしょう。つながっているのであれば、とっかかりはあるはずです……それに」
晃志郎は、みなを見まわした。
「我ら四門および採掘奉行は、皇帝直轄。いかなる名家の縛りも受けぬという建前がございます。星蒼玉がからみ、かつ虚冥が開くとあれば、どこであろうと、この国で、我らの調査を拒む場所はないはずです」
結城が得心したように膝を打った。
「そうだな。まずできることから始めるしかあるまい。して、そなたたちは、どのくらいここにいられそうなのか?」
「そんなに長くは。羅刹党が何かをなそうとしているのは、間違いなさそうですから、あまり和良比を離れているわけには参りません」
龍之介がそう言って、息をつく。
「一番の懸案事項は、帝のご正室、側室ともにご懐妊中ということです。瑠璃の方の事件のこともございます」
「権力抗争だけでなく……虚冥を開いてとなれば、お上への反逆の可能性もありますね」
土屋が険しい顔になる。
「ふむ。では、配下の役人のケツを叩かねばならんな」
結城がニヤリと口を歪める。
薪がパチンとはぜる音がした。
その日は夜遅いということで、奉行所の役人の休憩用の座敷に泊まることとなった。
すきま風が吹き、布団も薄い。文句を言うほどではないが快適とは言い難い。
「姉ぎみのご紹介の『雪虫』のほうが、良さそうですね」
苦い顔で、土屋が笑う。
「あっちに行ったらまた、ヤヤコシイことに巻き込まれるとは思いますが」
ふうっと、晃志郎はため息をついた。
「まあ、今は手掛かりが少しでも欲しいところだ。明日にでも顔を出すさ」
龍之介がそう言って、行燈の灯を落とそうとしたその時。夜の清浄な空気が、ぐわりと歪んだ。
「虚冥!」
三人は、部屋の引き戸を開け、中庭へと飛び出した。
「遠いな」
龍之介が呟く。
「朱雀っ!」
晃志郎の声に応え、闇の中に朱金の光が生まれた。
バサリと音を立て、朱雀は山に向かって飛翔する。
「かなり大きい……それに、これは呪術のにおいがします」
土屋が目を閉じて、呟く。
ピリピリと肌を刺す感覚。まぎれもない虚冥の気配だ。
「山中に……灯りが」
朱雀の視界を借りた晃志郎の目に、黒々とした山の中に芥子粒のような灯りが見えた。
朱雀はまっすぐに灯りへと飛んだが、豆の大きさになる前に灯りは消え、暗闇へと変わる。
そして同時に、虚冥の気配がふっとなくなった。
「逃げられました」
晃志郎は、首を振った。灯りも虚冥もなければ、さすがに捜すすべがない。
「しかし間違いないな」
龍之介は、天を見上げながら呟く。
「虚冥は、間違いなく誰かが開けている……そうでなければ、こんなに早く閉じることはないし、そもそも灯りなど見えるはずがない」
「……方角はだいたいわかりました。しかし、ちょっと派手にやりすぎました」
晃志郎は唇を噛んだ。
「しばらく虚冥を開くようなことはしないかもしれません。鳴上村に積極的に動ける封魔士がいると宣伝してしまったようなものですから」
「そのあたりは仕方なかろう」
「そうですね、さしあたって大きなことはおこらないと、前向きに考えるべきです」
降りそうな星空の中、晃志郎たちは黒々とした山の方角を見つめる。そこには、ただ、闇があるだけであった。
翌日。龍之介は、脇村と取り調べをし、土屋は奉行所に残って資料をあたることとなり、晃志郎はひとり、なつめに言われた『雪虫』へと向かった。
小さな村ではあるが、人の出入りが激しいため、宿は大きく、数も多い。値段も人足たちが泊まるような宿から、高級宿までさまざまだ。『雪虫』は、どちらかといえば、『安宿』の部類だ。ただし、『役人』でも下っ端であれば、利用するくらいには高級である。
まだ午前中ということもあろう。店の前では小僧がひとり、ほうきをもってチリを集めていた。
「主(あるじ)に会いたいのだが」
晃志郎は小僧に声をかける。
「どちらさまで?」
「赤羽晃志郎……なつめの弟だと伝えてくれ」
晃志郎がそういうと、小僧は頷いて、家の中へと消えていった。
その姿を見ながら、『四門』と名乗るべきだっただろうか、と少し思う。しかし寺社の人間がいるとしたら、『なつめ』の名のほうが、とおりが良いに違いない。
空は青く澄み渡り、宿屋の瓦がてらてらと輝いている。遠くに見える山は、眩しい新緑に覆われており、『虚冥』の暗い影はどこにもなかった。
「旦那さまが、お会いになるそうです」
小僧が案内に立ち、晃志郎は宿の奥の座敷へと案内された。
部屋には、一人の男が座って待っていた。年齢は二十代半ばくらいか。いかにも商人といった風貌ではあるが、目は鋭く、身体は鍛え上げられている。
小僧が奥へと退くと、男は、懐かしそうに微笑んだ。
晃志郎は表情を崩しながら一礼し、座布団に座る。
「晃志郎さま、久しゅうございますな」
「
そこにいたのは晃志郎の旧知の人間であった。
「ここ二年ほど星狩りをさぐるための拠点として、住み着いております」
ニヤリと、
堀田は、焔流の晃志郎の兄弟子に当たる。姉である『なつめ』と、ほぼ同年代だ。
「実成どのが『宿屋の親父』でいるとは、もったいない」
晃志郎は首を振る。堀田実成は、剣の腕も一流で、封魔の術もなつめと肩を並べるほどの達人である。
晃志郎の剣の最初のけいこ相手は、堀田であった。
「いや、私は武家のつとめより、こちらのほうが向いているかもしれません。二年もやっておりますと、こちらが本職のように思えてきました」
堀田は言いながら、頭を掻く。
「なつめさまから、晃志郎さまがこちらにおいでになると連絡を受けまして、びっくりいたしました。まさか四門に仕官なさったとは」
「なりゆきでな。兄には内緒だ」
晃志郎の言葉に、堀田は苦笑いをした。
「相変わらずでいらっしゃる」
「……それで、俺に何をしろと?」
晃志郎の言葉にうながされ、堀田は手元にあった帳面を晃志郎に差し出した。
「ここ二年ほど、虚冥が山中に開くというのは、既にご存知かと思います」
晃志郎は帳面を開いた。山の地図と、季節折々の山の幸の記録だ。
季節ごとに、どの場所で、何を採取したか、ということが事細かに書かれている。
「ずいぶん、詳しいな」
晃志郎は採掘奉行所で見たよりも、詳細な山の地図を食い入るように見つめる。
「山歩きが好きな、宿屋の親父ですから」
にやり、と、堀田が笑う。山の幸を採取するという目的で、かなり山奥まで入山しているらしい。
山菜を取る程度であれば、山に入ること自体はどこの領地であろうととがめられはしない。宿屋の親父が山菜を取りに山に入ったところで、誰も不審には思わぬであろう。
「単刀直入に申し上げますなら、晃志郎さまの腕を貸して頂きたい」
予想はしていた言葉だが、相変わらず姉は人使いが荒い。思わず、晃志郎は首をすくめた。
「簡単に申し上げますと、一部の寺社で星蒼玉の横流しをしている組織があります。かなり大きな組織でありますが、それを構成している術者を養成していると思われる集落が、あるようなのですよ」
「そやつらが、虚冥を開いていると?」
「おそらくは」
堀田が頷く。
「なぜ、寺社が動かない?」
「寺社は、基本、和良比と、各大社にしか役人を置いていません。はっきりと確認したわけではないのですが、集落だとしたら、ひとりでは難しいが、寺社が和良比から役人を繰り出しては大事になります。かといって、四門に依頼するには情報が足りない」
堀田は険しい顔で告げる。
「なにしろ、相手は金山家の領地内。いろいろと問題があります」
「……手をこまねいていたところに、俺が来た、と」
晃志郎が諦めたようにそういうと、堀田はホッとしたように頷いた。
「晃志郎さまの腕もさることながら、四門のかたなら、なんのためらいもなく、山を調べることが出来ましょう」
「……案内できるのか?」
「まだ場所の特定は出来ていませんが、ある程度の場所まではつきとめてございます」
晃志郎にとっても、好都合ではある。
「俺一人の判断で返答はできぬが」
否という答えになることはないだろう、と、晃志郎が言うと、堀田がニヤリと笑った。
「では、私が『寺社』の人間であることは伏せていただいて、なつめさまの知り合いということで」
まだしばらく鳴上村に留まることになりそうですから、と堀田は言い添える。
「それなら……ふたりに兄上のことは、黙っていてくれ」
「お隠しになっていらっしゃるので?」
堀田の目が面白そうな色を浮かべた。
「いろいろ面倒になる」
「……かもしれませんな」
堀田は得心したように頷いた。
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