第四話 鳴上村 四
晃志郎たちは、白川家の離れを間借りして調査を続けた。
離れ、といっても使用人たちの住居の空き部屋であり、客人用ではない。
虚冥が開いたばかりの蔵に近い位置にあり、監視の意味もある。
夕食は、白川家から、脇村の分も含めて、握り飯と汁物が提供された。
晃志郎たちは、食事を脇村とともにとったのち、鈴木建造を呼んだ。
鈴木建造は、元道中奉行の同心という経歴を生かし、星蒼玉の出荷の運送などを一手に引き受け、取り仕切っているらしい。昼間は、採掘所と、採掘奉行を行き来して、夕刻からは白川家の敷地内にある使用人用の離れに夫婦で住んでいるとのことだ。
現れた鈴木は、少しでっぷりとした男だった。年は、四十代といったところか。ほんの少しだけ、左足を引きずっている。もっとも、昨日、今日、というものではなく、かなり昔からだと、鈴木と顔見知りの脇村が、そう言った。
「全く、私の監督不行き届きで申し訳ございません」
鈴木は、床に頭を擦り付ける。
出荷責任者である以上、横流しの下男たちの管理も当然、鈴木の責任である。
「鍵の管理は、誰がしているのだ?」
脇村の問いに、鈴木は頭を下げたまま「松次郎さまでございます」と告げる。
「場所は、知っておるのか?」
「はい。おそらくは、松次郎さまのお部屋の手文庫の中でございます」
「それは……誰もが、知っていることなのですか?」
晃志郎の問いに「おそらく」と鈴木は平伏したまま頷く。
「三平と柿介のふたりに共通点は?」
脇村の問いに、鈴木は、少しだけ思案したようだった。
「どうでしょうか。ふたりとも似たような年ですし、貧しい農家の出身です。ただ、そんなのは、この村の人間はみんな似たり寄ったりです」
ふぅっと、鈴木は息を吐いた。
「白川家は、使用人に対して待遇が悪いわけではないです。しかし、金を得て、楽な生活をしたい、できれば、和良比に行き、華やかな都会で生活したいと夢を見る若者に、夢を見るなといえるほど、待遇が良いわけではありません」
鈴木は、どこか自らの人生を顧みるようだった。
「私は和良比の出身ですから、のんびりとした、この村の良さがよくわかりますが、若者はそうではない」
「あなたは、道中奉行の同心だったとお伺いしておりますが」
土屋が遠慮がちに口を開く。もともとは、鈴木にはその話を聞きたかったのだが、優先順位が変わってしまった。
「はい。実は、私は、この地の水があっておりましてね。ここの任期が終わったのをきっかけに、白川家に拾っていただいたのです」
じじっと行燈が音を立てる。
「今回の話とは関係ないが……北浦誠治郎を知っておるか?」
龍之介が脇村に気を使うように目をやりながら、問いかけた。
「北浦……ああ、存じております」
鈴木は遠くを見るように頷いた。
「北浦が、どうかいたしましたか?」
「どのような男であったか、知りたいのだ」
龍之介の言葉に、鈴木は「あった?」と、首を傾げた。
「北浦誠治郎は、十年前にある事件に巻き込まれて和良比で、亡くなっています」
晃志郎が、横から口をはさむ。
「最後の任地が鳴上村ということ以外、彼が和良比に戻るまで何をしていたか、わからないのです」
「北浦が……そうですか」
鈴木は思い出すように目を閉じる。
「人づきあいのいい男ではありませんでしたが、マジメな奴でした」
「女房がいたはずだが?」
龍之介の問いに、鈴木はすうっと目を開いた。
「ああ、須美という名でしたな」
鈴木は、そういって大きく息を吐いた。
「出戻りらしく、連れ子がおりましたなあ」
「連れ子?」
「名前は忘れましたが、女の子がいました。しかし、北浦によくなついていましたよ」
晃志郎たちは顔を見合わせた。お蝶は、北浦の子ではないらしい。
と、なれば。あの珊瑚の簪の意味は、かなり深いものになっていくかもしれない。
「女房は、北浦が和良比にいた頃からの知人だと聞きました。
「
龍之介は大きく息をつく。佐抜は、和良比の東にある港町だ。樹燐流の本拠地でもある。
「鳴上村を最後に、北浦は、道中奉行所をやめたらしいが」
龍之介の言葉に、鈴木は頷いた。
「はい。子供を二人も抱えていたのに、北浦は、仕事を辞めて、家族でこの村を出て行きました」
「鳴上村を出た?」
「はい。それも、あと半年もすれば鳴上村の任期が終わり、和良比へ戻れるはずだったのに、仕事を辞めるとは意外でしたね。なんでも、女房のたっての願いで、
鳴上村を、十三年前に出たとしたら。和良比に戻ってくるまで、北浦に何があったのだろう。言葉通り、風守に行っていたとしても、和良比に戻った時に、北浦の女房は既に亡く、北浦は連れ子と思われるお蝶と、息子の栄治郎の三人であった。
「北浦は、どうやら星蒼玉がらみの事件に巻き込まれて死んでおります」
龍之介は、黙って見守っていた脇村に説明を始めた。
「今、和良比では、星蒼玉に絡んで、かなりの人間が絡んだ組織がありましてね。我らはその根っこを探るべく、こちらへ派遣されまして」
「なるほど。確かに、今回の横流しも多数の人間が絡んでいる匂いがいたしますな」
脇村は、ふむ、と、頷いた。
「この村では、『星狩り』の話はあるのですか?」
晃志郎は、脇村と鈴木の双方に問いかけた。
「星狩りという名の人さらいは、二十年ほど前から、ありますな」
脇村は苦い顔をした。
「だが、星狩りで連れ去られる多くが、貧しい家の人間で、しかも能力者ゆえに家族で持て余されていることが多くてね。事件の全てに届け出があるかどうかさえ、疑わしい。もっとも、届けがあったところで、我ら役人の調査で見つかるものでもありませんが」
「……どういう意味でしょうか?」
晃志郎が思わず眉をひそめる。
「ここは、星蒼玉の産出があるからこそ、これだけの人間が暮らしているが、良くも悪くも田舎です」
脇村は、苦笑を浮かべた。
「星狩りは、神隠し。神が求めたのであれば民は甘んじて受け入れる。しかも、この村の役人は虚冥を防ぐことに懸命で、人さらいの調査まで手が回らないのが現実」
「たとえ、人手が確保されたとしても、この村の周囲は山深いから、迷い込んだ人間を捜すというのは至難の業なのです」
脇村の言葉を鈴木が受けてそう言った。
「道中奉行も、街道の安全を守るのが精いっぱい。そもそも、この村に駐在するのを嫌がる同心も多いです」
鈴木は遠くを見るような目をした。
「私や、北浦のように、家族で鳴上村に移り住むものはあまりおりません。たいていは、数年の任期をひとりで過ごすものがほとんどなのですよ」
星蒼玉がいかに産出されようと、この村は辺境であり、貧しいのである。
「北浦は……北浦の家族は、かなりわけありだったのかもしれませんね」
晃志郎はぽつりと呟いた。
「最近、山中で虚冥が開くという噂があるのですが」
白川家を辞して、晃志郎たちは採掘奉行所の方へ向かいながら、脇村にたずねた。
提灯の明かりが、暗闇を照らす。民家はまばらで、とにかく暗い。空の星は降りそそぎそうなほどに輝いている。
白川家からは、そのまま宿を提供するとの申し出があったものの、三人には、調べたいことが残っていた。
「ああ、もっぱらの懸案事項です。もっと奥深いところではありますが」
脇村は苦い顔をした。
「なにぶん、人員不足でして。稲鳴に調査依頼はお願いしてはおります」
「稲鳴も、人員不足だそうで」
龍之介はそういって首をすくめた。
「四門は、いつだって人手不足ですな」
脇村は苦笑した。
「最近は、四門より、封魔奉行所のほうが仕官先として人気のようですし。寺社奉行所も術者を優遇してくれるとか。和良比で仕事が出来るなら、それにこしたことはないですしな」
四門の管轄は国土全土に及ぶ。しかも、危険度はかなり増すこともあり、封魔士の中でも優秀な人材が求められる。しかも、役目柄、人柄をも選ぶ。穴平が、重傷を負った晃志郎を手放そうとしなかったのは、その辺にも理由があった。
「和良比では、虚冥や術者がらみの事件が、年々、増加傾向にあります」
土屋が、静かに口を開く。
「ここ二十年の星狩り、星蒼玉がらみの事件、そのすべてに羅刹党が絡んでいる可能性があると、私は思います」
「そうなると、和良比のみならず、この国全土に羅刹党が潜んでいることになりますね」
晃志郎は暗闇に目を凝らした。夜の闇は、全てを覆い尽くしていて、どこかで獣の鳴き声が響いている。
「先ほどの鈴木建造の話を聞いていて、思ったのだが」
脇村が遠慮がちに口を開いた。
「私は、直接にその男に会ったことはないから、これはただの推測だが。その男、いや、ひょっとしたら、その女房は、何者かに追われていたということはないか?」
「追われて?」
龍之介の問いに、脇村が頷いた。
「そもそも、道中奉行の同心というのは、月のうちの半分近く、家に帰らんことも多いのだ。このような田舎に家族で移り住まぬというのも、そこに理由がある。そもそも、あと半年で任期が過ぎるのであれば、任期を全うし、和良比ではなく、風守への配属を願い出れば、おそらく受け入れられたのではないだろうか」
村に不似合いな大きな役所の建物が見えてきた。さすがに夜も更けているので、窓から洩れる灯りは僅かである。
「つまり……この村を早急に出ねばならぬ理由があった?」
龍之介の言葉に、脇村が頷いた。
「北浦の女房について、一度調べてみたほうがいい……それから、十三年前に、何があったのかもな」
脇村は言いながら、採掘奉行所の脇戸をくぐる。かがり火が一応、灯されているとはいえ、人影はない。
「奉行に紹介するから、ここで待っていてくれ」
同心たち用の座敷に案内し、脇村は片隅に積まれた座布団を指さした。
部屋には、初老の男が一人、黙々と机の上にある書類に目を落としている。暗い部屋にある灯りは、ひとつきりの行燈と弱い囲炉裏の明かりだけであるため、全体は、ぼんやりと薄暗い。
「
脇村の声に、びっくりしたように顔を上げた霧里は、はじめて、客人の存在に気が付いたようだった。
「お仕事のお邪魔になるでしょうから、おかまいなく」
龍之介の言葉に、霧里はこくりと頭を下げ、部屋の中央にある囲炉裏につるしてあるやかんから、急須にお湯を注ぐ。「しばらく頼んだよ」という脇村に、言葉少なに頷いて、霧里は、奥の棚から湯呑を取り出してきた。
「なんも、ありませんが」
霧里は、盆に茶の入った湯呑をのせ、晃志郎たちを手招きした。
「この村は、山の中ですのでこの時期でも夜は冷えます。囲炉裏の傍でお待ちください」
初夏とはいえ、確かに、ひんやりとした空気が流れ始めている。寒くはないが、晃志郎たちは、言われるがままに、火のそばへと寄った。
「どちらからいらっしゃったので?」
湯気の立つ湯呑を渡しながら、霧里は尋ねた。
「和良比からです」
「脇村さまがお連れになったということは、四門のかたで?」
霧里の問いに、龍之介が頷くと、霧里は、ほっとしたような笑みを見せた。
「では、ようやく『穴』の調査が始まるということですね」
「虚冥はそれほどにまで、開いているのですか?」
「はい。場所は一定ではありませんし、自然に閉じてはいるようなのですが、逆に言えば、『自然に閉じる』のも、不自然でして」
虚冥は、自然に開くことはある。だが、閉じるまでには、かなり時間がかかることが常だ。
「術者が、開けているという可能性がある?」
晃志郎の言葉に、霧里はぶるるっと身体を震わせた。
「なにぶん、山中で、山深い方角で開いているので、『気配』しかわかりませんが、何度も開くのに、同じ場所というわけでもないのは、いかにも怪しく……しかし、脇村さまの外に、この村でまともな封魔士がいない以上、採掘場から離れるわけにも参りません。こと、最近は、穴が開く回数が頻繁になってまいりました」
「回数が、増えた?」
「はい。間違いございません」
霧里がそう答えると。
「じいさん、後は、奉行の儂から話そう」
脇村を従えた男が、奥の襖を開けて入ってきてそう言った。
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