水内家にて 2

「晃志郎さま、こんなところで何をなさっているのですか!」

「えっと。そろそろ、鍛錬をですね……」

 いつになく激しい口調の沙夜に、晃志郎は苦笑いを浮かべた。

 水内家の広い中庭におりて、軽く素振りをはじめようとしただけで、これである。

「寝てばかりだと、筋力が落ちてしまいます」

「まだ、激しい動きは傷に触ります! お医者様は、まだダメだと」

 口調はきつい。しかし、沙夜の顔は泣きそうだ。

 晃志郎にしてみれば、多少傷が開いたとしても、もはや寝込むようなことはないと思うのだが、生死をさまよった状態を見ている沙夜にとっては、そうではないのだろう。

 そう思うと、晃志郎は沙夜に逆らえない。

「すみません」

 素直に頭を下げる。

 部屋から中庭におりる縁側に正座をし、晃志郎をまっすぐに沙夜は見あげた。

「……そんなに急いで良くなろうとなさらないで下さい」

 言葉の意味をはかりかね、晃志郎の胸はどきりとする。

 大きなうるんだ眸。まるで、ずっと一緒にいてほしいと言われたような気がした。

 思わず、その手を沙夜の頬に伸ばし、ふれそうになる。

「おや、晃志郎殿、もう起きて大丈夫なのかの?」

 ひょいひょいと、渡り廊下を渡りながら、源内が声をかけてきた。

「あ、はい。ありがとうございます」

 晃志郎は慌てて手を引っ込め、源内に頭を下げる。

「四六時中、寝ていてもヒマであろう? どうじゃ、わしと一局ささないか?」

「将棋ですか? 碁ですか? 俺はその……どちらも弱くて」

「ほほう。意外じゃな。それは面白い。沙夜、ほれ、将棋盤を用意せい」

「おじいさま。晃志郎さまは、まだ……」

「将棋をうったところで、傷は開かぬ。女房面してあまり口うるさいと嫌われるぞ」

「おじいさま!」

 沙夜が真っ赤になって、声を上げた。

 晃志郎は、どうしたらいいのかわからず、ただうつむく。

「もう! 知りません!」

 慌てて立ち上がって、去っていく沙夜の後ろを見送って。

 源内が、にやりと晃志郎に笑いを向ける。

 澄み渡った空は、どこまでも青く、庭の木々の葉の緑が、コソリと音を立てた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る