幕間

水内家にて (SS二本)

<冷茶>


「晃志郎さま よろしいですか」

「はい、どうぞ」

 沙夜はゆっくりと襖を開いた。

 障子戸からもれるやわらかな光に部屋は包まれている。

 布団に横たわる男の顔色は、随分と血色がよくなったようだ。

 沙夜は、布団のそばにそっと腰を下ろした。

「お茶をお持ちいたしました」

「ありがとうございます」

 晃志郎はそう言って、身をおこそうとして、顔をしかめた。あわてて、沙夜は晃志郎の身体を支えるように手を伸ばそうとした。

「や、大丈夫です」

 顔を赤らめて沙夜の手を拒み、晃志郎は起き上がった。

「―-っ」

 無理をしたのだろう。晃志郎は小さく呻く。

「無茶をなさらないでください」

 沙夜は晃志郎の頬に流れる汗を持ってきていた手ぬぐいでぬぐう。

「沙夜さま、あの、汗ぐらい拭けますから」

 晃志郎の手が、沙夜の腕を優しくつかむ。

 その大きな手のひらの熱を感じて、沙夜は初めて晃志郎との近すぎる距離に気が付いた。

 よく見れば、寝ていて着崩れたのであろう。襟元がややはだけていて、晃志郎の大きな胸板が露わになっている。

 沙夜はカッと顔が熱くなるのを意識した。

「す、すみません。お茶を」

 沙夜は慌てて傍らに置いていた茶器に意識を向けた。

「いただきます」

 晃志郎の手が腕からはなれていくのを、なんとなく寂しく思いながら、沙夜は急須からお茶を注ぎ、ひんやりとした湯呑を晃志郎へと手渡す。

「冷たくておいしいです」

 ひと口、口にすると、びっくりしたといった顔で晃志郎はそう言った。

「はい」

 沙夜は頷く。

「それに、なんだか甘いですね」

 不思議そうに湯呑を見つめる晃志郎を沙夜は満足そうに微笑んだ。

「井戸の水でゆっくりと入れたのです」

「井戸の水?」

「はい。お茶というのは、冷たい水でゆっくりといれると、甘くなるのですよ」

 沙夜は晃志郎から湯呑を受け取ると、もう一度、急須からお茶を注ぎ入れる。

「今日は暑いですから、冷たいお茶のほうがよろしいかと」

「はい。美味しいです」

 晃志郎は、沙夜からもう一度湯呑を受け取ると、あっという間に飲みほした。


<我慢の子>


「晃志郎さまは、どうしてそんなに帰りたいのですか?」

 涙を浮かべる沙夜に晃志郎は、戸惑う。

「いや、しかしですね」

 布団をたたみ、着物を着替えようとしたところに慌てて入ってきた沙夜に、腕にすがりつかれ、晃志郎は、全身がドクンと震え熱くなった。

「痛っ」

 慌てて、身を引いた晃志郎は、思わず顔をしかめる。

「ご無理はやめてください。お願いですから」

 沙夜から漂う甘い香りに、くらくらしながら、体を支えようとする沙夜から、距離をとる。

「沙夜さまは、俺を信用しすぎです」

ーーもう十分、あなたには危険な程度には、回復しています。

 そう言いたいのをぐっとこらえて晃志郎は、再び、布団に横になる。

「もう少しだけ、ここにいてください」

 すがるような沙夜の言葉に逆らえず、晃志郎は、苦笑する。

 自分の忍耐が持つうちに、傷が治ることを沙夜のために、そっと祈った。


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