弟子、と思わせて

 少し飲み物を買おうと思って自販機に向かった、そのあいだのことだった。

「し、師匠!」

 なんかそんな声が聞こえた。なんだろう、この学校には仙人でもいるのかな。

 まあわたしには関係ないか。飲み物飲み物。

 わたしは自販機にお金を投入し、カフェオレを購入した。この学校の自販機は安い代わりに全部紙パックだ。

 後ろに人がいたので素早くどいて、テラスのような場所に出てベンチに座った。ここならゆっくりできる。放課後こうやって自由にできるのは帰宅部の特権だ。

 秋のカラッとした夕日の日差しが気持ちいい。時々吹く風も涼しくて最高だ。やっぱりいい季節は春と秋だよね。ちょうどいい。

「はぁー……ぁ?」

 思わず体を伸ばしていると、隣にちょこんと座っている人がいたので固まってしまった。

 長い、少し赤茶けた髪にくりりとした目、そして小さい体は小動物のように可愛い。イメージ的にはリスって感じかな。

 わたしの知り合いではなかった。それはイコールクラスメイトじゃないことを証明するだけだけど。でも付けているリボンの色から、わたしと同じ一年生であることはわかった。

 そしてその女の子はじいっとわたしのことを見つめていた。そのせいでさっきまでのリラックスした気持ちはどこかに行ってしまって、ただただ気まずさだけが広がっていった。

「わ、わたしになにか?」

「……いいえ、研究してるだけです。お構いなく」

 いやわたしはお構いなくできないんだけど。そんな見つめられたら落ち着かないんですけど。

「わたしに研究するところなんてあるかなあ」

「ありすぎますよ! だって師匠ですから!」

 さっきの師匠発言はあなただったのか。つまりあれはわたしに向けられて放たれた言葉なわけで。

「師匠じゃないよ。なった覚えないし。あなたとも認識ないし」

「あ、すいません。わたしはあなたの弟子、寺石ここねです。ここねんとお呼びください」

「うん、弟子をとった覚えはないよ」

 なんだこの子――!?

 これが俗に言う『不思議ちゃん』ってやつなのか?

 まあとりあえずここねんが名乗ってくれたんだから、返さないと。

「ああ、わたしは」

「宮里ひかり師匠ですよね!」

「……うん、そうだけど」

 この子掴みにくい……。行動が予測できない。

 それはそれとして。すごく気になることを聞いてみよう。

「なんでわたしはここねんの師匠になったの?」

「え、わからないんですか。ショックです。師匠とは心を通わせてると思ったのに……」

 いや、わたし超能力者じゃないし。ただの人間だからテレパシーなんてできないよ。

 ここねんはやれやれ、しょうがないといった感じで首を振り、やっと教えてくれた。なんでわたしバカにされてるの。

「師匠は自分の価値がわかってないみたいですね」

「早く教えてね」

「そんなの決まってるじゃないですか。師匠が最高にリア充を極めてるからですよ」

「……うん?」

 充実した生活だとは思ってたけどまさか正面からリア充呼ばわりされるとは思わなかった。

「だって考えてもみてください。師匠は一年の二学期序盤にしてもう恋人を作ってるんですよ! これをリア充と言わずに何と言いますか!」

「あ、うーん、つまりわたしはなんの師匠なのかな」

 なんとなく察しはついたけど、一応念のために聞いておいた。

「恋愛の師匠ですっ!!」

 ……察した通りだった。

 でも困るなあ、恋愛っていってもなあ……。

「教えられることなんてないよ?」

 いきなり告白して、オッケーもらっただけだからね。本当にアプローチとか、何もなかったし。杉本くんもよく了承してくれたよね。

「またまたご謙遜を。師匠は常時オーラが溢れているじゃないですかー」

 本当、よくわからないなこの子。

「だからわたしも師匠と同じような行動をしていればリア充になれるのかなあ、と」

「うーん、そう、頑張って」

 目を純真無垢にキラキラ輝かせるここねんにわたしはいたたまれなくなって頭を撫でた。って、さっきからここねんここねんってかなり慣れちゃったな。まあいいか、ここねん可愛いし。

「ここねんさっきからリア充になりたいみたいだけど、どの程度からがリア充なの?」

「恋人ができたらに決まってますよー」

「そうなの?」

 あまりそこのところの境界線がわからない。楽しそうにやってればリア充なんじゃないの?

 ここねんはわたしを見ると首を傾げて浮かない顔をした。

「でもですね、そのためにはなんだかわたしには何か足りないような気がしてならないんですよ」

「そう?」

 可愛さならわたしの十倍くらいはあると思うけど……。どちらかというとわたしの方が足りないくらいだけど……。

「あ、こんなところにいた」

「あれ? 杉本くん?」

 テラスに入ってきたもう一人の男子を振り返って名前を呼んだ。……正確には苗字だね。

「どこいったのかと。早く帰ろう。で、そっちは」

 杉本くんは近づくとここねんに気づいて聞いてきた。

「寺石ここねちゃん。他クラスだけど今日知り合ったんだ」

「し、師匠の恋人だ……! 略して師人だ!」

「それはもう別の意味だと思うよ……?」

「元気がいいな」

 褒めてるんだろうけど、その無表情で言うと機嫌悪そうで皮肉ってるようにしか聞こえないんだけど。

「あ、そうだ。ここねん、足りないものって男子に聞けば早いんじゃない?」

「そうですね。たしかにそれなら確実です。師人さん、わたしに足りないものはなんですか?」

「師人呼びはやめろ」

 そう注意を入れてから、杉本くんはここねんの全身を眺め回し、考えるように顎に手を添えた。クールな外見と相まってそのポーズは知的な印象を持たせた。実際知的なんだけど。

 結構な時間そうしたあと、「あんまないと思うけど」と言ってから、

「強いて言えば、胸?」

 と、キッパリ言った。声は平坦で起伏がないので冗談にも聞こえない。反射的にわたしは腕で胸もとを隠した。

 対して、ここねんはというと、チーン、という効果音がつくように口をあんぐり開けて固まっていた。白く燃え尽きている錯覚すら覚えた。

 そのあとゆっくりと両手を胸もとに添え、わたしを見て俯いた。

「た、たしかにわたしに足りないものです……」

「ごめん、強いて言えばだから間に受けないで」

 その落ち込みようを見かねたのか、珍しく杉本くんは謝罪を付け足した。無愛想な彼は基本キツいことを言ってもそのままだ。きっとここねんの幼い見た目(って言っちゃっていいかわからないけど)が良心に響いたのだろう。

「いいえ、むしろありがとうございます。それこそが足りないものだったんです……」

 とはいえ、杉本くんはセリフに感情を込められないからあんまり意味がなかった。

「いや、ここねん、だからってあればいいってわけでもないと思うよ?」

 むしろここねんのサイズだからこそそのままがいいと思う。もし大きかったらアンバランスだ。

「あった方がいいに決まってます! だから杉本さん、揉んでください!」

 ここねんが胸を張って押し付けるように杉本くんに近づいた。

「は?」

 杉本くんはもともとない表情をさらに無にして鋭い目付きでここねんを見た。たしかに脈絡なさすぎだよね。

「揉んだら大きくなるって言うじゃないですか!」

「やだ」

 さらに近づいて迫るここねんに合わせて離れる杉本くんという奇妙な光景が目の前に広がっていた。

 っていうか、その前に。

「わたしの彼氏に目の前でよく誘惑できるね!?」

「あ、そう。彼女持ちだから無理」

「杉本くんはなんで思い出したように言った!?」

「むむむ……」

 ここねんは有力な事実を突きつけられ唸ったあと、思いついたように言った。

「そうだ、わたしが杉本さんの彼女になればできますよね!」

「なんでその結論になった!? ハッ、杉本くんは?」

 彼の声がなくなったと思ったらその場にもういなかった。テラスの出入り口は開けたばかりのように開いていて、どこからかトタタタという足音が聞こえた。

「待ってください杉本さん!」

「わたしの彼氏なんだけど!?」

 その日の帰り道は、杉本くんが先頭で走りそのあとをここねんが追い、ここねんをわたしが追う謎の状況ができあがっていた。まあ杉本くん身体能力高いからここねんを振り切るのは時間の問題だった。

 わたしはここねんを捕らえると、口を酸っぱくして杉本くんとわたしの関係を教え、手出ししないように言っといた。

「つまり、わたしが師匠より魅力的になれば杉本さんはわたしのものということですね?」

「ねえ趣旨かわってない?」

 こうして、しっかり交際までこぎつけているにも関わらず、なぜだかわたしには恋敵ができてしまった。それにしては可愛げがある敵だけど。


(休み時間)

「ねえひかり」

「なに?」

「さっきから教室の外からこっち見てる可愛い子、知り合い?」

「あー、うん」

「の、割には話しかけようとしてるんじゃなくて観察してるふうだけど」

「そ、そういう子なんだよー。あはははは……」

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