訪問!

「……帰るか」

「……うん」

 放課後。帰る支度を済ませた杉本くんはバッグを背負って先に行ってしまった。

 そのあとを追いながら、わたしはやっぱり思わずにはいられないのだ。

 ――なんか、違くない? と。

 付き合い始めてからというものの、たしかに接する機会は一気に増えたんだけど……。

 なんだろう、とにかく無愛想。

 いや、無愛想なのは前から知ってたんだけど、まさかここまでとは思わなくてというか。付き合い始めた相手には少しくらい特別なのかなあみたいに思ってたというか。

 そんなわけで、彼と付き合ってから一週間が経とうとしてたけど、今までデートすらしてない。誘ってもことごとく断られてしまうのだ。

 だからわたしはひとつ策を考えた。

 もう我慢できないからね。そろそろ強硬策を取らなきゃ。

「……あれ、家こっちじゃなくない」

「うん。何言ってもダメだから杉本くんの家に行くよ」

「……え、なんで」

『え、なんで』じゃないよバーカバーカ!

 誘っても断るのは、どうせ外出するのがめんどくさいっていう理由なんでしょ! それならいっそこっちから行ってあげるよ!

「ちょっと、困る」

「残念だけどもう決めたから。面倒な女だななんて思っても了承した杉本くんが悪いんだからね!」

「……しょうがない」

 ため息をついて杉本くんは観念したようだった。

 わたしは心の中でガッツポーズをしながらすぐ隣について歩いた。


 杉本家はごく普通の一戸建てだった。

 どこにでもありそうな住宅街の中のひとつ。まあ家なんて部屋を借りてるか一戸建てが豪邸の三択だもんね。豪邸だったら少し引いてたからちょうどよかった。

 杉本くんはさっきから何か考えるように黙ってしまっていた。

 そして「どうぞ」だとか何も言わないままズンズン中へ入っていってしまうので、失礼だとは思うけど「お邪魔します」とだけいって門扉をくぐった。

 その時、ひょっこりと中から中学生くらいの女の子が顔を出した。ん?

「おかえりお兄ちゃ……」

 向こうもこちらに気づくとセリフの途中で固まった。

 杉本くんは何も気にしていないように靴を脱ぐと、わたしたちの状況に気づいてサラッといった。

「ああ、彼女。妹」

 相変わらず口数少なくわたしと女の子を順番に指さすことで説明を済ませた。

「上がって」

 そう言われたので、わたしも遠慮なく靴を脱いでついに直で杉本家に着陸した。なんか新天地を切り開いたみたいに心が踊った。

「彼女、彼女、彼女……」

 一方、妹さんらしい女の子はさっき杉本くんが言ったことを吟味するように繰り返すとわたしのことを見てわなわなと震えだした。

 そしてしまいにはガクッと膝を曲げて四つん這いの格好で倒れてしまった。

「う、嘘ぉ!? 彼女だってえええええええ!?」

 あまりの大きなリアクションに杉本くんそんなに期待されてなかったんだ……と気の毒になりながら、当分立ち直りそうになかったので彼女の横を通って杉本くんのあとを追った。


 リビングのテーブルに通された。

「飲み物持ってくる」

「うん、ありがとう……」

 その背中を見送りながらわたしは今さらのように顔を覆った。

 ……ちょっと待って。よく考えたら彼氏の家を訪問するなんて結構やばくない?

 だってさ、普通はどこかに遊びに行ったり一緒の時間を過ごして親密な仲になったらやってくるイベントじゃないのこれ。一気にすっ飛ばしてきちゃってるよ。

 どうしよう、そう思ったら恥ずかしくなってきた。

「お待たせ」

 一人悶々としていると杉本くんが戻ってきてグラスをわたしの前に置くと、自分は向かい側に座った。

 気を紛らわすためにゴクゴクそれを飲んでしまうと、杉本くんが変な方向を向いていることに気がついた。

 怒ってるのかな、無理やり来たから。それともただ気まずいだけか。

 ええと、何しに来たんだっけ。

 あ、そうだ。

「杉本くん、ちょっと無愛想すぎない?」

 あわゆくばその改善まで持っていきたいところだったんだ。

「え、そんなことはない」

 まさかの無自覚!?

「いやいやいや、無愛想だって。それも杉本くんの特徴だからいいんだけど……。せめて、わたしの前でくらいは少しでいいから愛想よくしてくれないかなー、なんてね」

 そしてわたしは何を言ってるんだろう。後半部分完全にわがままで傲慢な女なんだけど。

「……ごめん」

 ほら俯いちゃったじゃん。絶対ショック受けてるよ。さっきから表情だけは一回も変わってないけど。

 と思ったら顔を上げて頬をかきながらそれでも顔は変えずにいった。

「小さいころから人としゃべるのは苦手で。不快だったらごめん」

 この言いよう、まさか無愛想だったのって、気持ち的な問題じゃなくて性格的な問題だったの……?

「ああ、違うの、責めてるわけじゃなくて。てっきりわたしはめんどくさいからとばかりに……」

「めんどくさいなんてことはない。俺は普通にしゃべってるつもり。でも……」

 杉本くんは一瞬チラリとこちらを見たかと思いきやすぐに逸らした。

「宮里と二人きりだと緊張しちゃうから、できるだけ二人きりは回避したかったんだけど……」

 かあっと頬が熱くなるのを感じた。それと同時に表情筋がぐにゃぐにゃになって思わずニヤけてしまう。

 え、ほんと、そんな理由でわたしの誘いを断ってきたの?

「い、いや、違うね。だって杉本くんはいつも澄まし顔で余裕そうじゃん」

「生まれつき表情筋が固くて顔が変わらないんだ」

「え、そ、それじゃあ……」

 時々見せる黙り込んで変な方向向くのって、照れから来る行動だったの……?

 それって……。

 可愛すぎかよ!!

 クールな顔しといて内心恥ずかしがってたなんて!

「で、なんでさっきからニヤニヤしてんの」

「べ、別にー?」

「うわ絶対バカにしてるよこの人」

「そんなことないよ! わ、わたしだって結構恥ずかしいんだから……」

「そ、そう……」

 そこまで言うとわたしも思わず顔を背けた。やばいタネがわかるとやばいってこれえ!

 シーン、とわたしたちのあいだに永遠とも思える静寂が訪れた。

「ハア……まさかお兄ちゃんに彼女ができてたなんて」

 そんな時グッドなタイミングで妹さんがリビングに入ってきた。そしてわたしたちの有り様を見るとハッとなって呟いた。

「いい雰囲気に水を差してしまった……わたしはなんてKYなんだ……」

「違うよ!? むしろちょうどいい時に来たといっても過言じゃないよ! ほら座って!」

「はい……?」

 妹さんは首を傾げながらもわたしの隣の席に座った。

「す、杉本くんってどういう人なのかな!?」

 一刻も早くこの気まずさを解消しようと、わたしは馴れ馴れしく妹さんに聞いた。

「ええっと、そうですねえ……口数が少なくてとにかく表情に出なくて掴みにくい性格でしょうか?」

「家族から見てもそうなんだ……」

「そうですよ。テレパシーが使えるわけじゃないんですから以心伝心なんて不可能です。……申し遅れました、わたしお兄ちゃんの妹の凜です」

「あ、わたしは宮里ひかりです……」

 優雅におじぎする凛ちゃんに倣っておじぎをした。それにしても突然話振ってもよく答えてくれたし、笑顔もキュートだし、礼儀正しいし……よくできた妹さんだなあ。

 無愛想な兄と正反対で愛想がいいし。本当に兄妹?

 ああいや別に杉本くんを貶してるわけじゃないよ、現にわたしはそれらひっくるめて好きになったんだから。

 まあそれは置いといて。

 じゃあ無愛想の理由もわかったことだし今日は帰るとしようかな。そしてこれ以上いると恥ずかしさで死にそうになってくる。

「もうそろそろ帰ろうかな!」

 荷物を持って立ち上がり、玄関まで向かった。

 杉本くんと凛ちゃんは見送りについてきてくれた。

「じゃあね杉本くん、また明日。凛ちゃんもまたね」

「うん」

「また来てくださいね彼女さん!」

 う……人に言われると恥ずかしさがすごい。

 苦笑いを返してわたしは玄関のドアノブに手をかけた。

「宮里」

 その時、杉本くんに声をかけられわたしは振り向いた。

「俺、できるだけ話せるようにするから。これからも、よろしく」

 これは不意打ちだった。前までなら嘘っぽいと思ってしまいそうなセリフだけど、今までの話を聞いてからだと胸にキュンキュンするセリフに早変わりだ。

「う、うん、じゃあねっ!」

 ついに耐えかねてわたしは杉本家から飛び出した。

 帰り道を走る中、わたしは杉本くんの真実もわかって満たされた気持ちになっていた。

 ああ、これなら明日からも幸せなラブラブ生活を過ごすことができるはず!


 次の日。

「おはよう杉本くん」

「うん。おはよう」

「凛ちゃん、しっかりしてたね」

「うん。凜はよくできた妹」

 ……あれー、話しかけた時に『うん』だけで済まさなくはなったけどこれ変わったっていうのかな?


 杉本くんが無愛想を克服するのも、まだまだ時間がかかりそうです。

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