レターパックで現金送れはすべて詐欺

ボトムオブ社会

交響曲第9番 ホ短調 作品95『新世界より』

「あなたは救世主よ」

 連日の気温38度を超える猛暑で頭がおかしくなったらしい女から電話がかかってきた。

「そういうのいいんで」

 イイ歳して無職童貞で実家にパラサイトする俺が救世主? 何を言っているんだ、こいつは。

「待って!」

 電話を切ろうとすると大声を出して止めてきた。

「テレビをつけて、チャンネルをNHKに合わせなさい。5秒後、映っている広場が爆発するわ」

「……」

 本気にはしていなかったが、とりあえず言われたままにしてみた。確かに広場が映っている。しかし、まさか、そんな……

「キャアアア!」

 閃光、巨大な爆発音の数秒後に痛々しい悲鳴。

 広場は大惨事と化し、俺は呆然とその光景を眺めた。

「わかってもらえたかしら。これは“奴ら”にとってデモンストレーションにすぎない。本当に恐ろしいのはこれから……そして」

 こんなことが起こったというのに女は平然と電話先で喋り続けていた。

「“奴ら”による人類を巻き込んだ悲劇……終末カタストロフを防ぐことができるのはあなただけなの」

 爆発により崩落する建物、そして現実。奇妙なことに、自分にはこれがどうにも“正しい”ように感じられた。

 だが俺はハッと我に返り、指示を求めた。

「俺は……俺は、何をすればいい?」

 救世主……無職童貞でこの社会に居場所のなかった俺が、社会に最も必要とされる存在になったということなのか。なんだかそれは、とても素敵なことに思えた。しかし同時に、どこか違和感を覚えていた。

「ええ、指示を出すわ。まず手始めに、レターパックで現金送れ……2万円よ」

「何?」

「レターパックで現金送れ、と言ったのよ」

 レターパック? なぜ?

「我々への現金の送付は世界とあなたとの“契約”を成立させるのに必要な儀式のようなものよ。口座振込みや現金書留による送金では“奴ら”に勘付かれてしまう恐れがある。だからレターパックしかないのよ」

 こちらの考えを見透かすように返してきた。

「レターパックだな、わかった」

「住所も伝えるわね……」

 俺は住所を聞くと最寄の郵便局へと急いだ。

「レターパックをくれ! レターパックライトの方で良い!」

 レターパックには小さい荷物を送るためのレターパックライトと少し大きめの荷物を送るためのレターパックプラスがある。

 レターパックの箱を組み立てて昨日パチンコで稼いだ2万円を入れると、箱の側面に書かれている文字列が目に入った。

『「レターパックで現金送れ」はすべて詐欺です。』

 レターパックで現金送れはすべて詐欺……?

 もしや、と思うと頭の中に声が響いてきた。

「私は“世界の意思”……あなたの心に直接語りかけています……救世主よ、これは詐欺ではありません……レターパックで現金を送り、世界を救うのです……」

 いや、だが……

「さあ、早く……」

 レターパックで……現金……

「レターパックで、現金を送りなさい」

 う、うう……レターパックで……現金送れ……は……

「いいから! いいからレターパックで現金送れ! 世界を救うためなのよ!」

 怒声が脳内にガンガン鳴り響く。

 俺の隣で老婆が、俺と同様にレターパックの中に現金を入れ、送付しようとしていた。

「救世主よ! レターパックで現金を送るのです! “レターパックで現金送れ”!」

 そのとき、俺はすべてを悟り、“覚醒”した。

 俺は現金の入ったレターパックをポストに投函しようとする老婆の手を掴んで止め、思い切り叫んだ。

「“レターパックで現金送れ”はすべて詐欺!!!!」

 老婆は驚愕、俺に焦点を合わせて目を大きく見開くと、俺の手を振り解いて駆け出した。

「ひええええ! 強盗じゃあ!」

 老婆が叫ぶと頭の中に鳴り響く声は止まり、俺は落ち着きを取り戻した。

 危うく騙されるところだった。そう、レターパックで現金送れはすべて詐欺なのだ。

 俺はすがすがしい気持ちで帰路についた。


 10年後。

 世界は荒廃し、日本全土は砂漠となっていた。水の一滴を求めて殺し合いが起きるような、限界がここにはある。俺は盗賊になって生計を立てていた。

 電話の女や頭に響く声の言っていたことは、きっと真実だったのだろう。あのときレターパックで現金を送っていれば、こんなことにはならず、世界は平和なままだったのではないだろうか。

 そう考えると、自分の選択は絶対に正しかった。

 俺はこの荒廃した世界で、奪い、殺し、誰からも蔑まれずに生きていた。それはあまりに正しく、すばらしいことなのだ。

 無職童貞だった俺が爪弾きにされ、蔑まれていたあの世界、あの現実。あんなものを許してはいけなかったし、あんなものを守り、救うだなんて本当に馬鹿げていた。世界が、現実が崩落し、すべてがゼロになった社会。ここにしか俺の居場所は存在し得ないのだ。あのとき救世主になることに対して感じていた違和感は、これだったのか。

「レターパックで現金送れはすべて詐欺、か……」

 俺を救ってくれた言葉を胸に刻み込み、確かな足取りで今日も荒野を行く。

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