第11話 同居生活第1日目! コーヒーがおいしいと言ってくれた!
(10月第4日曜日)
目が覚めたら8時を過ぎていた。部屋を出てリビング・ダイニングへ出ていくと理奈はもう着替えて朝食の準備を終えていた。準備といっても昨日コンビニで買ってきたものを並べて盛り付けただけ。
「おはよう。よく眠れた?」
「はい、とても良く眠れました」
「朝食にする?」
「準備はできています」
僕は洗面所でいつものとおり、歯を磨き、髭をそって、顔を洗う。とても気持ちがいい。部屋に戻ってすぐに部屋着に着替えてきた。
理奈にだらしない恰好は見せたくなかった。この緊張感が良いのかもしれない。いつまでも新鮮な関係を保てる。席について食事を始める。
「明日から朝食はどうします? 献立は何がご希望ですか?」
「朝食は必ず食べることにしています。でないと昼前にへたってしまうから。献立と言うほどはいらない。理奈さんの負担にならないように簡単なものでいいです。例えば、トースト、牛乳、ヨーグルト、リンゴやバナナなどの果物があればいい」
「それじゃあ、トーストとミックスジュースでいいですか?」
「ミックスジュースって?」
「果物、野菜、ヨーグルト、牛乳などをミキサーにかけてミックスしたジュースです。栄養満点でそれを飲むだけでいいですから」
「それでいいから、作って下さい」
「お弁当は作りません。結構手数と時間がかかりますから、昼食は外食でお願いします」
「それでいいよ。今までどおりだ」
「夕食は必ず作りますから」
「楽しみにしています」
「時間は遅くていいですね」
「帰る時間は早くないから。会社を出る時にメールを入れます。ここには8時前後になることが多いと思う」
「それならなおさら好都合です。ゆっくり作れますから」
「食材などの買い物はどこでするつもり?」
「乗換駅がありますから、そこでします。ここからはスーパーが少し遠いですから」
「あとから近所のスーパーを案内しようか? この辺は土地勘があるから」
「この辺に長く住んでいるんですか?」
「洗足池駅の近くに独身寮があったので、入社してしばらく住んでいたことがあった。それにここに来て5年位になるかな」
「ここから散歩がてら、公園を通って行ってみないか?」
「夕食の準備もありますから、連れて行って下さい」
それから二人でそれぞれの部屋をひととおり掃除して、身のまわりの持ち物を整理した。それから僕はお風呂の掃除をした。理奈はリビングや台所を掃除した。
11時前に二人そろって外出した。荷物が多くなることを想定して僕はリュックを背負った。理奈はそれを見て笑った。
この頃は通勤時にもリュックを使うようになった。だから通勤用と買物用に2つ持っている。以前は、リュックなんか通勤には不向きだと思っていたが、先の震災があってからそうは思わなくなった。周りを見てもリュック姿の通勤者が増えている。
道に出ると僕の方からなにげなく手を繋ぐ。理奈は一瞬僕の顔を見たようだったが、僕は何食わぬ顔で手を繋いでいる。理奈は黙って従っている。良い感じだ。すぐに公園に入った。
「せっかくだから一周りしないか? 案内してあげる」
「はい」
池の周りをゆっくり歩く。もう、紅葉の季節が近づいてきている。今日は清々しい良いお天気だ。理奈もめずらしそうに周りを見ながら歩いている。この時間は散歩の人がほとんどだが、僕たちのような若いカップルは少ない。
「理奈さんとこうして歩いているのが夢のようだ。今年の春先には一人侘しく散歩していた」
「私もこんなことになろうとは思いもしませんでした。ご縁があったのでしょうか?」
「ご縁というのはあるかもしれない。前世の因縁とか? そうでないとあんな出会いはないと思っている」
「私たちは運命の赤い糸でつながっていたのかしら?」
「今はそう思いたいし、そう信じたい。この繋がりを大切にしたい。理奈さんを放したくない」
「そうですね。大切にしたいですね」
「理奈さん、ボートに乗らないか? 少年は彼女をボートに乗せたがるものなんだ」
「少年?」
「気持ちだけだけど」
「いいですよ。私も彼氏とボートに乗ってみたいと思ったことがありました」
「じゃあ、今実現と言うことで」
ボート乗り場に行くと、ボートが2種類あった。手漕ぎのボートと、脚でペダルを漕ぐタイプ。ペダルなら二人で漕げる。でも手こぎタイプにした。彼女と乗るなら手漕ぎに決まっている。
理奈を乗せてゆっくりと漕ぎだす。意外と力が必要で結構骨が折れるのが分かった。毎朝腕立て伏せを30回ほどするようにしているけど、あまり役に立っていないのが分かった。だからゆっくり漕ぐ。
「気持ちいいですね」
「ああ、水面は周りよりも涼しいね。清々しい。理奈さんをボートに乗せているから最高の気分だ」
「そう言ってもらえてうれしいです」
理奈を見つめるが、理奈は目が合うとすぐにそらせてしまう。それでもじっと見つめている。理奈が段々緊張してくるのが分かった。まずいと思った。
「一周したら上がろうか?」
「はい」
理奈はほっとしたようだった。ボートを降りると緊張が解けていくのが分かる。難しい娘だと改めて思った。
すぐに手を繋ぐ。手を繋いでも緊張はしないので安心した。今度は池の周りの遊歩道をゆっくり歩く。
「休みの土曜日には、二人でどこかへ出かけることにしないか? デートするみたいに」
「毎日二人でデートしているみたいですが、わざわざ外へ出かける必要がありますか?」
「外の方が話しやすいこともあるんじゃないかな? 部屋で面と向かって話すと理奈さんは緊張するみたいだから」
「私、そんなに緊張していますか?」
「そういうふうに感じるけど」
「すみません。そんなふうに感じさせてしまって」
「なぜか自然と身構えるようなので、こちらも気にしてしまう。もっと信用してくれてもいいんじゃないかな」
「信用しています。だから一緒に住んでいるんです。そんな感じを与えてすみません。もっと亮さんと親しくしたいんですが」
「そういってくれるのは嬉しい」
手の握りを強くすると、理奈も強く握ってくれた。少しずつだけど、気持ちが通じ合っているのかなと思った。
お昼は洗足池駅の近くのハンバーガー屋さんに入って昼食を食べた。それから、長原まで大通りを歩いてスーパーへ食料品の買い出しに行った。
二人で持てる精一杯の食料品を購入した。これで、3~4日分は十分あるとのことだった。僕はリュックを持ってきていたので、重いものは中に入れてしょって帰る。あとの軽いパンなどは理奈が持って帰った。
日曜日は二人で食料品の買い出しに来ようと歩きながら決めた。その時、僕が夕食に食べたいものがあれば、その材料を買っていくそうだ。
マンションに帰ると、理奈は冷蔵庫に食料品を整理してしまった。僕はキッチンでお湯を沸かしてコーヒーの準備を始めている。
「一緒にコーヒーでも飲まないか、僕が淹れるから」
「はい、飲みます」
「新橋駅のコーヒーショップで買ったキリマンジャロだけど」
「レギュラーコーヒーですか?」
「そう、豆から挽いてドリップで入れる」
「本格的ですね」
「理奈さんは茶道の経験は?」
「学生のころ、茶道のサークルにも入っていたので、ひととおりのことは知っています」
「僕はテレビで見た位で、お茶会にいったこともないけど、コーヒーを入れていると茶道が分かるような気がする」
「共通するところがありますか」
「豆をミルに入れて、ゆっくり挽いて粉にして、ドリップにセットして、少しお湯を注いで、豆を蒸らして、それからお湯を注いで一杯分を作る。お客様のために気持ちを込めて作る」
「私がお客様?」
「こうして人のためにコーヒーを入れるのは初めてだ。一緒に飲んでくれる人ができてよかった」
「初めてのお客が私?」
「そう、飲んでみてくれる?」
「いただきます」
理奈はソファーの隣に座って、カップのコーヒーをゆっくり飲んでくれた。ブラックで何も入れなかった。
「おいしいです」
「いつもブラックで飲んでいるの?」
「その方がコーヒーの味が分かりますから」
「コーヒーは好きなの?」
「大好きです」
「知らなかったけど、それはよかった。淹れた甲斐があった。またひとつ理奈さんのことが分かった」
「私も亮さんのことが一つ分かりました」
「いままで一人で淹れて飲んでいたけど、こうしてお湯を注いで一杯分作っていると、心が落ち着くと言うか穏やかになる」
「そうですね。丁寧に淹れてもらって、気持ちが伝わります」
「気持ちが伝わったのなら嬉しい。淹れた甲斐があった」
隣に座っているけど、理奈は緊張していないみたいでよかった。聞いておきたいことがあった。転職して派遣社員になった理由だ。あの時は詳しい理由をあえて聞かなかった。
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