第12話 会社を替わった訳を話してくれた! 寝る前に軽くハグした!
「理奈さん、ちょっと聞いておきたいことがあるけど、いいかな」
「何ですか?」
「事情があって会社をやめて、派遣社員になったと言っていたけど、よかったら理由を聞かせてくれないか?」
理奈は少し困った顔をした。でも少し間をおいて話し始めた。
「就職した会社は大手の商社でした。入社して3年経った頃、異動になったときに配属された部署の上司からセクハラを受けてそれを会社に訴えました。40歳手前の独身の課長だったんですけど、最初は食事に誘われて、お受けしたんですが、私が好意を持っていると勘違いしたみたいで、それから何回も誘われました。でもその気がなかったので断りました。断ると仕事で嫌がらせをされました。それから、分からないところで、手を握ったり、肩に手をかけられました。だんだんエスカレートするので、思い切って人事に相談しました」
「それでどうなった?」
「会社は私の訴えを認めて、その上司は地方へ異動になりました。かなりのやり手で、将来も期待されていたので、皆さんは不思議がっていました。でもその理由がどこからか漏れて、私も非難されるようになりました。居辛くなって、辞める決心をしました」
「訴えるには相当な覚悟がいるということかもしれない。理由は良く分かった。大変だったね」
「私の不用意な態度が招いたことかもしれません。そんな非難もありました」
「そういうことをする奴はやはり普通じゃないんだ。ストーカーと同じようなものだ。理奈さんのせいじゃないと思う」
「そういっていただけるとありがたいです」
「そのことがあったので、派遣されていった先ではできるだけはっきりといいたいことをいうようにしています」
「例えば?」
「契約にない仕事を頼まれたら、契約にないのでできませんといいます」
「先方がゴリ押ししてきたらどうする?」
「契約にないことはできませんから、契約内容を変えてくださいといいます」
「それで」
「大体収まります」
「それが理由で辞めさせられたことはあるの?」
「ありますが、派遣会社を通じて私が労働基準監督署に連絡しました」
「結構やるね」
「生活が懸かっていますから」
「残業はしないの?」
「大体、時間内で終わらせています。サービス残業はしません。そういうことがあったら労働基準監督署に連絡しますといいます」
「それで、仕事はうまくいっている?」
「周りの人も分かってくれるようになってきました。仕事は無難にこなしていますから。正社員の人よりも、仕事はできるという自信があります。時給も上がりましたから」
「それを聞いて安心した。困ったことがあったら何でも相談にのるから」
「ありがとうございます」
セクハラで仕事を変わらざるを得なかったことが分かった、理奈もいろいろあったんだ。約束事にこだわる理由が分かった。もうひとつ聞いてみたいことがあったが、それは聞くことをやめた。
しばらくすると、理奈は部屋を片付けるといって、自分の部屋に入った。ひとりになりたいのかもしれない。それならひとりにしておいてやりたいと思った。2部屋あるとそれができるからいい。それで僕も部屋に入って、片付けを始めた。
5時になって理奈の部屋のドアの音が聞こえた。夕食の準備を始めるようだ。部屋から出て行って、手伝うことがないか聞いてみる。座っていてほしいとのことだったので、部屋に戻った。
6時過ぎに理奈がドアをノックする。食事の準備ができたと言う。ダイニングに行くとテーブルに用意ができていた。
「今日は、簡単にカレーと野菜サラダにしました」
「カレーは大好きだから」
「味を見てください」
「うん、結構いける。どこのカレー?」
「3つのカレールーを混ぜていますので、どこのカレーとは言えませんが」
「そんな作り方があるんだ」
「混ぜると意外と良い味が出るんです」
「そうだね、コーヒーもブレンドするとマイルドになってよい味になるから、ありだね。理奈さんは料理のセンスがいいかも」
「直感で作っていますから、次につくるときは違う味かもしれません」
「直感は大事だ。はかりで量って作ってもおいしい料理ができるとは限らないと思う」
「大雑把なだけです」
初めて、理奈の作った料理を食べた。交際期間も極短かったので、手作りの料理をご馳走になる機会もなかった。美味しいカレーだった。これなら毎夕食を楽しみにしてもいいかもしれない。
「後片付けを手伝おうか?」
「いいえ、今日は私がすべてやります。出来ない時はお願いします」
「じゃあ、お風呂の準備をしてあげる。今日は早めに休もう。明日から二人は元のように働き始めなくてはならないから」
「そうですね。お願いします」
お風呂の準備はすぐに出来た。先に入って下さいというので、今日は僕が先に入った。今日もこのまま理奈に触れずに眠らなければならないと思うと少し寂しい。でもハグくらいは試みてみよう。
少し長湯になったが、上がると理奈が待っていた。すぐに代わって入った。昨晩のこともあるので、ソファーに座って、冷えたミネラルウオーターを飲んで待っていた。
理奈は今日も長風呂だった。気になったので、ドア越しに「今日は大丈夫?」と聞いてみる。「大丈夫です」の返事があった。
しばらくして上がってきた。昨日とは違ったパジャマを着ていたので自然と目が行く。理奈が緊張するのが分かった。
僕の目線を感じると本能的に身構えるみたいだ。見ていたいが、しかたなく目をそらす。
僕が目線をそらしたのが分かって、悪いと思ったのか、コップを持ってソファーのところへやってきた。
「さすがに今日は眠らなかったんだね」
「疲れていませんから、もう不覚はとりません」
「心配しないでいいから、いつも理奈さんのことを見守っている。一生守るから、安心していて」
「二人でいるってある意味、安心ですね」
「病気になったとき、一人では不安だからね」
「そんな時は私が看病しますから安心していてください」
「ありがとう。それと今日は寝る前にハグしてもいいかな。軽くするだけだから」
「軽くならいいです」
「じゃあ、立って」
僕は理奈を軽くハグした。ほんのまねごとと言えるほどのハグ。耳元でおやすみと囁いた。でも理奈は緊張してすぐに身体を硬くした。
一瞬、理奈の湯上りの温もりが感じられて、いい匂いがした。ほんの短い時間で身体を離した。それにこれ以上長くなると自分に自信が持てないと思った。
理奈は申し訳ないと思ったのか、下を向いたまま「おやすみなさい」と言った。そして、自分の部屋に入って行った。鍵をかける音が聞こえた。寂しい音だった。
僕も自分の部屋に入って布団に横になった。僕の小さめ部屋には鍵はついていない。2日目の夜が終わった。ハグまでしたのだから上々と言える。でもそのために少し気持ちが高ぶっていてすぐに眠れそうもない。
まだ、いつもより随分早い時間でもあるので、テレビをつけて、憂さ晴らしにAVでも見ることにした。出てくる女の子と理奈の顔が重なって見える。いつの間にか眠ってしまった。
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