第10話 緊張の同居生活がすぐに始まった!

(10月第3土曜日:第1夜目)

荷物は二人ともスーツケース1個とバッグだけ、駅から徒歩5分で新居の2LDKのマンションに到着した。


二人とも鍵は持っているが、僕が開けて、理奈を先に入れる。部屋の中は出かける前と同じだ。お互いの家具や生活に必要なものはもうすべて揃っている。掃除は昨日出かける前にしておいた。


先週の日曜日に理奈は母親と二人で自分の荷物の搬入に立ち会った。事前の打ち合わせどおりに各部屋に家具などを配置した。母娘は荷造りを解いて片付けてから帰っていった。


僕はその1週間前にはここに引っ越しを終えていた。引っ越しと言っても同じマンションなので階を移動しただけだった。3階の303号室が新居だ。


先に入れた理奈を後ろから抱き締めようとも思ったが止めておいた。玄関を入った時から理奈が緊張しているのが分かったからだった。地元で会っていた時には無かった緊張感が漂っている。


「疲れたでしょう。まず、お湯を沸かしてお茶を入れてあげよう。その間にお風呂を準備するから」


「すみません。ありがとうございます」


「いいんだ。僕はもう何回か使って要領が分かっているから。後で教えてあげる」


「ちょっと疲れました。式を土曜日にしてよかったですね。明日一日あるから」


「そうだね、明日ゆっくり二人でこれからの生活の準備をしよう」


お茶を飲んでようやく一息ついた。でも二人だけになるとどうもぎこちない。理奈が緊張しているのが分かるから、気を使ってこちらも緊張する。


「緊張している?」


「えっ、いいえ」


「安心していいよ。襲い掛かったりしないから」


「信頼しています。でもなぜか緊張して身構えてしまうんです」


「頼みがあるけど、いい?」


「内容によりますが」


「僕のこと、名前で呼んでくれないか? あなたでは疎遠な気がするんだ」


「いいですよ、亮さんでいいですか?」


「それでいい」


「それなら私のことも名前で呼んで下さい」


「理奈さんでいい?」


「はい、理奈でもいいですが?」


「呼び捨てでは気が引けるので、やはり理奈さんの方がいい」


「それでいいです」


「もうバスタブにお湯が溜まったころだから、先に入って」


「あなた、いえ、亮さんの後でいいです」


「いいから、先に入って、のぞいたり、入っていったりしないから。でも浴室の鍵はかけておいて、安心だから」


「じゃあ、お先に入ります」


「ああ、鍵がかかるといったけど、10円玉で開けられるのは知っている? もともとそういう造りになっている。おそらく小さい子供が中から間違って鍵をかけても親が開けられるようになっているのだと思う。理奈さんの部屋の鍵も同じだから」


「分かりました」


理奈は自分の部屋から着替えを持ってきて先に入った。


やれやれ、なぜか僕も緊張する。自分の家ではないみたいだ。まあ、引っ越したばかりだからかもしれない。理奈もそんな感じだろう。何とか緊張をほぐしてやりたいが、どうしたものか?


テレビをつけてニュースを見る。ここ2~3日はニュースを見るゆとりも時間もなかった。天気予報では明日も晴れるようだ。


理奈はお風呂に随分時間がかかっている。それにしては長い。もう小1時間にはなるだろう。


気になって、バスルームのドア越しに呼び掛けるが返事がない。困ったな。ドアをたたいてみる。返事がない。ドアを開いて中の浴室のドアをたたく。


「大丈夫?」


中は静かだ。返事がない。浴室は中からは鍵がかかっている。でも外から10円玉で開けられるから開けようか? もう一度大きな声で呼びかけながら、浴室のドアをたたいてみる。


「理奈さん、大丈夫?」


「大丈夫です」


ようやく小さな声で返事があった。よかった! ドア越しに話をする。


「長い時間出てこないので心配した」


「ごめんなさい。バスタブで眠ってしまったみたいです。もう大丈夫です。すぐに上がります」


「それならよかった」


ほっとしてリビングへ戻って来た。すぐに理奈が上がってきたが、可愛いパジャマに着替えていた。


女子のパジャマ姿なんか間近で見たことがなかったのでじっと見つめてしまう。理奈がすぐに緊張したのが分かったので、あわてて目をそらす。


「ありがとうございました。声をかけてもらって」


「なかなか上がって来ないので心配になった。長風呂とは聞いていなかったし」


「結婚式や会食や移動などで疲れていたみたいです。とても気持ちよくて、眠ったみたいです」


「緊張が解けたようでよかった。でも返事してくれたからよかった。返事がなければ鍵を開けて中へ入ったところだった」


「気が付いてよかったです」


「でもちょっと残念だった。返事がなければ、鍵を開けて入って、理奈さんの裸がみられたところだった」


「危ないところでした」


「いままでお風呂で眠ってしまうことはあったの?」


「ありません。疲れていたからだと思います。それに緊張が解けたからだと思います」


「僕に対する緊張が解けたのだったら、嬉しい。これからこういうことがあって返事がなかったら鍵を開けて中にはいるけど、いいかな?」


「もし、そういうことがあったらいいです」


「それなら今度は完全に寝入るまで声をかけないでおこう。楽しみがひとつできた」


「そんなことを楽しみにしないでください」


「じゃあ何を楽しみにしたらいい?」


「夕食を楽しみにしてください。一生懸命に作りますから」


「それは毎日楽しみだ。じゃあ、僕が今度はお風呂に入るから、もう先に休んでいて、お休み」


僕は着替えを持ってバスルームに入った。理奈の後のお風呂、気のせいかいい匂いがする。彼女が裸になってここに入っていたと想像するとムラムラする。


このあと彼女を抱いて寝られたら最高なのになあと思いながら、頭と身体を洗う。バスタブに浸かると気持ちいい。理奈が眠った訳だ。本当にここのお風呂は最高だ。


パジャマに着替えて出ていくと、リビングで理奈がまだテレビを見ていた。


「先に休んでいてくれればよかったのに」


「亮さんもお風呂で寝込んだらと心配だったので待っていました」


「ありがとう。じゃあ、おやすみ。おやすみの握手」


「握手?」


「じゃあ、ハグして、キスする?」


「それは・・・」


「握手が良いと思うけど」


「はい」


理奈の手を握ったのはこれが初めてだったかもしれない。いや初めてだ。柔らかい手だった。僕は普通に握ったけど理奈の手には力が入っていた。おやすみ!


寝具は二人とも布団だ。ベッドもいいが場所をとるし、掃除もしにくい。理奈も布団の方が部屋を広く使えると言っていた。このあたりも気が合う。


隣の部屋では可愛い理奈が眠っている。つい1か月前まではこんなことは想像すらできなかった。


あんなきれいな娘には気おくれして声なんかかけられないし、ましてお付き合いなど始められるはずもない。こうしていることが奇跡みたいだ。まあ、そう考えるとお見合いは出会いときっかけを作ってくれるよいシステムだ。


セックスレスなんて気にすることはない。今、握手までした。今まで奇跡的に順調に進んできた。贅沢は言っていられない。この先、どうするかだ。


大体、努力もなしで、きれいな可愛い娘を嫁にすると考えること自体、おかしなことだ。まして、何の苦労もなく身も心も手に入れることなどできるはずがない。


入籍の延期を提案してよかったと思っている。彼女から入籍という借金のかたをとるみたいで気になっていた。いやなら僕からいつでも自由になれる。だから、そんなことがないように緊張感を持って理奈と向き合える。


全くの0からのスタートではないし、同居までもう始めている。理奈の身も心も絶対に自分のものにする。できるはずだ。努力次第ならできるはずだ。まず、彼女の気持ちをもっと捉えることだ、身体はきっとあとからついて来る。


結婚式を挙げて一緒に住むがセックスレスで入籍もしない。これは結婚生活か? 何と言って良いのか分からないような二人の生活が始まった。

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