第2話 お見合いした! 気に入った! 戦略に合致する!

午後1時40分にホテルのラウンジに到着した。すでに世話人の山村さんが来ていて、ラウンジの隅のテーブル席から合図する。


僕は母親と一緒に来た。今までも母親が付いてきている。相手も姑となる母親が見たいだろうからその方が良いと思っている。山村さんは母親の高校の同級生でその口利きで今回のお見合いが成立したという。


「山村さん、お世話になります。お忙しいところ、ありがとうございます」


「今日、東京からいらしたそうですね」


「朝、東京を出て11時過ぎにこちらに着きました。新幹線ができて随分便利になりました」


「先方のお嬢さんも今日東京からこちらへこられるそうです。お母さまが体調不良とのことで、お父さまがここへ一緒にいらっしゃると聞いています」


見合いの相手は28歳で地元の有名進学校の出身で、東京の有名私立大学を卒業して東京で就職していると聞いていた。あとは会ってから聞けばいいと思っている。


僕の出した条件はクリヤーしていると母親から聞いている。もう5回目だから大体の見合いの要領は分かっている。


ここで両方の親を含めて少し話をして、場所を変えて二人で話をする手筈になっている。ここから少し離れた別のホテルのラウンジへでも行こうと思っている。


そのあとは山村さんにお付き合いをしたいかの意思表示を今日中にすれば良いことになっている。


自然体で臨もうと思っている。カッコつけてもしようがない。メッキはいずれ剥がれる。2時5分前に先方の父娘がラウンジに現れた。


相手の女性は新幹線のC席に座っていたあの美人の女性とすぐに気が付いた。着ていた服を覚えていたので遠目にも分かった。


こんなこともあるんだ! どおりで写真を見た時、どこかで見たように思った訳だ。近づくと山村さんが紹介してくれた。


「こちらが山野やまの理奈りなさんです」


「はじめまして、山野理奈です」


吉川よしかわりょうです。新幹線でご一緒でしたね」


「そういえば、窓際の席におられましたか? どこかでお会いしたような気がしました」


「そうでしたか、ご縁があるかもしれませんね」山村さんが驚いた様子で言う。


「父親の山野信男です。母親の体調が悪いので私が付いてきました」


「亮の母親の吉川静江です。よろしくお願いします」


ひととおり自己紹介が終わって着席すると、ウエイトレスが注文を取りに来る。山村さんは紅茶、ほか全員はコーヒーを注文した。


父親から勤務先の会社名と役職を改めて聞かれたので、名刺を渡して説明した。また、仕事の内容や休日、勤務時間なども聞かれた。母親は料理が好きか聞いていた。彼女は好きな方で自炊していると答えていた。


僕は彼女に大学の学部と専門、今の勤務先と仕事などを聞いた。意外なことに、彼女は派遣会社の社員で今は商社に派遣されているとのことだった。


有名私立大学を卒業しているのに不審に思って就職先について聞いたが、事情があって2年前に前の会社を辞めたと言っていた。


その事情については詳しく話してくれなかったが、こちらも今は聞く必要がない、お付き合いが始まってから聞けばよいと思った。そもそもお付き合いするかまだ決めていないし、彼女の意思もある。


ひととおり話をして、話題が途切れたところで二人は席を変えることになった。考えていたとおり、すこし離れたホテルのラウンジへ行くことにして二人で歩いていった。


実を言うと、ここは前の見合いの時の会場だった。二人で奥の隅のテーブルに座った。今度は紅茶を注文する。


「新幹線で席が近くだったなんて、本当にご縁があるのかもしれませんね」


「そうかもしれませんね、驚きました」


それから、僕は兄弟のことを聞いた。弟さんが一人いて、就職していて大阪に住んでいるとか。


彼女も僕の兄弟のことを聞いた。弟は2歳年下で独身。僕と同じで大学を卒業して東京に就職して千葉に住んでいる。


どちらの家も子供は二人とも故郷を離れて大都市に就職している。ここでは希望の就職先が多くないからだ。両親の老後はどうなるのか、誰が面倒を見るのか、それが気がかりでもある。


これは故郷を離れたものの心配事でもある。まして長男長女ならなおさらだ。でもあえてこのことには触れなかった。先のことなんか誰にも分からない。


「どうして結婚する気になったのですか?」率直に聞いてみた。


「この先の生活が不安です。ひとりで生きていくのが」


「それは収入の面ですか?」


「それもあります。給料が多くないのでゆとりがありません。ひとり暮らしの漠然とした不安もあります」


「それは僕も同じです。これからもずっと一人と考えると心配になります。漠然とした老後の不安かもしれません。歳も歳ですから、親も勧めるのでそろそろ身を固めた方がよいかと思っています」


「私も同じです」


それから、話題を変えて、同期の親しい友人から聞いた、例の経済学の分野で「秘書問題」や「裁量選択問題」と呼ばれる理論分析が、お見合いにも応用できると言う話をした。彼女は笑いながら頷いて聞いていた。


「もう何回か、お見合いをなさっているんですか?」


「想像に任せますが、これまでにない良い人と巡り会ったら決める時期と思っています。もちろん相手の気持ち次第ですが」


「良いお話を聞かせていただきました。参考になります」


1時間ほど話をしただろうか、これでお付き合いするか決めて山村さんに連絡すれば良いことになっている。


話をしていて分かることもあるが、分からないことの方が多い。会った時、話した時の印象で決めるしかないが、これだけ話をすれば十分だ。


「それじゃあ、これで」


「ありがとうございました」


挨拶をしてラウンジを出ると彼女はホテルの入口でタクシーに乗って帰っていった。


僕は歩いて実家へ帰った。歩きながらどうするか考えたが、答えは出ていた。例の理論分析にあてはめると、彼女はこれまでにない良い相手と思えた。


彼女に決めた方がいいというのが結論だ。もちろん彼女も望めばの話だ。交際してみよう!


家に着くと母親に彼女の感想を聞いた。好感を持ったから、僕次第だというので、交際の希望を山村さんに伝えてくれるように頼んだ。


その日の夕方、山村さんから先方がもう一度会いたいと言ってきているとの連絡が来た。


彼女と来週もう一度会うことになった。交際が決まったというより、その一歩前ということと理解した。


次回も再度地元でという希望なので了解した。でも、折角二人とも東京に住んでいるのに、これじゃあ、まるで遠距離恋愛みたいだ。

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