第26話雨の日は好き。と美智子さんがいった


26 病床日記(いつか青空)

P 8.22 Tuesday 熱6~7

●きのうは、desperateな気分にひたって一日を過ごした。Desperationからはなにも生まれない。前向きに生きるのだ。がんばれ、がんばれ。

●そこできょうは、ささやかな望みを想ってひがないちにち過ごした。

●食べたいもの。三平の焼きそば。富山さんのあのやわらかな煎餅。酢豚。ラーメン、即席でもいい。病食ではラーメンはでない。つけもの、タクアン。カレーライス。すき焼き。

●飲みたいもの。彼女のおっぱい、バカ……そんなものでるわけないじゃないか。濃いお茶。葡萄酒。冷酒(二級酒でいい)。ソーダー水(あの緑色がなつかしい)。トリス(だるま一本)、泥酔したいな。何もかも忘れて酔いつぶれたいものだ。


26 病床日記(いつか青空)

P 8.23 Wednesday 

●雨の日は好き。わたしたちの思い出につながるから。美智子さんがいった。彼女の言葉にはセンスがある。彼女の話をきいていると楽しい。詩的センスがあるから楽しいのだ。

●きょうはあさから雨が降っている。夏の終わりの雨。秋の初めの雨。いずれにしても、いままでの激しい雷雨とちがう。しとしとと静かに降っている。

●彼女とは演劇の練習場になっていた元剣道場で会った。雨の午後だった。

●部屋の隅にぼうっとかすんで白い花が咲いているように感じた。彼女の好きな白いバラが咲いているようだった。もっとも、彼女が白いバラが好きだと知ったのは交際が始まってからのことだ。

●ぼくは、そのときマクトゥーヴ(運命づけられたもの)を感じた。ぼくの恋人がここにいた。そうした印象だった。

●彼女来る。

●口数少ない。

●寂しそうだった。

●また……わたしとのことで家族になにかいわれたのだろう。

●かわいそうに。

●だまって手をにぎりしめた。

●時間だけが無情にもすぎていく。

●なにか気のきいたことをいいたいのだが、ぼくにはいえない。

●おたがいに沈黙。

●それでもうれしい。こうして彼女がそばにいてくれるだけでうれしい。

●彼女が帰るころには雨は止んでいた。

●初秋の夜空に白い鱗粉をまいたように月が光っていた。月の光まで、盛夏のころとは変わってきている。

●もう、一月近く入院していることになる。 

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