雨女属性ですか?


「くそっ!くそが!」


「おはようございますも言えないの?」


「すいません。日本語喋れない属性なので」


「適当言うな」


大雨のせいで、中庭が使えないので、仕方なく、人の少ない、体育館まで来た。もちろん中には入れないが、靴を履き替える場所に屋根がある。そこの隅っこに、俺たちは固まっているのだった。


そして、びしょ濡れになった五十鈴さんが、悪態をつきながら、今日も一番遅く登場した。急な雨だったので、折り畳み傘をさす前に、濡れてしまったのだろう。


「全く、雨には困るよ。パソコンが濡れたらどうしてくれるんだ」


坂下さんは、ビニールに包んだノートパソコンを取り出し、電源をつけた。


「で、今日は何をするつもり?」


「私は、多分雨女なのです」


「どうしたのいきなり」


とにかく機嫌が悪そうな五十鈴さん。折り畳み傘を、雑にバンバン振りながら、水しぶきを飛ばしている。


「小学生の時、遠足はほとんど雨。中学生での修学旅行も雨。高校生になってからも、体育祭、文化祭、合わせて三日、毎日は雨だったのです」


確かに、そうだった気がする。体育祭、中止になっちゃったしな。


……えっ、この人のせいだったの?


「五十鈴さん、謝ったほうがいいよ」


「恨むなら神様を恨んでほしいです。はぁ〜……。もし、干ばつ地帯に生まれていれば、私は今頃、救世主扱いで、婚活すらする必要なかったかもしれないのに」


大きくため息をつく五十鈴さん。残念ながら、干ばつ地帯に行ったら、ただその能力が失われるだけだと思う。


「うーん。逆に僕は、晴れ女なんだ。行事はほとんど晴れだったし、僕が生まれた日すら晴れだったって聞いたよ。それで、名前を晴美にしようかって案もあったくらいなんだ」


「へー。クソみたいな名前ですね」


「全国の晴美さんに早く謝って」


こうしている間にも、雨はどんどん強くなっている。坂下さんの晴れパワーをかき消すほど、五十鈴さんは雨女だと言うのだろうか。


「あっ、そう言えば、僕は去年、文化祭と体育祭には参加していないんだ。ちょっと家族で海外旅行に行っててね」


「今年は是非参加してあげて」


「それ、どういう意味ですか?」


五十鈴さんが、こちらを睨んでくる。


「もしくは、五十鈴さんが休んで」


「うるさいのです。私一人が不幸を背負うなんて、不公平なのですよ。なんなら夏休み、結婚式場でバイトしてやろうかなとか思ってるのです。げへへ」


完全に、RPGのボスみたいな笑い方だった。かわいそうに。恵まれない環境が、彼女をモンスターに変えてしまったのだ。


「まぁ落ち着きたまえよ。僕はちゃんと、こんなこともあろうかと、策を練ってきたんだ」


坂下さんが、いつものように、ノートパソコンの画面を、俺たちに見せてくる。


「名付けて、雨女属性で男子をキュンとさせよう作戦!」


エンターキーが押されると同時に、画面の中で、雑なエフェクトが動き出す。雨女属性大作戦!の文字が、微妙に揺れ動き、そこへ星が流れ落ちるという、幼児向けアニメみたいなモーション。


……こんなことのために、ノートパソコンを持ち歩いているのかな。


「こんなことのために、ノートパソコンを持ち歩いているのですか?」


機嫌の悪い五十鈴さんが、普通に言ってしまった。


坂下さんは、明らかに落ち込んだような顔をした後、静かにノートパソコンを閉じる。


「ま、まぁ。それはさておき。雨女属性は、哀愁漂うというか……ね?儚い女の子にぴったり。守ってあげたくなる感じがしないか?婚活に向くと思うんだよ」


「へっ。結婚式も、新婚旅行も、子供が生まれた日も……家族の思い出全て、雨なんですよ。最後死ぬとき、棺桶に入った私を見送るその日だけ、太陽サンサンの晴れ。そんなもんです」


坂下さんが、助けを求めるようにして、俺の方をチラチラ見てくる。いや、ここまで卑屈だと、どうしようもないだろ。


「わかった。晴れ男と結婚すればいいんだよ」


「坂下さんの晴れパワーすら打ち消しているのに?」


「ぐぬぬ」


「まぁ落ち着いてよ五十鈴さん。一回やってみたら?」


「そこまで言うなら……仕方ないですね」


「そこまで言ってないけどね」


五十鈴さんは、軽く咳払いをした後、ザーザーぶりのところへ、わざわざ傘をさして、出て行った。そして、手招きをする。


えぇ……、俺もやるの?


まぁ、やってみたら?なんて言った以上は、付き合わないといけないだろう。仕方なく、傘をさして、五十鈴さんの隣に並ぶ。


「それじゃあ行くよ。よーい、スタート」


坂下さんが、手を叩いて、合図を出した。


それと同時に、五十鈴さんが、こちらを向く。


「……すいません。私のせいで、いつもデートは雨ですね」


……えっ、結構似合ってるな。これはいいかもしれない。ハマリ役かも。


「いやいや。そんなことないよ」


「その……、傘は荷物になりますから……」


そう言って、五十鈴さんは、自分の傘を捨て……。


俺に飛びついてきた。


「相合傘、しませんか?」


めちゃくちゃいいセリフ。いいセリフなんだけど……。


……雨が強すぎて、自分の傘を捨てた瞬間、ずぶ濡れになった五十鈴さんは、正直、可愛いというよりも、かわいそうという見方になってしまう。


「……はい、カット。カットなのです」


冷めた目で、自分の傘を拾い上げ、隅っこに戻る五十鈴さん。目どころか、体も冷めてそうだ。


俺も続くようにして、元の場所へ戻る。


「いやぁ。よかったね。実に良かった。こんなことされたら、男の子はイチコロどころか、一回生き返って、もっかいコロなんじゃないか?」


「坂下さんみたいな晴れ女に、何がわかるのですか?」


「うぐっ」


鋭いトゲが、坂下さんの胸元に突き刺さった。


「こんなことして結婚できても、先がないのです」


それは、全部の属性に言えることじゃないか?


……という指摘は、根本を揺るがす一言になってしまいそうなので、やめておこう。


「雨女属性、ダメですね。0点満点中0点なのです」


「せめて評価くらいはしてあげてよ」


「ディスミス。解散なのです」


五十鈴さんは、そっけない態度で、びしょ濡れのまま、去っていった。


……坂下さんは、胸元を抑えて、蹲っている。


「坂下さん、教室に行こう」


「……雨が止んでから、行くよ」


「止まないよ。五十鈴さんがいるから」


「いや、もうこの場からいなくなったし、僕の晴れパワーが勝つはずだよ」


「ちょっとディスってない?」


俺の言葉に、坂下さんは答えなかった。

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