カレー属性ですか?

「いらっしゃい!」


「は?」


珍しく、五十鈴さんが、俺より早く来ていた。いつもの中庭。しかし、様子がおかしい。


そこにあったのは、折りたたみ式の、控えめなテーブル。上に、小学生の頃、給食でよく見た、でかい鍋が置かれている。クルクルと、中をお玉でかき回す五十鈴さん。


スパイスの効いた、嗅いだことのある……この匂いは……。


「……カレー?」


「そうだよお兄さん!いらっしゃい!」


正解らしい。五十鈴さんが、元気よく声を出す。


その横で、坂下さんが、パイプ椅子に座っている。隣には、もう一つパイプ椅子が用意されていた。そこを、指差す坂下さん。座れということらしい。


「君、この店は初めてかい?」


「えっ、うん」


「そうかそうか。ここのカレーは絶品だからね。是非食べていくといいよ」


「……」


当然、俺は朝ごはんをちゃんと食べ来たばかりだ。カレーは明らかに重たい。できるなら断りたいが、せっかく作ってくれたわけだし……。


椅子に座った後、辺りを見回すと、あるものが無いことに気がついた。


「ところで、炊飯器がないけど」


テーブルの上には、ガスコンロと鍋のみが用意されている。さすがに紙皿とスプーンくらいは、あのカバンの中に入っているだろうけど……。


「わかってないなぁ若者!」


五十鈴さんが、これまた元気な声を出した。この人の中のカレー屋さん、どうなってるんだろう。


「いいかい?カレーはね、何もつけずに食べるのが一番。ご飯だのナンだの言ってる奴らはダメだね」


自慢げに語る五十鈴さんだったが、大多数のカレー屋を敵に回す、危険な発言だった。特にナンを否定するのはまずい。国レベルの争いが起きる可能性がある。


「じゃあ、なに。カレー、そのまま食べるの?」


「カレーは飲み物って言うだろう?」


「そういう意味じゃないよ、あれ」


と、五十鈴さんが、カバンから紙皿を二つ取り出した。そして、それぞれにカレーを注ぐ。ここから見る限りでは、おかしな点はない。疑ってるのがちょっと申し訳ない気もするが。


「さぁ、食べてくれ」


カレーの盛られた紙皿と、スプーンを受け取る。匂いは悪くない。普通に美味しそう。死んでいた食欲が、多少復活した。


早速、スプーンで、カレーを掬おうとした、まさにその時。


「待ちたまえよ」


坂下さんが、その動きを止めてきた。スプーンで人を指すのは、行儀が悪いからやめようね。


「君は本当に何もわかってないな。カレーだよ?カレー。食べ方ってものがあるだろう」


「……はぁ」


「見てなさい」


そう言うと、坂下さんは、スプーンの……普段なら、口に運ぶ部分を持ち、長細い持ち手の方で、カレーを紙皿の端へ寄せ……紙皿に口をつけ、勢いよく飲み込み始めた。


「あっちぃ!!!」


「バカなの?」


本当に、自然とその言葉が出た。坂下さんは、舌を出しながら、ヒーヒー言っている。


「あの、さ。ごめん。そろそろ聞くよ。これ、何属性なの?」


「カレー属性なのです」


「……」


「カレー属性なのです」


「いや、聞こえてるよ?」


「私も座りたいのです。ちょっと喜多川さん、席を譲るか、そこに四つん這いになって、私の椅子になってください」


「後者の場合、椅子が一つ余らない?」


さすがに外で四つん這いになるのは嫌すぎるので、俺はおとなしく席を立った。そこに、五十鈴さんが座り、ふぅ、と息を吐く。


舌を完璧に火傷した坂下さんは、とりあえず水を口に含んで、少しでも冷やそうとしている。


「で、なに。カレー属性って」


「カレーを白い服にこぼしちゃう女の子、いるじゃないですか。きゃー、シミ作っちゃった〜みたいな」


今のセリフ部分、絶望的に気持ちがこもってなくて、ちょっと面白かった。けど、わざわざ言うほどのことではないだろう。


「でも、それだと弱いと思ったのです」


「君たちはいつもそうなるよね」


「だから、色々考えて、ちょっとのスパイスを……カレーだけに、加えつつ」


五十鈴さんは、ここが笑いでころですよ!と言わんばかりに、話を一旦止めた。かわいそうなので、拍手をしておく。うん、満足そうだ。


話を続けてもらおう。


「最終的に、この形になりました。どうです?可愛いでしょう?」


「ちょっとツッコミが渋滞してるんだよ」


「お盆ですからね」


「休み気分なの?」


「喜多川くん。僕はベロが痛いから、今日は帰ることにするよ」


「勝手にしてください」


坂下さんは、荷物をまとめると、さっさと消えてしまった……。一体、どんな言い訳を、両親にするというのだろうか。


そして、入れ替わるようにして、見覚えのある人が、校舎から出てきた。


……生徒会長。


生徒会長は、俺たちに気がつくと、力強い足取りで、こちらに向かってきた。


「感心だな。朝練とは」


「そうなのです。日々の鍛錬が、婚活の助け」


「ところで、何で君たちは、カレーを作っているんだ?」


生徒会長の鼻が、ひくひくと動く。そして、カレーの方へ、自然と足が向かった。


「カレー属性なのです」


「なるほど、カレーをこぼした女の子のアレだな?」


理解が早すぎる。さすが遺伝子。


「実は私、お腹が空いててな、これを食べてもいいか?」


「えぇ、どうぞなのです」


「ありがとう」


生徒会長は、坂下さんが机の上に置いていったカレーを、一口食べた。


「うん。これはバーモントカレーだな」


「わかるんですか?」


「当たり前だ。私を誰だと思ってる?」


「生徒会長ですよね?」


「そうだ。だがそれだけではない」


あと、オタクでしたね。とは、言わない約束だ。


「私は、全日本高等学校生徒会長カレー大好きグランプリで、二年連続優勝しているのだよ」


「……へ〜」


何なんだこの国。全日本お嬢様グランプリとか……奇抜なコンテストが行われすぎている。


俺が困った顔をしていると、五十鈴さんが、俺の前に出るようにして、強めの拍手を送った。


「素晴らしいのです!だから、カレー属性についても、察しがついたのですね?」


声色をふわっと上げて、もはやうるさいレベルの太鼓持ちを始めた五十鈴さん。


「あぁ。カレーに精通している私だ。カレー属性にも当然詳しい」


そう言って、胸を張る生徒会長。当然なのか……?


「では、アドバイスをお願いできますか?」


「アドバイス、か……」


少し考える生徒会長。


「あっ。そうだ」


答えが出たらしい。


「カレーを食べる時、髪の毛を耳にかける仕草、あるだろう?効果的なんじゃないか?」


「なるほど……」


感心する五十鈴さん。しかし、ここで、俺は気がついてしまった。


……ラーメンでよくない?


ラーメン属性の方が、やりやすくない?


カレー属性ってなんだよ。


「あと、マイスプーンを持ち歩くとかな」


「マイスプーンですか。いいですね。女子力が高いと思われそうです」


思われねぇよ。太鼓の達人じゃないんだから。


「私くらいになると、食べきるまで水は飲まないとか……そういうこともするが」


「素晴らしいですね」


……なんか、盛り上がり出しちゃったんだけど。


言えない。この流れで、ラーメン属性でよくない?なんて。



二人の話はどんどん熱を帯びていく。五十鈴さんは、ノートさえ取り出し始めた。


反対に、カレーはおそらく、どんどん冷めていっていると思う。これ、誰が処理するんだろう。


「スパイスを香水みたいにかけちゃうってのはどうでしょうか!」


「いい!すごくいい!」


よくないでしょ。目を覚まして生徒会長。


……そろそろ、時間なんだけど。


盛り上がってるのに、水を差すのは悪いし、俺は帰るとしよう。


何だろう、朝練、毎回こんな感じで終わってる気がする。もう、俺いらないんじゃないかな本当に……。今度、休んでみよう。

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