番外編 朝練ですか?

妹属性ですか?

「やっぱり妹属性が最強なのです」


おはようを言う前に、五十鈴さんはそう言った。


「そうだね。僕もそう思うよ」


それに坂下さんが同意する。いつもの流れだ。


「……その前にさ、五十鈴さん」


「なんですか?」


「なんで部長の五十鈴さんが、毎回一番遅いわけ?」


五十鈴さんは、ぐぬぬっと、痛いところを突かれました。みたいな顔をした。


「それは……。その、あれなのです。ここ、校門から遠いじゃないですか。私、歩くのが遅いので……」


苦しい言い訳だった。


俺たちの朝練の場所は、教室ではできないので、中庭となっている。


……つまり、別に校門から遠いわけでもない。


次の言い訳を考えようと、おでこに手を当てて考えている五十鈴さんに、坂下さんが耳打ちをした。なるほど。と、小さな声を出し、了解する五十鈴さん。


「……ごめんね?お兄ちゃん」


……妹属性が、勝手に始まってしまった。


五十鈴さんは、唇尖らせて、あざとい表情を浮かべる。


「あのさ、二人とも。俺、妹がいるんだ。だから、妹属性で萌えることはないと思う」


「そんなこと言わないで、お兄ちゃん。お兄ちゃんの血液型、私と同じなんだよ?」


「だからどうした」


「えへへ〜!お兄ちゃん大好き!」


五十鈴さんが、急に抱きついてきた。力技だ。これ、行動としては、三十路の女性が、合コンでやるやつじゃないか……。そういう意味では婚活っぽいかも?


「あのさ、五十鈴さん。よくためらいなくそんな風に抱きつけるよね」


「だって、お兄ちゃんだもん!」


自分を鼓舞するかのように、一際大きい声で言い放つ五十鈴さん。


「坂下さん。これ、どうするつもり?」


「うーんそうだね。今流行りの、ティック何ちゃらに挙げようか」


「使い方違うよ」


「婚活に向けて、ここから捻りを加えてみよう」


「捻り?」


俺が尋ねた瞬間、急に五十鈴さんは、俺の太ももの内側に、自分の太ももの外側を引っ掛けて……。


一気に、技をかけ、俺の体を浮かび上がらせた。そして、浮かんだと思った体は、すぐに芝生の上へ叩きつけられる。


「……一本!」


「一本!じゃあないんだよ」


「捻りを加えてみたのです」


「そういう意味じゃないと思うんだけど」


五十鈴さんが、手を伸ばしてくれたので、それを頼りにして、立ち上がる。普通の床だったら、間違いなく激痛だったな。


「あのさ、五十鈴さん。本気で婚活に、投げ技が必要だと思った?」


「でも、いずれプロレスごっこは必要になるのです」


「急になんてこと言い出すわけ」


顔を赤らめることもなく、平然と言い放つ五十鈴さん。俺の方が恥ずかしい。


「……まぁ、僕の言い方が悪かった。五十鈴。少し変化を加えてみてほしいんだ。ただ甘々な妹属性だと、飽きられてしまうかもしれない」


「なるほど、わかりました」


「すぐやるよね」


さっきまでの寸劇なんてなかったかのように、再び属性を練り直す五十鈴さん。いつものように、少し目を閉じてから……開いた。


「お、お兄ちゃんのことなんて、全然これっぽっちも好きじゃないんだからね!」


めちゃくちゃシンプルな形の妹が出てきた。早速婚活に向かない発言だが、スルーしよう。


「お兄ちゃんなんて!この世の誰からも愛されない!」


「そこまで言う?」


「地球上の全ての生物が、お兄ちゃんを拒んでる!お兄ちゃんが生まれてきたせいで、地球温暖化は始まった!」


「俺、まだ十七歳なんだけど……」


「お兄ちゃんなんて、消えちゃえ!」


「ちょっとストップ」


完全に、サイコホラー系の妹キャラになってしまった五十鈴さんを落ち着かせる。


「すいません。これはさすがにやりすぎましたね。婚活には向きません」


「わかってくれて良かった」


「しかし、やはり妹属性、奥が深いですね」


「全然奥まで達してないけどね」


頷き合う二人だったが、深い浅い以前の問題だ。これはもう妹属性ではない。


「あのさ、そもそもなんで、妹属性が最強って結論に至ったわけ」


「よくぞ聞いてくれました」


ごほんっと、咳払いをする五十鈴さん。


「実はですね。先日、公園で、仲良くはしゃいでいる兄妹を見かけたのです。年齢は……兄が三十後半くらいでしょうか。妹はおそらく、それより十くらい下だと思うのです」


公園で仲良くはしゃいでいい年齢じゃないと思うけど……まぁいいか。気持ちよさそうに喋ってるし、邪魔するのも良くない。


「その二人は、互いのことを、お兄ちゃん!妹!と呼び合っていました」


「あんまり、妹!とは呼ばなくない?」


「そしてやがて、兄の方が、懐から万札を一枚取り出し、こう言ったのです。妹、これで遊んでおいで〜!と」


「どういう展開?」


「これを見て私は思いました。あぁ。妹儲かるな。と」


「話変わってんじゃん」


「まぁオチとしては、援助をして交際している人たちだったというわけですが」


「クソみたいなオチだね」


全て話し終えて、疲れたのか、五十鈴さんは深く息を吐いた。坂下さんが、お疲れ様とでも言うように、五十鈴さんの肩を揉む。


「で、何。儲かるから、妹属性を練習しようと?」


「婚活にも金がいるのです。資金のある女は単純にモテるはずなのですよ」


「そうかな……」


「ま、それは冗談なのです。それを差し置いても、妹属性は、年上の男性を引きつける何かがあると思うのですよ。それを研究する意味でも、やる価値があると思うのです」


「僕もそう思うな」


坂下さんが、首を縦に振り、同意する。今日、完全にただの首ふり人形になってるけど……。


「そもそもさ、俺が同い年なんだから、研究資料にならないと思うけど」


「それは確かに」


「ちょっと歳をとってもらえないかい?」


「何を言ってるの?」


「知り合いに、年上の男性はいないのですか?」


「父さんくらいだな」


「それはちょっと、本当の援助するやつになっちゃうので、勘弁してほしいのです」


慌てて手を振って、拒んでくる五十鈴さん。そんなことを言われても、普通、年上の知り合いなんて、身内以外にいるはずがない。


「……仕方ないね。ここは僕が、服を脱ごう」


「は?」


「間違えた。一肌脱ごう」


「そんな間違いあるか?」


坂下さんは、白衣を脱いで、制服姿になると、五十鈴さんに向き直った。


「……ごほんっ!やぁやぁ元気かな?諸君」


まさか……年上男性をやってるのか?


「わーい!お兄ちゃん!」


五十鈴さんが、坂下さんに抱きつく。これ、いよいよ俺いらなくないか?そろそろ人通りも多くなる時間帯だし、教室に行きたいんだけど……。


「お兄ちゃん。好きって十回言って?」


「好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き」


「じゃあここは?」


自分の顔を指差す五十鈴さん。


「……ほっぺ?」


「残念!あなたの大好きな美礼でした!」


「げー!間違えちゃったじゃないかぁ〜」


く、くだらなすぎる……。恥ずかしくないのかなこの人たち……。


見ていられなくなったので、俺はその場を後にする。


「じゃあ、次は、愛してるって三十回言って?」


「愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛し……」


だんだん遠くなる声を感じながら、俺は校舎の中に入って行った。このためだけに、朝早く起きている自分が、本当に情けなくなる。

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