尾行ですか?
あー!忘れてた!と、小町さんがでかい声を出したのは、昨日、土曜日の帰り際だった。
……なんと、あの店長、年に一回の、排水設備の点検の日を、すっかり忘れていたのである。
これにて、日曜日は、臨時休業となった。
そして、その情報は、当然ホームページに更新される。
つまりなにが言いたいかと言うと……。
「あー。姉貴、また勉強してるわ」
「勉強熱心なのです。さすが生徒会長」
俺は、ホームページをしっかり確認した五十鈴さんたちに連れられ、会長の尾行へ駆り出されていた。
まぁ、わかる。わかるよ。属性研究よりも、会長にハマるような属性を披露すれば?と、アドバイスを出したのは俺だから。それにしても尾行って……発想が古すぎる。
しかし、この人たちは乗り気らしい。そもそも尾行するなら、人数は少ない方がいいんじゃないか?と言ってみたが、多い方が楽しいじゃん!という、ギャルの、頭ポップコーン発言により、強制参加となった
言うことを聞かないと、コスプレしないぞ?と言われれば、俺はそれまでなのである。
「しかし、ファミレスで勉強とは、思ったより現代JK要素があるんだね」
ちゃっかり参加している坂下さん。どうやら家を抜け出してきたらしいが、どうなっても俺は知らないからな。
「姉貴、高校入ってから、部屋にも入れてくれなくなったからなぁ。ほとんど何してるかわかんないっつーか?」
頭をポリポリとかく神さん。
まぁ、それに加えて、神さんが生徒会に入らないときたもんだから、姉妹の関係は、そこそこに悪化しているんだろうな。
「何分くらい、勉強するんでしょうね」
「学年トップだからね。今は……午前八時か。多分、混雑を避けることも考えて、だいたい三時間くらいはやるんじゃないかな?」
「いや、姉貴、あんまそういうの気にしない。下手すれば、何十時間でもやってると思う」
「まぁ。最悪喜多川さんにここを任せて、私たちはボーリングなんかやりにいっちゃってもいいですけどね」
「バカなの?」
「冗談ですよ。ジョーダンアルメンゴノルベルトです」
五十鈴さんは、ニヤニヤしながら、俺を小馬鹿にしてきた。この人、そういう性格の悪さがあるんだよな。敬語のくせに。
「まぁしかし、ここで何時間も、会長を見張るのは、現実的じゃないのは確かだね」
俺たちが会長を見張っている場所は、反対側の道路の、案内看板である。そこから顔を少しだけ出して、様子を見ている状態だ。まぁ、バレることはないにしても、間が保たない。
「あれ?会長、席を立ちますね」
時間にして、十分くらいだろうか。コーヒーを飲みながら、英単語の手帳を読んでいた会長は、それをカバンにしまって、席を立った。これは予想外。
「おかしいな。ノート広げて、本格的にやりだすと思ったのに」
首をかしげる神さん。
「もしかして、最近、勉強での長居を禁止してるファミレスもあるから、あそこもそうなったんじゃないか?」
「なるほどね」
「僕もこの間、属性研究のために、作戦をパソコンへまとめていたら、追い出されたよ」
「同じレベルで語ったらダメじゃないか?」
「そうだったね。僕らのやっていることは高尚だ」
「そっちじゃないよ?」
誇らしげに胸を張る坂下さん。よくあの内容に、それだけの自信を持てるなぁと思う。井の中の蛙の方が、幸せな人生を送れるのかもしれない。
「まぁ、とりあえず追いかけないといけないね。ここからが尾行の醍醐味だ」
坂下さんが、白衣の袖を、腕まくりする。休日も白衣なのかよって部分は置いといて、この人、完全に尾行がしたいだけだな。
「姉貴、結構鋭いからなぁ。バレないようにしないと。昔、膝カックンしようとしたら、その前に気づかれて、喉仏を思いっきり殴られたことあるし」
「何その怖いエピソード」
そりゃあ、関係悪化するわ。
ファミレスを出て、まっすぐ歩いていく生徒会長を、バレない程度の速さで、物陰に隠れながら、追いかけていく俺たち四人。尾行していると思えない人数の描写。
「あの、私、トイレに行きたくなってきました」
「……えぇ」
「五十鈴。オムツは履いてこなかったのか?」
「さすがにそういう属性は……」
「いや、そうじゃないんだが」
珍しい。坂下さんのツッコミが入った。この人、トイレ近いな……。部活やってる時も、しょっちゅう行くし。田舎で一時間に来るバスの量よりも、回数が多いかもしれない。
「こんな話を知ってますか?トイレの近い女は、婚期も近い」
人差し指を立て、自慢げに言う五十鈴さん。
「それ、独身のおばあちゃんはどうなるわけ?」
「この格言には賞味期限があるのです」
「おばあちゃんに謝れよ」
進んで行く俺たちだったが、ついに五十鈴さんは足を止めてしまった。どうやら、結構キているらしい。
はぁ……と、神さんがため息をついた。
「わーったわーった。じゃあ、五十鈴は後で合流ね。出し終わったら連絡して?」
「いくら属性でもさ、あんまり、そういうこと女の子が言わないでくれない?」
一応、そこそこに人がいる通りな訳で。ギャルと、白衣を着た女の子。まぁまぁ目を引いている。
「わかりました。ちゃんと出しきるのです」
「大会直前みたいな言い方するな」
五十鈴さんは、モジモジしながら、百貨店に走っていった。
「よし、尾行再開だ」
先頭を行く坂下さん。楽しそうだ。
「生徒会長、どこに向かってるんだろうな」
「あたしの予想だと……。どうせ、本屋とかだと思う」
「まぁ、いかにもって感じだよな」
「文房具屋かもしれない」
「本屋で買えるっしょ?」
「さすが生徒会長の妹……恐れ入ったよ」
坂下さんが、こやつやりおる……みたいな顔で、神さんを見た。正直、そんなに持ち上げるほどのことではない。言われた神さんも、苦笑いだった。
「確かに、この道をまっすぐ行くと、本屋があるね。僕はよくあそこで、漫画雑誌を買うんだよ」
「生徒会長は、参考書とかだろうな」
「いや、姉貴は参考書なんて買わないよ?読まなくてもわかるっていってたから、問題集くらいじゃないかな」
「ふ、ふ〜ん……。まぁ僕も、漫画雑誌読まずに、いきなり知らない作品のコミックを買うことあるけどね?」
張り合おうとしたらしいが、見事に失敗に終わってしまった坂下さん。かわいそう。
「喜多川くん。君はどうなんだ?本屋には行くのかい?」
「いや、行かないよ」
「ふっ。雑魚め」
「は?」
坂下さんは、小さくガッツポーズをした。どうしよう、この人、めちゃくちゃ人間が小さい……。
「あっ。姉貴曲がった」
神さんの声を聞いて、すぐに前を向く。さっきまでいたはずの生徒会長は、そこにいなかった。つまり、目的地は本屋ではなかったのだろう。
「あそこ曲がると……。あれっ。生徒会長が行くようなところ、あったっけ」
「思い当たらないな。むしろ、逆のものばかりだと思う。ゲームセンターとかね」
「姉貴、そういうのとは縁がないからなぁ」
「とりあえず、早めに追いつかないと、見失うかもな」
俺たち三人は、早足で信号を渡り、先ほどまでの生徒会長が歩いていた道へ。そして、生徒会長が曲がった角から、ちょっと顔だけ出す。少し遠くに、姿が見えた。
「あっ、中に入って行くぞ」
「あそこは……?」
道を進んでいき、生徒会長が入っていった店の前まで着いた。
ここは……。
「……あ、アニメイトだ」
「……」
神さんが、信じられないといった様子で、口を開け、固まってしまった。俺も正直、めちゃくちゃ驚いている。あの硬派な生徒会長が、まさか……。
「た、確かに、属性においてのギャップというのは、僕たちも理解していたはずだが……。まさか、現実で?」
坂下さんも、口に手を当てて、驚きを示している。
「と、とりあえず中に入らん?」
属性モードが切れてしまった神さんが、震える人差し指で、なんとか店を指した。
俺たちは、無言で頷く。そして、ゆっくりと、足を踏み入れて行った……。
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