お勉強ですか?

「まぁ、そうなるよね」


場所は、我がバイト先、コスプレ喫茶。


正直、土日は忙しいので、他ごとをしている暇はないんだけれども……。


「あたしアイスココアで」


「私はミルクコーラをお願いします」


「私はオレンジジュースね〜」


「小町さんは働いてくださいよ」


「は〜い」


二人に混じって席に座っていた小町さんを、仕事に戻らせる。


結局、訓練ということで、二人は店内に訪れた。客として、うちの店員を見ることで、属性について学ぶのだという。


……まぁ、変に独自の研究とかされるより、こっちの方が、効率がいいのは確かだ。


「そういえばさ、すごい今更なんだけど、昨日から坂下さんがいないよね?」


「坂下さんは、昨日はシンプルに補修なのです。あと、家が割と厳しいので、補修の罰として、土日は外出禁止を言い渡されているのですよ」


「へー」


割と部活の危機なのに、かわいそうだな。まぁ、いてもいなくてもあんまり変わらないしいいんだけど。


「ごきげんようですわ!」


斎藤さんが、挨拶をしに来た。働いて日が浅いが、自分の役割をしっかりこなしてくれている。こういう姿勢を、ぜひ二人にも見習ってほしい。


「ごきげんようなのです」


「うっす」


「えっと……。そちらの方は、初めましてですわね。私は、斎藤マクマホーンと申しますわ」


相変わらず、丁寧にお辞儀をしてくれる斎藤さん。それに対し、人前でシャイを隠すため、ギャルを演じている神さんは、手をサッと挙げる。


「あたしは、神麗花。よろしくね」


「お嬢様!お客様がお呼びです!」


黒田さんが、遠くから斎藤さんを呼んだ。斎藤さんは、返事をしたあと、慌ててそちらへ向かう。もうすっかり人気者だな……。


「……なるほど、あれがお嬢様属性」


「ここは本当に勉強になるのです」


うんうんと頷く五十鈴さん。


「あの、さ。二人とも、属性研究はいいけど……。どうやって、その成果を、生徒会長に見せるつもりなの?」


「為せば成るのです」


「ノープランかよ……」


しかし、五十鈴さんは自信たっぷりの様子だった。


「あの、喜多川さん……。いつまで駄弁ってるんですか?注文溜まってますよ」


後ろから、俺の最も恐れる人物の声が聞こえた。


「ごめんね陽子ちゃん。すぐ戻るから」


俺は振り返らずに答える。二人の視線が、俺の後ろで、おそらく仁王立ちをしているであろう人物に注がれた。


「この子は、平野陽子ちゃん。学年は一年生だけど、この店で一番しっかりしてる女の子」


「なるほど。確かに、キビキビ動いているのです。バイト後輩属性の研究材料として、かなり優秀なのですよ」


「……そうかな」


五十鈴さんは、神さんの方を見た。否定されると思っていたなかったのだろう。それに答えるようにして、神さんも五十鈴さんの方に顔を向ける。


「いや、この子はアレっしょ。素直になれない後輩属性」


「なるほど。確かに、バイト属性は仮の姿なのですか」


「……あの、喜多川さん。この人たちは何を?」


陽子ちゃんが、俺の前に姿を現した。それはつまり、二人の座るテーブルに、接近したということ。まずい。陽子ちゃん、何か言う気だ。


「あのですね……、今、喜多川さんは仕事中です。お友達なのは、わかりますけど、邪魔をしないでください」


「ふっ、貧乳だから心が狭いのです」


五十鈴さんは、見下したように言い放った。が、五十鈴さんも貧乳であるのが悲しい事実。隣にいる神さんが言うならまだしも……。


「まっ、素直になれない後輩属性って、貧乳多いしね。ウケる」


「な、なんなんですか、あなたたち」


「ま〜そんな怒らないでくんない?あたしたち、ここで見てるだけだからさ。ただの客だよ?」


「それは……」


陽子ちゃんは、負けを認めたようにして、テーブルから一歩引く。そして、俺の方に向き直ると、強めに俺のお腹を叩いた。ズッシリとした感覚が、お腹に沈んでいく。


「……ほどほどにしてくださいね。忙しいんですから」


そして、去っていった。俺は、ふぅと息を吐く。


五十鈴さんが、少し心配そうな顔をしていた。


「喜多川さん、立場弱いんですね」


「陽子ちゃんは、誰にでもああなんだよ」


「ふーん」


神さんの視線は、仕事に戻った陽子ちゃんへ向いている。何か、気になることでもあるのだろうか。


「あの、喜多川さん。私、お腹がぺこりんちょです」


五十鈴さんは、自分のお腹をさすりながら言った。


時間的には、正午を回ったあたり。この時間帯のお客さんは、しっかりと食事を取る人も多い。つまり……忙しさがさらに加速していくので、ここであまり話していると、陽子ちゃんだけでなく、他の店員にも怒られてしまう。


「じゃあ、飲み物だけじゃなくて、何か、食べるものも注文しなよ。俺もそろそろ、ここで喋ってるわけにはいかなくなるし」


俺がそういうと、二人は同時に、メニューを見始めた。


「じゃあ、私はこの、ラブラブパスタで」


「あたしは……、じゃあ、ラッキーオムレツ」


「かしこまりました」


「かしこまられました」


聞いたことないタイプの返答を受けて、俺はキッチンに向かう。注文が貼られた紙の並ぶボードに、今とった注文の紙を貼り付けた。


そして、再び二人の元へ。この店は、メニューを頼んだ後、何人かの女の子と、コミュニケーションが取れるシステムなのだ。まぁ、メイド喫茶のようなものである。


「二人とも、どの女の子と会話したい?」


「どーせなら、研究に向いてるような子に、ついてもらいたいですね……」


「それだと……、あの子は、今日ナース服を着せてみた。ナースの包容力は、婚活に参考になるんじゃないか?」


「ナース属性は、もうやったのです。研究済みなのですよ」


「あれで?」


俺の覚えている限りだと、ただの医療ミス連発ナースだった気がするんだけど……。


「おねえちゃ……、姉貴を納得させるなら、派手な属性の方がよくない?」


今お姉ちゃんと言いかけた気がするが、まぁスルーしておこう。こんな人っ気のあるところで、シャイモードに戻られても面倒だ。


「う〜ん。それなら、やんちゃ女子もいるぞ。金髪ロン毛のウィッグを被ったあの子だ」


「婚活には向かなそうなのです……」


確かにその通りだった。が、五十鈴さんに言われると、なんだか釈然としない。


「……あのさ、会長が好きそうな属性やれば、食いつくんじゃないか?」


「好きそうな属性?」


神さんが、顎に手を当てて考えるポーズをとる。とは言っても、頬杖を少しづらしただけだが。


「いやぁ。思い浮かばないわ。姉貴、あたしに趣味の話とかしないからね。隠してやがる」


「まぁ、あれだけ威圧感のある、いかにもな生徒会長なのです。どーせ盆栽とかじゃないですか?」


「それは馬鹿にしすぎだろ」


五十鈴さんは、下をペロッと出して、てへっと笑う。今時それやる女の子いるんだな。属性研究のせいだと思うけど。


「じゃあ、それに関しては、神さんに任せたほうがいいな。明日また、どーせこの店に来るんだろ?その時、多少は会長の好みが分かっていたほうが、俺もコスプレさせやすいし」


ちょっと、普段の俺のコスプレスタイルとは違うが、このギャルを、俺好みにコスプレさせられる権利がかかっているので、手段は選ばない。


「あたしかぁ……」


神さんは、ぐだーっと、机に伏せてしまった。


「じゃあ、とりあえず今日は、陽子ちゃんをお願いするのです」


「えっ、陽子ちゃん?なんで?」


「今日の陽子ちゃん、あれはおそらく、キャビンアテンダントのコスプレですよね?」


「まぁうん。そうだけど」


本人が、今日、締まった感じの服装はないかと聞いてきたので、その凛々しい表情に合うように、俺がチョイスした。我ながら、よく似合っている。今日も朝から大人気で、指名も多い。


「キャビンアテンダントは、モテると聞いたのです。婚活にはうってつけ」


「うんまぁ……うん」


飛行機に乗らない、ただのキャビンアテンダント属性が、私生活でモテるとは思えないが、それは黙っておこう。


「陽子ちゃんだと、忙しそうだから、ちょっと待つと思うけど、いいかな」


「その間に、私は坂下さんと連絡を取るのです。さすがにこの状況を伝えておかないと、拗ねそうですからね」


五十鈴さんはスマホを取り出し、メールを打ち始めた。ていうか、まだ連絡してなかったのか……。


「喜多川。陽子ちゃんさ、なんであたしが、素直になれない後輩属性ってわかったか、気にならない?」


「まぁ、多少は」


神さんには、属性を即座に言い当てる特技があるが、陽子ちゃんは、五十鈴さんもいう通り、万能な後輩バイトという印象しかない。もちろん、素直ではないことは確かだが、それを属性というのは大げさな気もする……。


「……あの子さ、多分、あんたのこと好きだよ」


「……えっ」


陽子ちゃんが、俺のことを……?


いや、まさかなぁ。あんだけ普段、俺に対してプリプリしているのに。それを神さんは知らないから、そんなことを言えるのだろう。


「ま、信頼はされてるかもだけどね」


「そんなんじゃないって。かなり高いレベルで、好きだよこれ。下手したら、かなり長い期間……」


「いや、俺と陽子ちゃんが出会ったのは、去年だし……。それに、神さんができるのは、属性を言い当てることであって、人の恋の相手を当てることではないでしょ?」


「そうだよ。でもさぁ。素直になれない後輩ちゃんだよ?そりゃあ恋してんに決まってんじゃん」


当たり前のように言い放つ神さん。そんなことを言われても、俺自身がそういう話題に疎いので、賛成も反対もできない。


「あっ、坂下さんから電話がかかってきたのです。ちょっと出てくるのですよ」


そう言って、五十鈴さんは、店を飛び出して行った。その様子を見た陽子ちゃんが、こちらに向かってくる。


「……騒がしいですね」


「電話がかかってきたみたいだよ。あの、陽子ちゃん。二人は陽子ちゃんを指名したいみたいだから、今の予約が全部終わったら、こっち来てくれる?」


「まぁ、お仕事ですからね」


あんな態度をとった手前、やや不本意そうな陽子ちゃんだったが、そこはやはり真面目なバイトだった。


……神さんが、ニヤニヤとしている。それに気づいた陽子ちゃんが、軽く神さんを睨んだ。


「あの、私何か面白いこと言いました?」


「いや、あはは。あんたさ、本当に喜多川のこと好きなんだね」


一瞬、陽子ちゃんの動きが止まる。ピタッと、まるで魔法でもかけられたように。表情は真顔だ。


「……いや、何を言ってるんですか?」


そして、動き出した陽子ちゃんは、心の底から、本当に何言ってんのこの人、と思っているに違いない態度だった。普段の陽子ちゃんなら、からかうと、過剰に反応したり、プリプリしたりするのに……。


それはつまり、それだけ的外れな発言だったということだろう。


「え〜。あたし、ミスった?」


「ミスった?じゃないんだよ。なんで俺、間接的にフラれてんの?」


「あの……私、戻りますから。あんまり騒がないでくださいね」


神さんではなく、俺の方を見て、強めの声色でそう言った。思わず背筋を伸ばしてしまう。


「……神さん」


「いや〜なに?ミスることもあるじゃん」


「めちゃくちゃしっかり開き直ってきたな」


全く反省の色が見えない。


……五十鈴さんが、駆け足で戻ってきた。


「坂下さん、結局勉強せずに、ゲームやりながら、ポテトチップスを食べているらしいです」


「そっちも反省の色が見えないな……」


「そっちも?」


「いや、こっちの話だ」


俺は、大きめに息を吐いて、仕事に戻った。

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