生徒会ですか?
お久しぶりですか?
「たりぃ〜」
……うわ、久しぶりに見た。
俺の席に座って、頬杖をついている女性。日にち的には数日だが、実際はもっと会ってないように思えるギャル。
神麗花さん。婚活部のエース。
「あの、久しぶりだね。神さん」
「さしぶり〜」
手をサッと挙げ、軽く挨拶を返す神さん。さしぶりってなんだ。某カマタレントみたいだな。
「えっと、何か用かな?」
「何か?いや、あたし、婚活部のメンバーだよ?そりゃあ来るっしょ」
「うんまぁ、うん」
今こうしている神さんも、実は無理をしているのだということを、俺は知ってしまっている。本来の神さんは、名古屋弁全開の、シャイな女の子なのだ。
……特に、男性に対しての免疫は、酷いものらしい。五十鈴さんが、基本俺と会わないようにすると言っていたはずなのになぁ。
「……えっと、そこは、俺の席なんだけどな」
「隣座ればよくない?つーか話そ?ラインやってる?」
「ナンパ男みたいになってるよ?」
とりあえず、促されるまま、隣の席に座る。
と、同時に、相変わらず都合よく、五十鈴さんが入ってきた。というか、このタイミングで来てくれないと、ほんとうに会話がなくなりそうだったので、助かったのが本音。
五十鈴さんは、俺たち二人の前の席に座ると、ふぅ、と息をついた。
そして、半目で、やや不敵な笑みを浮かべながら、俺の方を向く。
「……やぁ、ごきげんよう?」
どうやら、何かの属性を実践しているらしい。
この挨拶で、婚活に向いてそうな属性なんて、全く思い当たらないけど……。
「今日はね、こんなものを用意しているんだ」
五十鈴さんがカバンから取り出したのは、ペットボトルに入った、やや薄めの赤い飲み物。
それを見た神さんが、パンっと手を叩いた。
「わかった。マスター属性っしょ?」
「よくわかったね。そうさ、今日の私は、このバーのマスターだよ」
いや本当に、よくわかったね。だよ。
五十鈴さんは立ち上がり、俺たちを見下ろすようにして、薄い笑顔を浮かべた。
「あの、五十鈴さん。その赤いの何?」
「ワインだよ」
「いや、俺たち未成年だから」
「あんたわかんないの?あれはトマトジュース。ワインに見せてるだけ」
髪の毛をくるくるしながら、やや強めの口調で、神さんに怒られてしまった。五十鈴さんは、軽くリズムを刻みながら、ペットボトルを振っている。
……あれ?トマトジュースかどうかって、そんなに簡単に見極められるもの?俺が至ってないだけ?
「そもそもマスターってさ、男の人のイメージがあるよ?」
「そうかな?まぁ、オーナーと呼んでくれてもいいよ」
「五十鈴さんって呼ぶよ」
五十鈴さんは、ペットボトルを振るのをやめて、机に置く。カバンから、今度は……マグカップを取り出した。
「えっ……グラスじゃないの?」
「グラスは割れるからね。これなら落としても安全だ。試してみるかい?」
そう言って、五十鈴さんは、マグカップを床に落とした。コツンっと、鈍い音がして、コップが床に転がる。
……取っ手の部分が、折れた。
「……五十鈴さん」
「と、いうわけで、今日の属性研究は終わりなのです」
「急に萎えないでもらえる?」
五十鈴さんは、死んだ顔でトマトジュースをカバンにしまうと、二つに別れてしまったマグカップを、素早い動きで拾い上げ、これまたカバンにしまい込んだ。この人、なかったことにしようとしてる。
「え〜。やんないの?マスター属性」
神さんが、口を尖らせて抗議をする。五十鈴さんは、人差し指を自分の口に当て、シッ!と威嚇した。
「五十鈴さん、なんで今日は、神さんを呼んだんだ?」
「よくぞ聞いてくれたのです」
話題が変わった嬉しさからか、少しステップを踏んで、ニコニコする五十鈴さん。
「神ちゃん。生徒会長が、今日ここに来るのです」
「……は?」
神さんの目が泳ぐ。なるほど?こんな見た目してるし、そりゃあ生徒会にも目をつけられるよなぁ……。
「な、なんで。ウチ別に、悪いことしとらんし?」
かなり動揺しているらしく、素の状態に戻っている。正直こっちの方が可愛いので、このままでいてほしい。
「無駄なのです。生徒会長に逆らうと、部の存続が怪しくなる。ここは、仲間を売ってでも、場を乗り切らねばならないのです」
「……」
神さんは、俯いてしまった。
「そんなに怖いのか?生徒会長って」
喋ったことは一度もない。式のたびに挨拶をしている姿くらいしか、俺は知らないので、性格は知らないのだ。
「まぁ、待っていればわかるのです。時間としては……、あっ、もうそろそろのはずなのですよ」
神さんが、体を固くして、動かなくなってしまった。本人に心当たりがない以上、確かに怖いだろう。
そんな風にして待っていると、ドアが開いた。
現れたのは、典型的な生徒会長のスタイルの女の子。黒髪ロング、メガネ、高身長……、そして、女の子を象徴する各所は、なかなか魅力的に育っている。
名前は……正直、知らない。
「失礼する。麗花はいるかな?」
「そこで石像の真似をしてます」
五十鈴さんは、ためらいなく神さんを指差す。下の名前で呼ぶほど、関係が長いのだろうか。悪い意味で。
石像になった神さんへ、ゆっくりと近づいていく生徒会長。
「麗花」
「……」
「無視か?おい。おいこら」
生徒会長は、人差し指で、ツンツンと神さんのほっぺをつついている。神さんは、やや顔を歪めると、ゆっくり生徒会長の方へ顔を向けた。
「……なんなの」
「例の件、忘れてないだろうな?」
「忘れとらんって。家でも何回も言っとるが」
……家でも?
生徒会長、家にまで説教しに行くのか?
「あの、生徒会長。私、婚活部の五十鈴と申します」
五十鈴さんが、見たことないくらい丁寧なお辞儀を見せた。それでも、普段やらないせいで、ちょっと頭を下げすぎな気もするが、まぁ気持ちは伝わるだろう。
「知ってるよ」
「あっ、ご存知ですか……。えっと、今後とも婚活部をよろしくお願いします」
「今後とも?」
生徒会長は、首をかしげる。
「いや……婚活部は、今日で廃部かもしれないぞ?」
「……はい?」
五十鈴さんが、キョトンとしている。生徒会長の顔を見る限り、嘘ではないらしい。そもそも冗談を言うような人にも見えないし。
「えっと、生徒会長?どうして……」
「なんだ麗花。話してないのか?」
「話とらんわ。ウチ、反対だし」
「そうはいかない。約束だったはずだ」
「あの、話が見えないんですけど……」
思わず俺は、口を挟んでしまった。生徒会長が、こちらを向く。目が合うと、圧倒されるような雰囲気があった。
「麗花とは、ある約束をしていた。高校では、生徒会に入るようにと。もし、この約束を破り、部活動を選択するようなことがあれば……。私は、その部活の存続についても、考えなければならない。……とね」
「えー!!!!」
「うるさい」
五十鈴さんが、派手なリアクションを取ったので、俺は口を塞いだ。もごもごとする五十鈴さんはこのままにして、ここは俺が話を聞こう。
「えっと、もう六月も終わりますけど……。なんで今更になって?」
「部活動総会は、六月の最終登校日に行われるんだ。つまり、それが今日。今日話し合いをして、なくなってしまうような部活動もある。その候補が、この、婚活部なんだ」
生徒会長は、腕組みをしている。その意思は強そうだ。おそらく、ちょっとやそっとの話し合いで、解決する問題ではないだろう。
「ウチはそんなん許さんでね。なんでもあんたの勝手にはさせん」
そして、神さんも腕組みをする。二人は向き合うようにして、睨み合い始めた。
「……だから、そうならないように、麗花が生徒会に入ればいいんだ。何も私は、無理やりここを潰したいと思っているわけじゃない」
「あの、どうしてそんなに、生徒会長は、神さんを、生徒会に入れたいんですか?」
少なくとも、そんなに社交性があるような性格ではなさそうだし、見た目も生徒会向きとは思えない。
「もごもごもご」
五十鈴さんが、何か喋り出さそうだったので、手を離す。ぷはぁっと息を吐いて、少しこちらを睨んできた。
「……神ちゃんは、生徒会長の妹なのです」
「……えっ」
俺は、睨み合っている二人を、交互に見比べる。確かに、胸のでかさとか、胸のでかさとか、胸のでかさが、似ているような気もするが……。
「君、私の名前を知らないのか?」
「すいません」
はぁ……とため息をつく生徒会長。
「私は、神風香だ」
「その……」
「あぁわかってるよ。似てないなと言いたいんだろう?」
バレてしまった。金髪と黒髪。内気な名古屋弁の女の子と、強気な生徒会長。似てないというか、真逆である。
「麗花は、私に反抗するようにして、育ってきたんだ。まぁ、ライバルみたいなものだな」
「勝手に良いように言わんといて。ウチはあんたと競いたくない。もうほっといてくれん?」
「……約束は、そう簡単に破って良いものじゃない。わかるだろ?」
再び睨み合う二人。俺は、五十鈴さんの背中を、軽く押した。ここはなんとかしてくれ。
五十鈴さんは、俺の方に嫌そうな顔を向けてくる。が、やがて諦めたようにして、俺の前に出た。
「……じゃあ、生徒会長。婚活部が、生徒会よりも、神ちゃんにとって有益だと分かれば、この話は無しにしてもらえますか?」
「それはもちろんだ。そんなことがあればの話だがな」
意外と物分かりのいい人らしい。まぁ、生徒会としても、理由無しに部活を潰すなんてことをしたら、批判を受けることはわかっているだろうしな……。パワハラとかにうるさい社会だし……。
「そもそもだね。婚活部は、活動内容が不透明すぎるんだ。私と麗花のことがなくても、どのみち部活動総会で、廃部になってしまう可能性も高い」
五十鈴さんは、悲しそうな顔をした。いや、でも正直、生徒会長の言っていることは正しい。一年間、婚活に向けて、全く進歩のなかった三人だ。まぁ主に二人のせいだが。
「……ちょうど今日は、金曜日だ。二日、時間をあげよう。総会ではとりあえず保留にして、休日明け、婚活部だけ、個別の審査を行う。その時に、活動内容がまともなら、婚活部は存続だ。さらに、麗花にとって有益だと分かれば、麗花も婚活部に残っていい。しかし、生徒会の方が優れていると分かれば……その時は、悪いが、引き抜かせてもらうよ」
「だから、ウチは引き抜きは嫌って言っとるが」
「それなら、仕方ない。婚活部は……」
「あーストップ!ストップなのです」
五十鈴さんが、二人の間に割って入った。
「大丈夫なのです。私を信じてください。必ず、婚活部の素晴らしさをお届けするのですよ」
ドヤ顔で、生徒会長に向けて言い放った五十鈴さん。一体その自身はどこからくるのだろうか。
「……見したるわ。うちの本気を。生徒会なんて、絶対いや!ダサい!くさそう!ネチネチしてそう!」
「そ、そこまで言わなくてもいいだろう……」
やや俯いて、悲しそうな顔をする生徒会長。
……なんだろう、俺、生徒会長の味方になりたくなってきちゃった。
そもそも、神さんがいると、俺も活動しづらいし……いないならいないで……。
と、思っていたところ、心を見透かされたのか、神さんが、こちらを睨んでいた。
「あんた、コスプレ好きなんでしょ?」
「えっ、まぁうん」
「……お姉ちゃんを説得できたら、ウチに好きな服着せていいわ。だから、本気出して」
やや顔を赤らめながら、神さんは言う。
……そういうことなら、話は別だ。
「約束だよ?神さん」
「……また約束」
「じゃあ、そういうことだ。楽しみに待ってるよ」
生徒会長は、爽やかな香りをまといながら、教室を去っていった。五十鈴さんが、大きく息を吐く。
「はぁ〜。面倒なことになったのです」
「……ごめん。ウチ、五十鈴に言っとらんかった」
「いやまぁ。正直、こんな乳のでかい美女が、わざわざ人気のない婚活部に入ってくれた時点で、事情はあるだろうなと思っていたのです」
「婚活部なら、普段からまともに活動しとらんし、入っとってもバレんかなぁ〜って思っとったんだけど、甘かったわ」
「めちゃくちゃ失礼なこと言われたのです」
五十鈴さんは不満そうな顔をする。まぁでも、この時期でよかった。これが、四月に総会なんてあろうもんなら、多分潰れてただろうし。
「……ほんで、じゃあ、明日、どこに集まる?」
神さんは、当たり前のように言った。
「いやごめん。俺、バイトだからさ」
「……待てよ?バイト?」
五十鈴さんが、何か閃いた様子。嫌な予感がする。
「神ちゃん。いいアイデアがあるのです」
「なにぃ」
そのアイデアの内容は、大方予測がついてしまう。
……厄介なことになりそうだ。
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