勝負ですか?そのに

「じゃあ、まずは、俺のコスプレから見てもらおうかな」


このために、簡易カーテンを用意した。カーテンの向こう側に、斎藤さんがいる。俺の方からは見えているが、審査員の二人からは見えていない。ちなみに黒田さんは、まだ選んでいる。無言で、真剣な顔をしていた。実際は俺も、黒田さんも、ただの変態なわけだけど。


「楽しみですね。普段から私たちのことを見下し、排水溝に詰まった髪の毛程度にしか思っていない喜多川さんが、どんなコーディネートを披露してくれるのか」


「嘘言うのやめてくれる?」


斎藤さんが、不安そうな顔で俺を見てるから。俺はその不安を払拭するように、斎藤さんへ微笑みかける。


「まぁ、お手並み拝見だね」


坂下さんの発言は、なんとなくムカついたが、スルーしよう。


俺はカーテンの横に立ち、端っこを持つ。いよいよだ。


「じゃあいいかな」


「いつでもいいですよ」


「僕も」


「よし。じゃあ、お披露目〜」


カーテンをゆっくりと開く。二人の前に、俺のコーディネートした斎藤さんが現れた。


……ウェディングドレスから着想を得た。結婚後の風景。何気ない日常。お嬢様という、ある種の呪縛から解放された姿。


そう、シンプルに、俺は、白いTシャツと、ジーンズを合わせた。一見、街中にいる、やや活発な女性を思わせるような、気取らない、飾らない、おしゃれという意識からは外れた服装。


そしてそこに、キャップを被らせている。赤いキャップ。それは失敗すれば、ただの子供にしか見えないが、斎藤さんという、溢れんばかりのポテンシャルを持った女性が被ることで、一つのおしゃれになっている。


斎藤さんを見た二人は、同時にお互いの顔を見合わせると、少しして、ゆっくりと拍手を送り始めた。


……よしっ。感触は良かったらしい。


「意外でした。やや幼さのある服装ですが、斎藤さんであるからこそ、映えますね」


「完敗だよ。僕の予想を超えてきた」


正当に評価する五十鈴さんに対し、やはり上から目線な坂下さんには、またしてもムカッときた。が、褒められているので、良しとしよう。


「あの、私、あまりこの服装はしたことありませんわ……大丈夫ですの?」


斎藤さんは不安げな様子だった。が、あの二人の反応を見る限り、その心配は不要に思える。


「いや、斎藤さん。容姿が優れている女の子はね、服の方が合わせにくるもんなんだよ」


「磁石みたいなものですの?」


「そうそう」


全然違うけど。


「うん……。この服装で、お嬢様属性だと、たまらないのです。勉強になります」


五十鈴さんは、メモを取っている。が、残念ながら、これは斎藤さんの容姿でしか、出来ようがない。


「タイトルをつけるなら……、お嬢様の休日。とかかな?」


「いや違うな。今日はお嬢様禁止!だ」


「さすが変態ですね」


五十鈴さんは呆れたような顔をしていたが、変わらずメモは取っている。参考になっているなら良かった。


「ちょっと、審査項目として、演技が欲しいのです。斎藤さんと、喜多川さんが、デートをしているシーンをやってもらっていいですか?」


「で、デートですの?」


斎藤さんは顔を赤くして、俺の方をチラチラと見てくる。俺も照れて、少し俯いてしまった。


「いきなりすぎないか?」


「人生は出会いと別れなのです」


「その格言全然あてはまってなくない?」


「演技はかなり重要だよ?そこにあるエピソードが、服装をまた違った見え方に変えるんだ」


ドヤ顔で語る坂下さん。……やるしかなさそうだ。勝つためには。


俺は斎藤さんの横に行く。そして、少しだけ距離を詰めた。手を少し、斎藤さんの方へ動かせば、触れてしまうほどの距離。


「あの、喜多川様。私、興奮してますわ」


「緊張してくれない?」


「緊張、ですの?でしたら、手に人という字を……」


「あぁごめんやらなくていい」


普通に手を舐めようとした斎藤さんを止めた。が……それはつまり、手と手が重なるということになる。ギャラリー二人が、おぉ〜という声を上げた。


「大胆なのです」


「さぁ演技スタートだよ?二人とも」


どうしよう。こうなってしまった以上は、やるしかなさそうだ。思い出せ、小学校の時のお披露目会を。村人Aを演じた時の気持ちを……。


「斎藤さん、今日は、お嬢様語、禁止だからね?」


「……」


斎藤さんは、照れながらも、俺の方をじっと見つめている。自分なりに、協力しようとしてくれているのだろう。


「……」


「斎藤さん?」


「……」


……あっ、そうか。


斎藤さん、お嬢様語しか、喋れないんだ。


「斎藤さん、どうしたのですか?早く、ホテルにGOだのなんだの言うのです」


「あんまり女の子言わないだろそのセリフ」


「こらっ。演技に集中したまえよ喜多川くん」


「とは言ってもな、斎藤さん、お嬢様語しか喋れないんだよ」


斎藤さんは二人の方を見て、うんうんと頷く。


「……それならば、その性質を知っていたくせに、わざわざお嬢様でない斎藤さんを作り上げたコーディネートは、評価を下げることになりますよ」


「なっ……」


確かにその通りだった。素材と、ストーリーに気を取られて、当の本人の能力を計り損ねたのは、大きなミスである。大会なら間違いなく予選落ちだ。大会とかないけど。


握ったままの斎藤さんの手に、力がこもるのがわかる。多分、俺のミスをカバーしようとして、何か言葉を捻り出そうとしているのだろう。


「み……」


やがて、口を開いた斎藤さん。


「みすたー、ちるどれん……」


……ダメだった。


「逆になぜ、Mr.Childrenを知っているんですか?」


「黒田がよく聴いていますの。だから、Mr.Childrenの歌詞に出てくる言葉なら、いくらでも出せますわ」


「うん。でも、JASRACに怒られそうだし、やめよっか」


「すいません、私、力になれなくて……」


斎藤さんは、ぺこりとお辞儀をしたあと、繋がれたままの手に、視線を向けた。俺は慌てて、その手を離す。


「……これは、負けたかもなぁ」


「まだわからないのですよ。諦めたらそこで、試合終了だって、キャプテン翼でも言ってたじゃないですか」


「作品が違うよ」


「まぁ、正直僕らとしては、喜多川くんが負けてくれた方が、婚活部での時間が増えそうだし、いいかなと思うけどね」


「いや、別に、朝ここに寄るだけだし、時間は増えないと思うよ?」


「よくぞ聞いてくれましたね」


「何も聞いてないけど」


俺の言葉を無視して、五十鈴さんは立ち上がった。果たして立ち上がる意味があったのかどうか。


「実は、この度婚活部、朝練を始めることにしたのです」


坂下さんが、拍手を送る。つられて、斎藤さんも拍手し始めた。


「いや、必要ないでしょ」


「これを見たまえよ」


坂下さんは、ノートパソコンの画面を切り替え、俺の方に向けてくる。そこには、朝練と、運動部の大会の成績の相関が示されていた。


「単純な話だよ。朝も放課後も練習して、伸びないわけがない。僕たちは一年間、ちょっと伸び悩んできたからね。喜多川くんを迎え入れた今、一気に力を身に付けたいというわけだよ」


伸び悩むというか、まずそもそも種をまいてすらない段階だと思うけど、まぁそこはいいや。


「ふーっ」


「わっ」


いつの間にか隣まで来ていた五十鈴さんが、俺の耳に、息をふきかけた。


「なに急に」


「風属性です」


「遊戯王じゃないんだから」


耳にいやな感触が残ってしまった。五十鈴さんは満足そう。


「朝練といえど、時間は限られています。おそらくやれて二十分と言ったところでしょう。なので、この朝練では、非常に簡潔に、なおかつスピーディで、無駄のない属性研究が必要になって来ます。わかりますか?」


「理屈はわかるけど……朝練必要ないって」


「わかればいいのです」


「俺の声聞こえてないの?」


五十鈴さんは満足そうに頷いて、席に戻った。そして、坂下さんとハイタッチする。仲が良いのはいいことだ。うん。


「さて、次は、黒田くんの番だね」


「ちょっと俺、呼んでくるよ」


フロアを出て、倉庫へ向かう。


「黒田さ〜ん。準備できた?」


「できました」


「おっ。じゃあこっちに……」


と、言いかけたところで、倉庫の奥……、ナイフを首に当てている黒田さんがいた。


がいた。じゃない。いやなんだそれ。


「いやいや黒田さん。何してるんですか急に」


「死ぬ準備はできました」


「メンヘラなの?」


「大丈夫です。必ず死ねます」


「とりあえず事情を聞くから、ナイフを床に置いて、両手を挙げてください」


黒田さんは、素直にナイフを床に置き、両手を挙げた。完全に犯罪者扱いだが、このくらいしないと、この人は本当にやりかねないと思った。


俺はゆっくりと黒田さんに近づき、ナイフを壁まで蹴っ飛ばす。完全に刑事の挙動だった。


「黒田さん。あの、なんでですか?急に鬱展開持ち込まないでくださいよ。そういう作品じゃないんで」


「私はダメ人間です……。全然納得がいきません。どの服をチョイスしても、喜多川様に勝てると思えない……」


「背負いすぎじゃないですか?」


命でもかけてんのかってくらい、深刻な表情の黒田さん。心の中のメモに、黒田さんは冗談が通じません。と、太ペンで書いた。


「あの……。俺、酷評でしたよ?」


「えっ……」


「だから、無難な服選んどけば、まず負けないと思いますよ」


「そんな、敵に塩を送るような真似を……」


「敵って……」


めちゃくちゃ眉間にシワが寄っている。なんだろう。執事って、みんなこうなのかな……。いや、それは風評被害だ。日本の政治家を見て、海外の人が、日本人はみんなバカなのか!?って思ったらイヤだし。同じである。


「あのですね、とにかく、評価をするのは、黒田さん自身じゃなく、あのアホ二人ですから。深く考えても仕方ないですよ」


「……わかりました。とにかく、心臓を破壊する覚悟で挑みます」


「全然分かってなくないですか?」


とりあえず、ナイフは回収しておく。今の黒田さんを一人にするのは心配だ、早いとこ、斎藤さんを連れてこよう。


フロアに戻ると、三人が一斉にこっちを見た。そして、急に会話をやめる。


「……どうかした?」


「い、いえ」


「別に何も?」


「私、紅ショウガは緑色ですわ」


斎藤さんが酷く動揺していたが、まぁ、聞いても仕方ないだろう。そんなことよりも、今は一刻も早く、斎藤さんを黒田さんの援助に向かわざる必要がある。


「あの、斎藤さん。黒田さんのところへ行ってもらえる?」


「変わりましたわ」


わかりましたわ、か。


……いや、そんな特殊な噛み方する?どんだけ俺に聞かれたくない話をしてたんだよ。


斎藤さんは、逃げ出すようにして、フロアを飛び出していった。さて、残された二人。


五十鈴さんは、白目を向いて誤魔化している。坂下さんはあやとりをしていた。なんでそんなもん持ってるんだろう。しかも、目が泳ぎまくっている。


「五十鈴さん」


「ひょっ」


「何その返事」


「女には語れないことがあるのです」


五十鈴さんは、急に白目をやめて、凛とした表情で言い放った。情緒不安定すぎる。


隣の坂下さんが、同意するようにして、何度も頷いていた。


「女の子は誰しも、一つや二つ秘密があるんだ。わかるかい?」


「わかるよ。わかるけど、気にならないと言ったら嘘になるよね」


「わ、私はクーデレ属性なので、基本会話をしません」


「属性の解釈の都合がよすぎるでしょ」


しかし、五十鈴さんは口の前で、両手の人差し指を使い、バッテンマークを作った。もう何も話しませんの合図だ。


「僕はあれだな。バリバリの研究者属性だから、守秘義務がある」


「めちゃくちゃすぎない?」


坂下さんも、五十鈴さんのように、バッテンマークを作る。これにて、会話は終了の合図。


「……わかったよ。聞かないから。あのさ、俺のコーディネート、演技云々抜いたら、どうだった?」


「よかったです」


「小学生じゃないんだから」


「よかったものはよかった。何か悪いですか?」


「なんでちょっとキレてんの?」


五十鈴さんは唇を尖らせ、俺の方を、可愛らしく睨んできた。


「……そもそも、私たちは審査員に向かないのです。だって、属性研究しか知識がないですから」


「属性研究も怪しいけどね」


「だから、朝練するんだよ。わかるかい?」


一見辻褄が合っているように思えるが、正直、あのレベルのことを、何回やっても、意味がないと思えてしまう。そもそも、審査員が二人である時点で、俺、どう考えても負けにさせられないか……?


「あっ、来ましたよ」


大きなマントで、身を隠した斎藤さんと、砂漠で遭難したみたいに、ボロボロになっている黒田さんが現れた。なんでそんな状態になるんですかね……。


「……お待たせしました。ではお嬢様。カーテンの裏側へ」


「黒田、足がふらついてますの。大丈夫ですの?」


「めっちゃ大丈夫です」


黒田さんは、斎藤さんを心配させないよう、無理に微笑んだ。が、残念ながらその足は、まっすぐ進まない。ほんと、服選ぶだけで、どうしてこんな真剣に……。


斎藤さんがカーテンの裏側まで来たので、俺がカーテンを閉めた。


「黒田さん。もう座ってください」


「不甲斐ないです……」


二人の隣へ、黒田さんを座らせる。


「あ、あの。どうしてそんなボロボロに?」


「服を選んでいたら……気づくとこのように」


「……喜多川くん。君の店の倉庫には、ワニでもいるのかい?」


俺は首を振る。そんな世紀末みたいな店の仕様にはなっていない。


「死ぬ気で選びました。きっと、お二人にも気に入っていただけると思います」


「そうですね。大丈夫です。朝練判定しますから」


「おい今なんて言った?」


「僕の地元ではコオロギを甘露煮にするんだよ」


「特殊な誤魔化し方しないで」


「ほら、斎藤さんを見せてください早く」


二人が急かすので、もう開けようと思う。正直なところ、斎藤さんに長年付き添った黒田さんが、どんなコスプレをしてくれるのか、ちょっと楽しみなのだ。


「斎藤さん、カーテン開けるよ?」


「お願いしますわ」


「うん」


もったいぶることなく、俺は、サッとカーテン開けた。


斎藤さんは……。


……水着を着ていた。


黒田さんは、うんうんと頷いている。口をあんぐりと開けたのは、その他三人。恥ずかしそうにモジモジする斎藤さんは、顔を赤らめて、俯いている。


「……えっと、黒田さん、これは?」


「一番お嬢様に似合うものを選びました」


「いやあの、はい。とても似合ってますけどね」


匂いの話とか、真剣に選んだという話とか、伏線っぽかったのに、それを全部丸ごとすっとばすような、奇抜な発想だった。


「喜多川くん。このコスプレ喫茶は、こんな、頭の中で年中ビーチを経営てしてそうな女が着るような水着も、用意しているのかい?」


やや困惑した表情で、坂下さんが俺に問いかける。五十鈴さんも、まっすぐな目でこちらを見ていた。明らかに、俺を犯罪者だと思っている。


確かに、斎藤さんの着ている水着は、やや際どい。少し明るめの水色で、斎藤さんの白い肌によく似合った、いいチョイス……じゃなかった。はい。うん。


……つまり、俺からするとこれは、とんでもない高評価なわけで。


「……参りました」


俺は、黒田さんに向かって、頭を下げていた。


「こんな風に、斎藤さんを可愛く見せられるのは、黒田さんしかいないみたいです」


「……ありがとうございます」


「ちょっと待ちたまえよ。審査員は僕たちだ」


「そうなのです。あなたはただの犯罪者予備軍」


五十鈴さんが、俺に、ビシッと指を指す。めちゃくちゃ評価下がってるな、俺。


「じゃあ、審査結果はどうなんだよ」


「もちろん、黒田くんの勝ちさ。そうだろう?五十鈴」


「当然なのです。例え朝練が関与していなくても、私たちの評価が、きっと世間の評価なのですよ」


はぁ……と、ため息をついてしまう。仕方ない。負けは負けだ。朝練は別にサボればいいからな。


「あっ、今、朝練は別にサボればいいと思いませんでしたか?」


エスパーかよ……。


「残念でした。喜多川さんの家は知っています。毎朝迎えに行きますからね」


五十鈴さんは、嬉しそうな表情で言った。


「あの、私、ちゃんと、喜多川様が来るまでの時間も、真面目に働きますの。安心して、朝練の方には、ちゃんと参加してくださいませ」


「……うん」


「お嬢様のことは、お任せください」


「……はい」


こうして、俺たちの戦いは、幕を閉じた。


……風邪とか、ひかないかなぁ。



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