勝負ですか?そのいち

テーブル席に、俺を含めた五人が座っている。


「私は、婚活部の部長を務めています、五十鈴美礼です」


まず一番に自己紹介を始めたのは、ご存知五十鈴さん。名前を名乗った後、顎でお辞儀をする。それはもうお辞儀ではなく、挑発だった。


「僕は、坂下美海。坂を下れば美しい海と覚えてくれ」


次は、坂下さん。その自己紹介、毎回やるんだな……。坂下さんは、ちゃんと丁寧に、立ち上がってお辞儀をした。思ったよりまともな人なのかもしれない。


「私は、斎藤マクマホーンですの。全日本お嬢様丁寧グランプリ優勝経験もある、生粋のお嬢様ですわ。ここでは、喜多川様のご好意によって、住み込みで働かせていただいてますの」


ここぞとばかりに、全日本お嬢様丁寧グランプリの実績を持ち込んできた斎藤さん。しかし、それを言われた二人は、頭の上にクェスチョンマークを浮かべている。黒田さんだけが、拍手をしていた。


「私は、お嬢様の執事の、黒田要と申します」


最後に、黒田さんが、簡潔な自己紹介で締めた。ちなみに黒田さんは、またしても、斎藤さんの横に立っている。頑なに座ろうとしない。


「よし。これで全員だな」


「あの、喜多川さん。おトイレはどこにありますか?」


「いきなり?」


「女の子の尿意は、追突事故のようなもの。いつ起こるかわからないのですよ」


「追突だと、もう漏れてない?」


「バレましたか。ところでトイレはどこですか?」


ケロッと言い放つ五十鈴さんだったが、実際に漏らしていたら引くな。まぁ嘘だと思うけど。


「えっと、あそこ。のれんのかかった通路の横ね」


「わかりました。ちゃんと綺麗に使います」


「何の宣言?」


五十鈴さんは立ち上がり、トイレへと向かった。


「……しかし、何でここがわかったんだ?」


「野生の勘だよ」


「まぁ。私と同じですわね?」


斎藤さんが、身を乗り出して、向かいに座る坂下さんに対し、握手を求める。坂下さんは、これまた丁寧に対応した。


「それにしても、お嬢様属性に、執事属性。すごいじゃないか喜多川くん」


「何が?」


「僕たちと属性研究をする上で、さらにバイトで、データまで補充してくれるとは。さすがだよ」


何かを誤解しているらしいが、褒められているわけだし、甘んじて受け入れておこう。


「あの、属性研究とは?」


「よくぞ聞いてくれたね」


坂下さんは、カバンからノートパソコンを取り出し、少し操作したあと、向かいに座る斎藤さんの方へ、画面を向けた。


「確か、婚活部、とおっしゃっていましたわよね?」


「そうだよ。僕たちは婚活部。婚活を目的とした、日本トップクラスの部活動だ」


「トップクラスですの?すごいですわね」


拍手を送る斎藤さんと黒田さん。坂下さんは嬉しそうに、頭をかいた。


トップクラスというか、日本に一つしかない部活だからね。


画面に表示されているのは、婚活に関しての様々な情報だ。何歳で婚活を始めれば、成功しやすいかなど。


「……このように、様々なデータを集計し、婚活について様々な思考をする。それが僕たち婚活部なんだ。属性研究は、その一部。婚活に適した属性を探るため、僕たちは日々熱意を注いでいるんだよ」


「素晴らしいですわ。婚活、私、憧れていましたの」


「なにっ。そうなのか?」


坂下さんが驚く。そりゃあ、そんな子はほとんどいないもんなぁ。でも、斎藤さんは結婚相手を決められてたから、そういうことに縁がないというだけで、坂下さんや五十鈴さんとは、ちょっと目指すところが違うと思うけど。


「えぇ。お嬢様は、よくゼクシィなど買っておられました」


「ゼクシィかぁ。実はね。僕たちは、属性研究に関しては、情報を入れないようにしているんだ。種類は調べることはあるけどね。なんだろう……参考書の答えを見ながら、問題を解いても意味がないだろう?それと同じだ」


「……なるほどですわ?」


おそらく人生において、勉学に励んだことがないであろう斎藤さんは、ピンときていない様子だった。


「君たちは、まさにその属性を持っている。斎藤くんは、お嬢様属性。黒田くんは、執事属性。まぁ、コスプレ喫茶で働くくらいだから、何かしら特徴はあるかなと思ってはいたが」


坂下さんが、ちらっと俺の方を見る。俺は目を逸らした。明らかにそれは、俺の趣味に対しての、軽蔑の眼差しだったと思う。


「しかし、坂下様。人間、誰しもキャラクターがあるものではないですか?」


「キャラクター……うん。そうなんだけどね。属性というのは、人格一つがそれで形成されているんだよ。例えば、姉属性となると、姉だからといって、姉属性であるとは限らない。そうだろう?」


「う〜ん。私には難しいですわ」


むむむっと、口を結ぶ斎藤さん。まぁ、この辺の発想は、そう簡単な話ではない。普段からそういう文化に触れていない限りは。


「私はわかりますよ。実は……結構その、アニメなどは嗜みますので」


「へぇ〜以外だな。黒田さん、もっと固い人かと思ってましたけど」


「岩石属性ということですか?」


「RPGじゃないんだから」


「喜多川くん。割とこういう、ギャップを備えた属性というのは、最近トレンドなんだよ。真面目な生徒会長がオタクとか、おとなしい図書委員の女の子が、実は危ない仕事をしていたり、とかね」


なるほど。確かに、流行っているような気もする。流行っているというか……二番煎じというか……。まぁ、執事だしいいか。大丈夫だろう。


そうこう話しているうちに、五十鈴さんが戻ってきた。坂下さんの隣に座る。


「この店の石鹸、いかにも女の子が好きそうな匂いがしますね」


自分の手を、スンスンと嗅ぎながら、満足げな顔をする五十鈴さん。まぁ、従業員はみんな女の子だし、自然といえば自然だろう。


「さて、で、勝負だったよね」


「あぁうん。そうそう」


「確か、喜多川くんと、黒田くんが、それぞれ斎藤くんをコスプレさせて、似合っていた方の勝ち。だったかな」


「そうです。そして、私が勝てば、これから先、お嬢様の衣装は、私が決めることになります」


黒田さんが、俺の方に厳しい視線を向けてくる。


「それで、俺が勝てば、斎藤さんの衣装は、毎朝俺がここに寄って、選ぶ」


「……何回聞いても、喜多川さんの変態さが際立つだけですね」


五十鈴さんは、ため息をついた。仕方ない。人には理解されない趣味だ。


「で、服はもう選んであるのかい?」


「いや、これからだよ」


「うーん。その間、暇だな」


「じゃあ、なんか頼む?簡単なものなら、すぐに出せるし」


俺は、机の上にメニューを広げた。坂下さんと五十鈴さんが食いつく。


「なるほど。こういう店にしては、値段設定が良心的だね」


「そうですね。もやしを炒めた小鉢で、八百円とか要求してくるのかと思いました」


「どんな偏見だよ」


少しして、五十鈴さんはアイスコーヒー、坂下さんはレモンソーダを注文した。本来なら、これはオリジナルメニューなので、少しアレンジを加えるのだが、今は俺しかいないので、普通に出すことにする。


「斎藤さんは?」


「えっ、私もいいんですの?」


「そりゃあ、待ってもらうからね」


「じゃあ、私は、コーラが飲みたいですの」


「お、お嬢様なのに、コーラを頼むんですか?」


五十鈴さんが、疑惑の目を向けた。しかし、斎藤さんは全く動じない。何がおかしいの?みたいな顔をしている。


「コーラは歴史のある飲み物ですのよ?」


「そうやって聞くと、なんだかワインみたいだね」


坂下さんが頷く。なんか、お嬢様が言うと、正しい意見みたいになるな。


とりあえず、三人のジュースを作るために、キッチンへ向かう。


冷蔵庫に、メモ書きが貼ってあるのに気がついた。小町さんからだ。


『喜多川くんへ。斎藤ちゃんのこと、任せちゃってごめんなさい。今更だけど、実は、今新人のアルバイト募集かけたばかりなの。全部で三人くらい取る予定だったから、斎藤ちゃんを抜いて、あと二人だね。仕事増えちゃうけど、ガンバ!』


……直接言うと、俺に止められるから、また勝手に新人募集かけたな、あの人。正直、もう人は足りてるんだけど、小町さんは、可愛い女の子を見るのが好きらしく、過剰に雇ってしまうのだ。まぁ、こういう店で、どの客にも店員がつくのは、いいサービスだとは思うけど。


と、いう不満を頭の中でつぶやきながら、アイスコーヒーと、レモンソーダと、コーラを作る。


そういえば、黒田さんも入るから、これであと一人か……。近いうちに、またそういう話になるかもしれない。


三つのジュースを持って、テーブルへ。


「ありがとうございます」


「ありがとう」


「ありがとうございますですわ」


三種類のお礼を聞いたあとで、俺は黒田さんに目配せした。黒田さんは頷く。


「それでは、行って参ります。お嬢様、楽しみに待っていてください」


「えぇ。期待していますわ」


俺と黒田さんは、服の倉庫へ向かう。倉庫といっても、そんな大げさな部屋じゃない。あんな銭湯を見たあとでは、特に狭く思えてしまう。


「あの、喜多川様は、いつからここで?」


「高校に入ってすぐですね」


「なるほど。その歳にして、その経歴で、もう色々な仕事を任されているなんて、すごいですね」


「そうかな……」


そういえば、すごく今更なんだけど、斎藤さんや黒田さんは、何歳なのだろうか……。少なくとも黒田さんは年上だと思うけど、斎藤さんは微妙なところだ。


「その、突然ですが、お嬢様は、とてもいい匂いがするのです」


「えっ」


黒田さんは、顔色一つ変えずに、言い放った。本当に突然だ。


「いや、なんで?」


「なんででしょうか。やはり遺伝というか、素晴らしいお父様とお母様」


「理由じゃなくてですね」


とにかく、斎藤一家を愛していることは伝わってきた。


「なんで急に、斎藤さんの匂いの話なんですか?」


「実は、お嬢様の匂いが映えるような服があるのです。それを私は、長い年月をかけて、調べつくしています。つまり……」


黒田さんは、足を止め、しっかりと俺に向き直った。


「負ける気がしません」


「……そう」


そして、その場所は、偶然にも、倉庫の前だった。


……手強い敵になりそうだ。匂いが映える服とかいう概念は、ちょっと変態すぎて引いたけど、しっかり気合い入れて戦おう。

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