指導してくれますか?リピート
「ごめん」
「き、喜多川様が謝ることではありませんの!」
「そうです。これは、私が、お嬢様を甘やかしすぎたがために……」
「いや、うん。違うんです」
場所はフロア。とりあえず、斎藤さんの、できるできないチェックを調べようと、まず席に座ってもらっている状態。
斎藤さんには、色々なものを持たせてみている。りんごは持てない。きゅうりは持てない。フォークもスプーンも。
ちなみに、箸より重たいもの〜というのは比喩で、箸も持てない。どうやって生きてきたの?と聞いたら、黒田さんがウキウキ顔で、私が全部食べさせてます!とか言い出す始末。
……つまり、黒田さんに指導を任せちゃおう!作戦は、即失敗したのだった。よく考えれば分かる話だったのだが、黒田さんが斎藤さんを指導できるなら、斎藤さんはこうはなってない。気づけなかった自分がバカだ。
さて、話を戻そう……。
今、持たせたというか、勝手に斎藤さんが見つけて、あっさりと持ったものは。
「これ、私の家にあったものより、軽いですわよね?」
「そうですね。うちにあったのは、二十キロですから。これは十キロでしょうか」
うっかり、部活動コスで揃えた、昨日のバイトたちが置き忘れていた、片腕十キロのダンベルだった。
……いやその、部活動コスでダンベルってなんだよ。とツッコむことも確かに必要だけど、そこはとりあえず見逃してください。斎藤さんにご注目。
片腕十キロのダンベルを、軽々と持ち上げ、顔色ひとつ変えない。先述の通り、座ったままだ。
これには俺も、理解が追いつかず、ごめん。という言葉しかでなかった。
「えっと、さ。うん。なんで?」
「あぁ。私、普段から、軽めの筋力トレーニングに励んでいますの。こう見えて、腹筋バキバキですわ」
「そうじゃなくてさ」
「背筋ですか?背筋も、その辺のお嬢様よりはあると思いますの」
「別にお嬢様で比べなくていいんだけど」
斎藤さんは誇らしげに言う。横で、黒田さんが、拍手をした。あれ、この光景、どこかで見ませんでした……?気のせい?
ボケにボケを重ねてくるせいで、ツッコミが追いつかないので、とりあえず、原点に戻ろう。
「いや、ダンベル持てるなら、箸持てるでしょ。なんで?」
「それは……。卓球が上手い方に、テニスも上手いのでは?と言っているようなものですわ」
「全然違くない?」
が、隣ですごく同感し、頷いている黒田さんを見ると、俺が間違っているんじゃないかと思えてくる。
「さすがに納得いかないなぁ。うーん」
「その、私、他のことを頑張りますわ!」
「他かぁ」
考えてみる。フロアに出てもらう以上、食事を出す、食器を片付ける、……いやその前に、おしぼりを出したり、箸、スプーン、フォークを出したりだって……。
「……ないかも」
「……」
またしても、斎藤さんが泣きそうになってしまう。すぐに黒田さんが、ハンカチを取り出し、目を抑えた。
……ハンカチも、持てないっぽいな。
「服、自分で着られるもんね?」
「それは、黒田に教えてもらいましたの」
「じゃあさ、着ない服を持ち続けることは?」
「できませんわ」
「もう精神的な問題じゃない?」
「あの、一つ提案よろしいでしょうか」
黒田さんが、片腕で斎藤さんの目を抑えながら、もう片方の腕を、挙げた。
「どうぞ」
「声出しなんてどうでしょう」
「うち、ラーメン屋じゃないですよ?」
「コスプレ喫茶ですよね?ラーメン屋コスプレはどうですか?」
「なんでそっちに合わせていく方向なんですか……」
「ラーメン屋なら、たくさん種類があります。醤油とんこつ塩に始まり、今では洋風なものや、トリッキーなものまでも……」
「ストップ」
俺は手で、もう十分ですのアクションを取る。黒田さんは、少し落ち込んだ顔をした。
「すいません……私、使えなくて」
「いや、発想の広がりはいいと思いましたよ」
「あっ、私も思いつきましたの!」
復活した斎藤さんが、元気よく手を挙げた。
「どうぞ」
「私、実はヴァイオリンを弾けますの!」
「何その展開」
すると、黒田さんが、突然走り出した。やがて、ヴァイオリンを持って戻ってくる。どこから持ってきた。
当然のようにヴァイオリンを持ち上げる斎藤さん。そして、何も言わず弾き始めた。
「いかがです?これが、お嬢様の音色です。聴くもの全てを魅了し、悩殺する」
「その表現はストリップ嬢みたいになるからやめたほうがいいですよ」
俺たちの会話を気にすることもなく、優雅に弾き続ける斎藤さん。音色の良し悪しは正直わからないので、こう……低音がすごいですね!みたいな、信者のような意見になってしまう。
「実は、お嬢様は、数々の大会で優勝してまして、スカウトされたこともあるんですよ」
「へー。そっちの道に進まなかったんですか?」
「実は、全日本お嬢様丁寧グランプリと、ことごとく指定された日程が重なるんですよね……。それで断っているうちに、そういう話も無くなってしまいました」
出た。全日本お嬢様丁寧グランプリ。スカウトを断ってまで出たいような、権威有るグランプリなのだろうか……。なんだか少し気になってきた。
「……ふぅ」
弾き終えたらしく、斎藤さんが、軽く息を吐いた。黒田さんが、すぐ拍手をする。続くようにして、俺も拍手した。
「いかがかしら?」
「よかったよ」
「これ、採用できますの?」
「あのね、うち、店内BGMアニソンなんだよね」
「アニソン……?」
「アニメソングの略でございます」
黒田さんが素早く耳打ちした。
「それは、ヴァイオリンではできませんの?」
「できるできないってよりね、合わない」
「……」
がくっとうなだれてしまう斎藤さん。そして、弾いた後の楽器は持っていられないらしく、すぐに黒田さんが回収した。
「斎藤さん。別に、今すぐ何かできるようにならなくてもいいからさ、なんなら……。いるだけでも、客が増えるかもしれないし」
「それ、私知ってますの。客寄せパンサーってやつですわね?」
「それだと客寄ってこないと思うよ」
「例えば、入り口でお嬢様が、お客様を出迎える。これだけでも、確かに効果はありそうですね」
「そういうこと。あとはさ、接客さえできれば、誰かとセットにするだけで、注文はもう一人の子が受ければいいわけ」
「なるほど……それなら私、できそうですの!」
斎藤さんの目に、光が戻った。
「えっと、俺思ったんだけど、そのセットを、黒田さんがやればいいんじゃないかって」
斎藤さんが、黒田さんの方を見る。黒田さんは、嬉しそうなスマイルで返した。
「素晴らしい案です」
「うん。いや。これには一つ問題があって……」
「問題、ですか?」
黒田さんが首をかしげた。ついでに斎藤さんも。
「黒田さんが、どの程度そういうことできるのかな〜って」
「……見くびってもらっては困りますよ。執事歴は長いです」
凛々しい顔で、黒田さんは言い切った。
同意するように、斎藤さんが頷く。
「確かに、私に対しての指導は、甘やかしてばかりでしたわ。でも、それ以外の仕事も、当然黒田はやっておりますの。できないことなんてないですわ」
「そんな過剰なハードルの上げ方しなくても……」
とりあえず、俺は、机の上に置いてあったメニューを、広げる。
「まず、これを覚えてもらえますか?」
「なるほど」
黒田さんが、それを覗き込んだ。斎藤さんとはまた違う、フワッとした、優しい香りが、髪の毛から漂ってきた。俺は慌てて顔を引っ込める。
「はい、覚えました」
「えっ」
「黒田は、見たものを一瞬で暗記できますの」
「……すごいね」
「この、オの文字がついた品は、おそらくオリジナルの略。自分で自由に量を決めてもいいのですよね。そして、ここはコスプレ喫茶ですから、その日のコスプレに応じて、そのアレンジも色を変える。そういうことではないですか?」
「黒田さん、執事よりも研究者とかの方が向いてないですか?」
「日々お嬢様を研究していますが?」
「うん」
ちょっと気持ち悪いなと思ったので、軽く流してしまった。
「そっか。じゃあもう、問題ないね。斎藤さんは、無理のないキャラで、客をもてなす。黒田さんがそれをサポート。完璧だ」
「完璧すぎて興奮してきましたわ」
「落ち着いて?」
フンフンと、鼻から息が吹き出そうなくらい、盛り上がっている斎藤さんに、とりあえず落ち着いてもらいたい。そんな斎藤さんを、黒田さんはただ、ニヤニヤして見ているだけ。あっ、この人変態だ……。
「あの、私から一つだけお願いがあるのですが」
「なんですか?」
「お嬢様の服は、私に選ばせていただきたいのです」
「それは無理ですね」
そして、俺も変態だった。
「いやごめん。譲れないな。この店の女の子の服は、ほとんど俺が決めているんだ」
こないだみたいに、陽子ちゃんが選ぶこともあるけれど、それは稀だ。よほど手が離せない時だけ。毎日、その日その時のコンディションを見て、決めているのだ。
最近は、ここへ来るのが遅れることもあって、陽子ちゃんに任せる場面も増えてきてしまったが、基本はそういうことになっている。
……特に、このウルトラ美人を、俺の手でコスプレさせない手はない。
「ですが、お嬢様は、喜多川様がいらっしゃる前に、もう働くことになるわけですし……」
確かに、住み込みなのだから、当然店が開店すると同時に、働き始めるだろう。
「じゃあ、朝寄って来ますよ」
「そ、そこまでしていただくわけには……」
黒田さんが、あわあわとして、困った顔をする。
「斎藤さんはどうなの。俺と黒田さん。どっちにコーディネートしてもらいたい?」
「それは……困りますわ」
斎藤さんも、あたふたしてしまった。
「じゃあ、今から勝負しよう。二人で一着ずつ選んで、斎藤さんをコーディネートする。どうです?」
「でも、審査員がいませんよ?」
「それは確かに……」
今日は休みだ。ここの従業員は誰も来ない。まさか、街中の人に、これから女の子をコスプレさせるので、評価してください!なんて、狂ったことも言えないわけで。
困ったなぁと思っていたところ、突然、ドアをガンガンと叩く音がした。
「お客様ですの?」
「いや、そんなはずは……。今日は配達もなかったと思うんだけど……」
俺は早足で、店の入り口まで向かう。
……そこには、見覚えのある二人がいた。
「やぁ。喜多川くん。奇遇だね」
「み〜つけた」
俺が置き去りにした、女の子二人だった。
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