どうしたらいいですか?
「クビかな〜」
閉店後。休憩室にいるのは、俺、小町さん、そして……机に顔を伏している斎藤さん。
小町さんからその言葉を告げられても、斎藤さんはピクリとも反応しなかった。全てを悟っていたのだろう。
……斎藤さんは、こちらの想像をはるかに超えて、何もできなかった。不器用とかそういうレベルじゃない。驚くなかれ、この女の子、本当に箸より重たいものを持ったことがなかったのだ。じゃあどうやって着替えたの?とツッコまれそうな気もするが、それは知りません。謎です。
「まぁ斎藤さん可愛いからさ、他にも仕事あるよ」
「……」
斎藤さんは答えない。小町さんは、困ったような表情を浮かべ、斎藤さんの背中をさすっている。
「あのね、斎藤ちゃん。もう少しだけお家でお勉強してから、外に出よう?」
「そんな……もう帰りたくないですわ」
伏せたままで答える斎藤さん。
「でもね斎藤さん。今の斎藤さんって、羽化する前に出てきたセミみたいなもんだからさ」
「……例えセミなら、待ったところで一週間の命ですわ」
「ごめん例えが悪かったよ」
室内を、どんよりとした空気が漂っている。まぁ、何もできなかったお嬢様が、わざわざ結婚式を抜け出してまで外の世界に出てきたのに、これだもんな。そりゃ情けないよ。うん。
「あの、今更だけどさ、斎藤さん。考え無しに出てきたのはいいけど、これからどうするつもりなの?」
「……」
「小町さん。警察に行きましょう」
「そうだね〜」
「ま、待ってくださいませ!そんなことをしたら、きっと私は、家に連れ戻されてしまいますわ!」
斎藤さんが勢いよく起き上がったので、小町さんが驚いて、椅子から落ちそうになった。
「い、いやぁ。だってねぇ?もし、家に泊めたりなんかしたら、私、バレた時何言われるかわからないもん」
「……」
「……喜多川くんは?心当たりない?」
「ないですね」
いきなり、見ず知らずの常識知らずのお嬢様を、居候させようだなんて、狂ったやつは、残念だけど思いつかない。
……いや待てよ?
「あの、小町さん。ここに住まわせればいいんじゃないですか?」
「えっ、ここ?」
「そう。ここ、一つ使ってない部屋があるし。あそこならいいんじゃないですか?」
「うーん」
「勝手に斎藤さんが入ってきちゃったことにすればいいんですよ」
「あぁなるほど」
小町さんは納得した様子。斎藤さんの目が、キラキラし始めた。
「私、ここにいていいんですの?」
「うーん。まぁ、現状は働くのも無理だけど、ここにいれば、喜多川くんが指導してくれるっていう条件付きなら、考えてもいいよ?」
「えっ」
「お願いします!喜多川様!」
ギュッと、斎藤さんに手を握られてしまった。柔らかい感触が、心のどこかを、ぐいぐいと支配し始める。
こうされると男はちょろい。これが、例えば婚活部のクセのあるメンツなら、そうドキッともしなかったのだが、相手は、非常識を除けば、ウルトラ美少女のハーフお嬢様。
「まぁ、うん。コスプレさせがいはありそうだしね」
「ありがとうございますですわ!」
相変わらず変な口調だったが、もう慣れたような気もする。
「服は、コスプレ用の使ってないものがたくさんあるから、それを着ていいからね?お風呂は、近くに銭湯があるし、あとは……そっか、お金か。まぁそれはバイト代として」
「お金はありますわ」
小町さんの発言を遮って、斎藤さんがポケットから、何かを取り出した。
……一枚のカードである。
「貯金はありますの。だから、お金の心配はいらりませわ」
ここにきて、お嬢様のパワーを全力でお披露目してきた斎藤さんに対し、俺と小町さんは、少し面食らってしまった。
「……そ、そんな。お金があるなら、家を借りればいいんじゃないかな」
「親の許可がなければ、家は借りられませんの……」
「ネットカフェに住めばよくない?」
「ね、ネットカフェなんていかがわしいところは……」
「変なところで知識入れてない?大丈夫?」
まさかこのお嬢様が、そういった類のコンテンツに触れているとも思えないが……。
「で、でも逆に興奮するよね。お嬢様がネットカフェで、ボサボサ髪の毛の脂ぎった」
「はい変態はそこまで」
俺は小町さんの口をふさいだ。斎藤さんがキョトンとしている。よかった。変なところで知識を入れたわけではないらしい。
「あっ。ねぇ。お金あるならさ、ウチにシャワールーム作っちゃわない?」
「何言ってるんですか」
小町さんの目に、ドルのマークが浮かんだ。確かに、前々からそういう話はしていたけれど……。
「いや。ここに住むなら、必要になるでしょ?銭湯は、たまに休みがあるし……ね?」
小町さんが、斎藤さんにウィンクをした。
「いいんですの?」
「いいよいいよ。他のバイトの子も、ほしいほしい言ってたしね」
「わかりましたわ!早速今日工事させますの!」
「えっ今日?」
突然、斎藤さんがポケットから電話を取り出した。ガラケーだ。今、八時なんだけど……。
「もしもし。黒田ですの?そうですわ。そう……。そうですの。そんなことはどうでもいいですわ。あなた、コスプレ喫茶わかるでしょう?そうですわ。今からそこにシャワールームを作りますの。お願いできるかしら?……えぇ。わかりましたわ。あ、あと、私の居場所は、サバンナと伝えるように。バラしたら承知しませんわよ。えぇ、では……」
やがて、電話を閉じる。ふぅ……と息を吐く斎藤さん。サバンナは無理があるんじゃないかと思うけど、まぁそこは触れないでおこう。
「今日中に終わりますわ。ただ、ちょっとややこしい事情がありますの……。二人に見られてはまずいので、今日はもう、おかえりになってくださいますかしら?」
「あっ、はい」
「はい」
俺たち二人は、ほぼ同時に返事をしていた。えっ、お嬢様怖い。権力怖い。そりゃあこの時間に人を働かせるわけだから、合法とはとても思えなかったが……。
「い、行こっか、喜多川くん」
「そうですね」
「あっ、お二人とも。明日もよろしくお願いしますわ!」
ぺこりと頭を下げる斎藤さん。しかし……。
「あの、斎藤さん。明日実は、定休日なんだよ」
「なっ……」
「ま、まぁ斎藤ちゃん。明日は定休日だけど、喜多川くんが来て、指導してくれるから。ね?」
「は?」
「本当ですの!?」
キラキラとした眼差しで、斎藤さんに見つめられる。この人、これわざとやってるのかな……めちゃくちゃ可愛いんですけど……。
「うん。いいよ。明日は部活あるから、ちょっと遅くなるかもだけど」
「かまいませんわ。私、寝ないで待ってますの」
「絶対寝てくれた方がいいと思うよ」
とにかく、張り切りすぎな斎藤さんだった。
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