指導してくれますか?
ど、どうしよう……。
何を着せても、似合う。
悪いけど、他のバイトちゃんとはわけが違う。さすがハーフ美女。
「着れましたの」
と言って、四着目の服を着た斎藤さんが、更衣室から出てきた。
真っ赤なチャイナドレス。うん、やはり似合う。楽しくなってきちゃった。
次はどれにしようかと、持ってきた服を選んでいると、誰かに肩を叩かれた。
「あっ、お疲れ様、陽子ちゃん」
「……お疲れ様じゃないですよ!いつまでイチャイチャしてるんですか?」
平野陽子ちゃん。うちでバイトしている、高校一年生の女の子。身長160センチ、ショートカットで、活発。バリバリ仕事ができて、なおかつコスプレにも精通しているので、この歳にしてうちのエースを担っている。
……ただ、少し仕事に対してマジメすぎるのがネックだ。今もこうして、サボっている俺を、叱りに来たらしい。
陽子ちゃんは眉間にシワを寄せて、俺と、斎藤さんを睨んでくる。
「あ、あの。私、何かしましたでしょうか」
途端に、斎藤さんがオロオロし始めてしまった。ここは俺が間に入らなければ。
「あのね陽子ちゃん。斎藤さん、何着ても似合うんだよ。だから、どれでデビューを演出しようか迷っちゃって」
「……私の時は、二分くらいで終わったくせに」
「いやごめんね本当に」
別に陽子ちゃんに限らず、他の子は、長くて三分くらいで選んでしまうのだ。ただ、これだけ素材がいいと……うん。ささっと終わらせるのが、なんだかもったいない気がしてしまう。黒毛和牛を味噌汁に入れたりしないのと同じだ。違うか。
「今日は平日だし、そんなにお客さんいないでしょ?斎藤さんには教えないといけないことがまだあるしさ。ね?」
「それは私がやりますから!喜多川さんは、順番待ちしてる他の子の服を早く選んでください!」
いつにも増してプンプンしながら、さっさと俺の背中を押して、移動させようとする陽子ちゃん。
「あ、あの私、このチャイナドレス気に入りましたわ。これでいいですの。だから、喜多川様は、早く仕事に戻ってくださいませ」
「うーんいやごめん。チャイナだとさ、斎藤さん、チャイナ属性でフロアに出てもらうことになっちゃう」
それは避けたい。チャイナ属性は、少し失敗すると、アルアル言ってるだけの、よくわからない女の子になってしまうので、難易度が高いのだ。
どうやら陽子ちゃんも同じ意見らしく、軽く頷いた。
「出だしは無難に、そうですね……。その容姿なのだから、ゴスロリで十分じゃないですか?お嬢様なんでしょ?きっと似合うと思います」
「……私、閃きましたわ」
突然、斎藤さんの目が光った。これは期待できそう。
「聞こうか」
「チャイナお嬢様。これでどうですの?」
期待はずれだった。
「どうだろう陽子ちゃん」
「どうって……」
引きつった顔で、陽子ちゃんは固まっている。チャイナお嬢様……ちょっと未知の要素が強すぎる。
「そもそもですね、斎藤さんは、働いた経験も、人間の生活に溶け込んだことも、一切ないって私は聞きましたよ?最低限のことすらできないと思うんです」
「ちゃんとおトイレで排泄できますわよ?」
「そこまで最低限のレベルは落とせないです……」
「斎藤さん。言葉遣いはね、こういう店だから、あんまりネックにならないと思う。あとは……そうだな、丁寧を心がければ、あんまり間違いはないんじゃないかな」
「大丈夫ですわ。全日本お嬢様丁寧グランプリで、優勝したこともありますの」
「何そのグランプリ」
斎藤さんは自信満々に胸を張って、誇らしそうにしているので、おそらく名誉あることなのだろう。素人からすると、モンドセレクション金賞くらいにしか聞こえない。
「とにかく、喜多川さんは早く行ってください」
「いやぁ。多分だけどさ。陽子ちゃんじゃ、斎藤さんとうまくコミュニケーション取れないと思うんだよ」
「なっ、取れますよ別に」
「なんか威圧的なんだよね、陽子ちゃんって」
ぐぬぬっ。と、痛いところを突かれてしまったみたいな顔をする陽子ちゃん。
「別に威圧してるわけじゃないです。ただ私は、真面目にことを進めたい!それだけですよ!」
「でも斎藤さんはほら、お嬢様だからさ。優雅にまったりことを進めたいわけ。合わないって」
言うなればこれは、水と油だ。素晴らしい素材と、素晴らしいエース。個々で活躍こそすれど、力を合わせて何かをなすのは難しい。何だろう。スポ根マンガみたいになってきた。
「……あの、私、やっぱり迷惑ですの?」
悲しそうな顔をする斎藤さんを見て、陽子ちゃんは、やや慌てるように首を横に振った。
「迷惑とかじゃないです!あの、私、確かに言い方はキツイかもしれませんが、斎藤さんみたいな美しいコスプレの映えそうな女の子と、働いてみたいなとは思っていたんです」
「本当ですの?」
「本当ですよ」
「あの、私、ちゃんと頑張りますわ!やる気に満ち溢れていますの」
すごい熱意だ。でもここ、コスプレ喫茶なんだよな……。もっとゆったりとしてくれた方がいいんだけど……。
「どうですか喜多川さん。もうこれで、斎藤さんは私に任せてもらえますね?」
「いや、まだ信用ならない。一回俺の前で指導してみて」
「わ、わかりました。そこまで言うなら……」
ごほんっと、咳払いをして、陽子ちゃんは斎藤さんの方へ向き直った。斎藤さんは背筋をピンと伸ばす。
「斎藤さん。まずは挨拶を決めましょう。ここではその日のコスプレによって、挨拶の種類を変えるんです。例えば、今日の私は、小町さんと合わせて部活動JKのコスプレなので、元気よく挨拶をします」
「えっと……私はチャイナお嬢様ですから……。ラーメンですわ!」
一瞬、空気が凍った。が、すぐに陽子ちゃんが、パンっと手を叩いて、なかったことにする。
「斎藤さん。チャイナはもう最悪いいので。お嬢様なんてどの国もどうせ変わらないだろうし、お嬢様語を徹底させましょう」
「そうなりますと、ごきげんようですわ〜。みたいになりますわね」
「いいですね。挨拶はそれでいきましょう。次に、注文をとります。これがメニューです」
廊下の本棚にあったメニューを取り出し、開いて見せる。うちはそんなに商品が多くない上、実は、女の子に細かい部分や最後の仕上げを任せる形にしているので、最初から覚えることというのはあまりない。
「この、オのマークがついたやつは、自分で勝手にアレンジしていい商品です。例えば、ツンデレタイプのコスプレをするときは、ちょっと唐辛子なんてかけちゃうとか」
「じゃあ、今日の私は、このパフェを油で炒めればいいのですね?」
「溶けちゃうんじゃないですかね」
「油をかけるとか」
「それはただの嫌がらせですよ……」
「……」
「ちょっと、黙ってないで、何か言ってくださいよ喜多川さん」
「いや、陽子ちゃんさ、ツッコミ下手だよね」
「当然です。お笑い指導、受けてないので」
不機嫌そうな陽子ちゃん。うーん。やっぱり、新人指導には向いてないような気がするな。
「いや、お客さんとのやり取りでもさ、真面目すぎて、返しが普通というか……。何だろう。斎藤さんは個性を活かしたいからさ、そういう感じで指導できない?」
「できませんね」
「諦め早くない?」
陽子ちゃんは、はぁ。と、ため息をついて、お手上げのポーズをとった。
「すいません。私の力量不足でした。他の子の服は私が選んでおきますから、喜多川さんには、斎藤さんを任せます」
「でしょ?」
陽子ちゃんは去って行った。普段から真面目に働いている陽子ちゃんなら、他のバイトの子の服を選ぶことくらいはできてしまうのだ。
「すいません。私が変なことを言ったせいですわ」
「いや、変なこと言ってていいよ。斎藤さんはそれでいい」
キョトンとする斎藤さん。やっぱり、コスプレ喫茶の客が求めるものは、リアルさなのだ。斎藤さんのように、ナチュラルにコスプレに合わせられる可能性のある女の子は、貴重なのである。
「斎藤さん。とりあえずチャイナお嬢様で、俺とやり取りしてみよう」
「わ、わかりましたわ」
一呼吸おいて、斎藤さんがゆっくりと口を開く。
「ごきげんようですわ〜!餃子餃子!餃子ですわよ!」
「いいね」
全然良くないけど、面白いからこれでフロア出しちゃおう。うん。最近学校で、作られた属性ばかり見ているから、ここに来ると、ナチュラル属性と触れられていい。何でも許してしまう。
「えっと、さっきの続きだけど、オリジナルメニューはね、例えばチャイナだったら、少し味を濃くするとか、そんなんでもいいんだよ。あと、お嬢様だから、少し豪華な香りのあるスパイスをかけるとかね」
「なるほど。私、炒めるしか発想がありませんでしたわ」
俺のことを、何でも知ってる物知り博士を見るような目で見てくる斎藤さんだったが、これは確かに、世に出すのは早すぎた常識の仕上がり度だ。
まぁ、やってれば慣れるだろう。しばらく口を出さないでおこうと思う。うん。
「よしっ。じゃあ早速フロアに出てみよう」
「えっえっ。もうですの?」
「大丈夫だって。丁寧なんちゃらグランプリ優勝したんでしょ?」
「全日本お嬢様丁寧グランプリですの」
そこだけは譲れない様子だった。
「私、緊張してきましたわ……。こういう時は、手に人という字を書いて、舐めるんですわよね」
「今から接客するんだよ?」
唾液のついた手で、向かうつもりらしい。でも俺は止めない。面白そうだから。
「……よしっ。緊張、ほぐれましたわ」
「よかったね。よし、じゃあ言っておいで」
「わかりましたわ!私、頑張りますの!」
元気よく、斎藤さんはフロアに出て行った。
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