コスプレ喫茶のこと知ってもらえますか?

新人ですか?

「あれ?今日は早いねぇ〜」


「あぁはい。部活早く終わったんですよ」


五十鈴さんに追い出されて、すぐさまバイトに来た。最近、部活を始めたので、時間を少し遅らせてもらっている。その分、今日は働こう。


「あのね〜喜多川くん。さっそくで悪いんだけど、今日は新人ちゃんが入るの。ちょっと、コーディネートしてもらえちゃう?」


ウフフっ。と、付け加えて、嬉しそうに小町さんが微笑んだ。この人は、このコスプレ喫茶の店長。年齢は不詳だが、その白くて綺麗な肌や、ポニーテールとジャージの爽やかなコンビネーションなんか見てると、若く見える。店長なのにジャージ?と思う人もいるかもしれないが、忘れてはいけない。ここはコスプレ喫茶だ。


小町さんは基本的に、運動部コスをしている……というか、させている。俺が入ったばかりの時、小町さんは、大人っぽく見られようと、やたらセクシーな服ばかり着ていて、サイズが合わず、親の服を着る子供みたいになっていたので、俺が改善したのだ。うん。何度見ても、こっちの方がいい。


「喜多川くん?」


「あぁいえ。すいません」


「もう。しっかりしてよね?」


少しふくれっ面をしながら、俺のデコをコツンと叩く小町さん。うん。いい。これは誰がどう見ても、部活の優しい部長。俺の目に狂いはなかった。


「じゃあ、休憩室に、新人の子いるから、早く会いに行ってあげて?」


「そうですね」


俺は小町さんにお辞儀をしてから、休憩室に向かう。


一応、ノックをした。更衣室は別にあるので、そういうトラブルは発生することなんてないのだが、念のためだ。


「入るよ〜?」


「お、お待ちくださいませ!」


……は?


と、思ったが、まぁ待てと言われているので、待ってみましょう。なに、俺は早めに来たんだ時間はある。


「お待たせしましたわ!どうぞですの!」


その間わずか二秒だった。俺はゆっくりとドアを開く。


すぐに、その子が目に入った。


ウェイデングドレスを着た、女の子。


……うちに、ウェイデングドレスなんてないぞ?という思考が、まず最初に顔を出した。そして次に、目の前の女の子の容姿。


ドレスの映える高身長。高い鼻。碧い瞳。小町さんよりも白い肌。真っ白な髪の毛。ショートカット。


……そう、めっちゃ美人。


そして、第三の思考。


「えっと、君が新人かな?」


「そうでございますです」


……第四の思考。変な女の子。


「あの、口調どうしちゃったの?」


「あぁ!申し訳ございません!敬語が下手くそでございましたかしらですか?」


「いや気持ち悪い気持ち悪い」


夢に出てきそうなくらい、不気味な文章だ。俺の反応を見て、みるみるうちに、女の子は落ち込んだ表情へ変わっていく。


「そうでございますか……。私、いっぱい敬語勉強したんですの。このままじゃいけない。何かを変えなきゃいけない。こんなに誰かに頼りっきりの人生でいいのかしら。そう思って、立ち上がったのですわ。でも……。うぅ……うわぁ〜ん!」


「えっいやえっ」


謎の自分語りが始まったと思ったら、突然泣き出してしまった、いやきついきつい。敬語使うバカな女の子とか、ボクっ娘のバカな女の子とか、男の子が苦手な演技派女優とか、いろいろ濃い女の子と最近会ってるけど、ダントツで濃い。手に負えない。


とりあえず泣き止んでもらわないと。


「あの。落ち着いて?」


「私は冷静ですわ……」


「そ、そう」


鼻水ダルンダルンで、冷静ですとか言われてもな……。


「はいっ、ティッシュ」


「ありがとうございますですわ……」


「……あの、さ。それってなに属性なの?」


「……属性?」


あっ、やばい。ついここ最近の癖で、変なことを聞いてしまった。この子は……ナチュラルでこれなんだもんな。


「その、まぁ言葉遣いは気にしないでいいよ。ここは個性を受け入れる方針だから」


そう。何属性が来ようと、俺が似合う服を着せるだけなのだ。別に、不自由ない。


俺の言葉を聞いてホッとしたのか、女の子は、少しずつ泣き止む方向へ進んでいる。


「君、名前は?」


「マクマホーンですの」


「ふざけてるの?」


「うわぁーーーん!」


「いやいやごめんごめん」


そうだよ。この見た目なんだから、ハーフに決まってるじゃないか。そりゃそうくるよな。完全に俺のミスだ。悪いのは俺と、説明不足だった小町さんと、俺を早めに帰した五十鈴さん。間違いない。


「斎藤マクマホーンですの。よろしくお願いしますですわ」


「斎藤さんって呼べばいい?それともマクマホーンさん?」


「好きに呼んでくださっていいですわ」


「じゃあ、斎藤さんね」


「……はい、よろしくですわ」


えっ、何その、お昼ご飯なにがいい?に対して、なんでもいいよって言ったくせに、ファミレスを提案したら、微妙な顔をする女の子みたいな態度。まぁいいや。マクマホーンなんていちいち呼んでたら、それだけで人生の貴重な時間を削ってしまうし。


「俺は喜多川雫。一応斎藤さんの服も、俺が選ぶことになってるんだよ」


「下着もですの?」


「そういう店じゃないから」


やや警戒心を強めた斎藤さんだったが、少しホッとした様子だった。当たり前すぎる。そんな闇みたいなコスプレ喫茶あってたまるか。


そして、俺にはどうしても聞かないといけないことが、まだ残されていた。


「あのさ、なんでウェイデングドレス着てんの?」


「……実は、今日結婚式だったのですわ」


「……う、うん?」


冗談かな?と思ったが、斎藤さんはマジメな顔をしていた。かんでもかんでも止まらない鼻水のせいで、ちょっとアホの子みたいになってはいるが、その目は真剣だ。


「私、許嫁がいましたの。彼と結婚すると決めるまでは、外の世界に出してもらえなかったのですわ。でも……結婚相手くらい自分で決めたかった。だから、ひっそりと、外の世界の常識をいろいろ勉強した上で、今日……結婚式の、まさに当日。ついに、ついに逃げ出したのです」


「……そっか」


「ですから、少しまだ言葉がぎこちないんですの……」


「いやうん。両親はなんて言ってた?」


「えーっ。と言っておりましたわ」


なるほど。人間、あまりに予想外のことが起こると、リアクションなんてそんなもんらしい。


いや、冷静に考えて、なんだこの状況。結婚式を抜け出してきたお嬢様?おいおい属性の塩分過多にもほどがあるぞ。


と、参っていたら、ドアがノックされた。こちらからドアを開ける。


……小町さんが、ややニヤケ顔で、入ってきた。そして、開口一番。


「ウケるっしょ?」


「クソおもんないですよ」


ふざけたことを言う人だ。


「あの、小町さん。この人変なんです」


「や、やっぱり私変ですの?」


「あっ、待って泣かないで」


と、言い切ったころには、もう目に涙がたっぷりと準備されていた。


「あのねぇ喜多川くん。この子は、斎藤マクマホーンちゃん」


「今更そんな浅い情報欲してないですよ。あの、この子本当に、結婚式抜け出してきたんですか?」


「そうみたいだよ?えへへ。面白いよね」


「面白くないですよ。あの、斎藤さん。ところで、なんでこの店に?」


「恥ずかしい話、勘ですの。ここにいけば、誰かが匿ってくれるのではないかという」


えー何その根拠がなさすぎる理由。ライトノベルで女の子が主人公好きになる理由くらい中身がない。


「と、いうわけだから、この子に似合いそうな服を着せてあげて?」


「……」


「だいたい話は聞いていますの。喜多川様。私、どんな服でもきる覚悟ですわ」


「そんな服は着せないから心配しないで」


おそらく小町さんが適当吹き込んでいるだろうが、このタイプのハーフの女性というのは、一番コスプレさせがいのあるタイプなのだ。できれば、下手な形で終わらせたくない。俺も慎重になる。


「……とりあえず、服選んできます」


「ねぇ喜多川くん」


「何ですか?」


「私ね、最近ブロッコリーにハマってるの」


「奇妙なタイミングで世間話始めようとしないでください」


小町さんを無視して、俺は休憩室をあとにした。


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