早速活動してみますか?
「実は、三人目の部員の子は、今日お休みなんです。一年生の女の子で、ややグレてます」
と、いう、スルーしたくなるような事情を聞きながら、入部届けを記入していく。
「さて、もう早速だが、今日の属性は決めてきたんだ」
坂下さんがパソコンの画面に表示したのは、うさぎだった。
「うさぎ?」
「そう。うさぎ属性。よしっ。イメージだけでやってみてくれ」
「えっ、うさぎですか……?うーん」
目を閉じ、顎に手を当てて、考える五十鈴さん。
少しして、パッと目を開く。どうやら閃いたらしい。
五十鈴さんは、席から立ち上がり、しゃがみこむと、手のひらを耳に見立てて、頭の上に置いた。
「……ぴょーん!五十鈴は、空も飛べる!あなたの心へひとっ飛び!」
「違う」
食い気味に、坂下さんの否定が入った。
「違う〜?なんで?五十鈴は空も飛べるんだよ?」
「飛べなくていいと思うよ」
そもそも、跳ぶの漢字が違うような気が……。あっ、そうだった。この人、アホだったな。
「飛べるに越したことはないけどね。でも違うよ五十鈴。一旦やめて?」
飛べるに越したことはないのか?というツッコミをする間も無く、五十鈴さんは立ち上がり、真顔に戻った。そして、席に戻る。
「これではさすがに婚活は向かないですね」
「気づいてくれてよかったよ。うさぎというのはね、こういう感じだ」
ごほんっ。と、坂下さんが咳払いをした。そして、喉に手を当てる。どうやら、先生自ら実演なさるそうだ。
「はわわ……きょ、今日は、知らない男の人がいるから怖いなぁ……」
坂下さんは、小刻みに震えながら、上目遣いで俺をチラチラと見てくる。声は普段の坂下さんより、やや高め。なるほど、これは……。
「ごめん坂下さん。どっちにしろ婚活向かないと思う」
「なっ、本当かい?」
俺がそう言うと、慌ててパソコンに何かを打ち込み始めた。
「うーん。でも私、男の子は、ぶりっ子が好きって聞きましたよ?」
「それこそ個人差だけどな……。俺的に、ぶりっ子は無理だ。付き合うくらいならいいけどさ、これ、婚活に向けてなんだよね?40歳になった人が、はわわ〜!とか言ってんの、キツくない?」
ごもっとも。と言った様子で、二人は黙ってしまった。この感じで一年間活動してきたのか。俺が現れなかったら、間違いなく高校の三年間を無駄に消費していただろうな。
「あとさ、うさぎ属性って、そんなんじゃないと思う」
「そっ、そうなのかい?」
驚いたような顔で、こちらを見つめてくる坂下さん。そんなに見つめられると、普通に照れるんですけど……。
ここは、一応コスプレ喫茶で働いている身分として、しっかりと属性について、教育をしなければいけない場面かもしれない。
「うさぎ属性ってのはさ、うさぎが寂しくて死んじゃうみたいに、寂しがりとか……重たい女の子とか……そんな感じだよ」
必死でメモを取る二人。ただ、この辺は色々な定義があるから、一概には言えない。先ほど坂下さんが実践した、はわわ系も、うさぎ属性に含まれると思う。が、俺にとってのうさぎ属性は、どちらかというと、ダークな雰囲気というか、闇の深そうな……。言ってしまえば、メンがヘラった方のイメージなんだよな。
……まぁ、それを、今必死でメモしている二人に言うと、容量がオーバーしてしまうだろう。やめておいたほうがよさそうだ。
「そもそもなんで、うさぎ属性なんだ?」
「ベタなやつは、もう一年でやり尽くしてしまったのです」
「今は動物シリーズなんだよ。昨日は犬。おとといは虎。干支はもう、今日のうさぎで使い切ってしまったんだ」
「明らかに婚活に向かない動物が混ざってると思うんだけど……」
龍属性ってなんだよ。めちゃくちゃ強そう。
「じゃあ今日は、婚活に向きそうな動物を探す。これをテーマにするのどうですか?」
「いいね。何にしようか」
「一昔前、ペンギン属性なんて流行ったことあったよな?」
「ペ、ペンギン属性ですか?」
いきなり変なこと言いだしたぞこいつ。みたいな顔で、二人に見られたが、ネズミ属性だの蛇属性だのやってきたやつらに、引かれたくないんだよな。
「まぁ、俺もよくわからんけど、クールな女の子、観察力のある女の子って感じだと思う」
「それ、ただのクーデレじゃないですか?」
「クーデレはなんだろ……。性格悪いイメージあるじゃん?」
「……それは少なくとも、クーデレを自称する私の前で言わないでほしかったのです」
「ごめん」
五十鈴さんはふくれっ面をして、抗議の意を示してくる。クーデレはあんまりふくれっ面しないような気がするんだけどな……。
「まぁペンギン属性は嘘だ。婚活に向きそうなのは、犬とかじゃないか?」
「犬……そうですね。今は喜多川さんもいることですし、復習してみましょうか」
「そうだね。やって見せてよ五十鈴」
五十鈴さんは、再び席を立ち上がり、同じようにしゃがみこんで、俺を見上げてきた。
……ベロを出しながら。
「はっはっ。はのぉ、わらしは、おひょひょで、あひょぶぇひゃいほへふ」
「ごめん。二人ともさ、一年間何してたの?」
「がうっ!」
「痛い!?」
突然、五十鈴さんが、思いっきり腕に噛み付いてきた。やりかやがったぞこいつ。めちゃくちゃな女だ。傷害罪が成立するんじゃないか?おいおい。ドン引き。
「五十鈴さん一旦やめてくれる?」
「休戦協定ですか?」
「戦してたの?俺たち」
やり終えた顔をして、五十鈴さんが席に座る。そして、坂下さんと、グータッチをした。なんだろう。悪意のあるバカだよね。
「坂下さん。君、属性について研究してるんじゃなかったの?」
「しているよ?ただ、既存の属性をそのままパクるようでは、婚活で勝てないと思ったんだ。少しスパイスを加えてみたんだが……どうかな」
「水がカレーになるくらいスパイス入ってて、クソだと思う」
「なっ」
坂下さんは、がくっとうなだれてしまった。そんなにショックだったのだろうか。
「……喜多川さん。坂下さんは、必死で、寝ずに属性を研究しているのです。努力を認めてあげてほしいのですよ」
「多分だけどね、このレベルなら、ずっと寝てたほうが婚活のためになるよ」
「なっ。君は僕に、死ねと言うのか?」
「そこまで寝なくていいんだよ」
だめだこれ。会話できる人間がいない。これじゃあ、属性云々の前に、人間性を改善する必要が出てくるぞ。
「……今日は解散にしましょう。新チームが結成して、お互い慣れないところがあると思うのです。私は属性を練り直します。坂下さんも、今日はたくさん寝てください。喜多川さんは……バイト、頑張ってください」
「あっ、はい。どうも」
そういう気遣いはできるのかよ……。
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