第43話 手品と考察(後編)

 机越しに彼女は「……はい。一枚だけカードを選んでみて」と、トランプの束を僕の前にかざしてみせた。


 僕は彼女の言葉に従って一枚選ぶ。奇しくも僕が引いたカードはジョーカーだった。


 引いたよ、と彼女にカードを見せると、そのまま左手に持った札の山に表向きに置いておまじないをかけるように、ふっと息を吹きかけた。


 そして意味ありげにもう一度、件のジョーカーのカードを白く細い指でつまみ上げる。


「それじゃあ、これをカードの真ん中に挟むわ」


 そう言って、左手に持ったカードの束の真ん中あたりに押し込んでいく。


 カードの束にほんの少しはみ出すような形で挟み込んだ。


「更に、これをこうやって一番下になるようにする」


 星原はカードの束の下半分を持って上に重ねなおした。これで、僕のジョーカーはカードの山のにある形である。


「いい? よく見て」


 星原はカードの束を下側から指でなぞるような仕草をした。そしておもむろに一番上のカードを表にする。そこにあったのは下にあったはずのジョーカーだった。


「どう? 面白いでしょう」

「……凄いな。どうなっているんだ?」


 彼女は目を丸くして驚く僕に満足したのか、微笑しながらウインクして見せる。


「種明かしするとね。あなたがカードを引いた時、山のカードの一番上の一枚をあなたに見えないように『表』にして更にその上に『表向きのジョーカー』を重ねたの」

「それで?」

「それを真ん中に挟むときにはその二枚のカードを重ねたまま指でつまんで一枚に見せかけていた」

「あっ、そういうことか」


 つまり、カードの真ん中に挟んだとき、実は少しはみ出ていたあの一枚はジョーカーではなく、重ねられていたもう一枚だった。


「あとは、。当然、その一枚下のカードが一番上にくる。つまりジョーカーが上に移動している、というわけ」


 つまり、他のカードを重ねて二枚のカードを一枚のジョーカーに見せかけていたのか。あとは上に重なっていた一枚を下に残して、ジョーカーが一番上になっている半分の束を、重ねなおしたというわけか。


 二枚を一枚に。多いものを少なく見せかける。


 あれ?


 僕は急に目が覚めたような気分になる。


「……なあ。星原。女子サッカー部の部員って何人だった?」

「十四人でしょう。日野崎さんがそう言っていたじゃない」

「そうか? そうだな、あいつはそう言っていた。でも覚えているか? 小平敦子というあの先輩は『十二人のメンバーみんなと仲良くやっている』と僕らに答えた。『十二人』。……本人を入れても十三人だ」

「あ。……そういえば、そんなことを言っていたわ」


 彼女は虚を突かれたように目を見開いてから、首をかしげる。


「え? だとすると実は部員は十三人だっていうの? でも部室に行った時も下駄箱には十四足の靴があったわ」

「そこなんだ、ほら。新聞部の清瀬さんが言っていただろ。『女子サッカー部には昔、大活躍して、地区大会優勝までチームを導いた選手がいた』と。そしてその人は今、休部中だと」

「なんだ。それじゃあ、今活動している部員が十三人。その人を含めて十四人ということね」

「だがな、その話を聞いた日野崎はこういったんだ。『そんな人がいたんだ。知らなかった』と。日野崎はその人のことを知らなかったのに、なぜ部員を十四人だと思い込んだんだ?」

「……え?」


 おそらくは、入部後どこかで日野崎は部員の人数を「十四人」と聞かされていたのだ。それは本来休部している部員を含めての人数だ。


 しかし日野崎は「休部している人間の存在を知らないのに十四人と認識し」そこに何の疑問も抱いていない。


 どこかで何かがゆがめられている。あるいは見落としている。


「いいか? ここまでの話を聞く限り、『内部の部員』にはこれまで告げ口されてきた情報が耳に入る立場にあるものはいない。もしくは、耳に入る立場だとしても告げ口をするメリットはない」

「……うん」

「しかし『外部の人間』には内部の事情を知ることなんて不可能だ。だが、『内部の人間でも外部の人間でもない存在』だったらどうだ?」

「内部でも、外部でもない人間?」


 僕の目は知らず知らず、目の前のテーブルに置かれたトランプのジョーカーに引き付けられていた。


 ジョーカーはポーカーなどの一部のゲームではどんな数字として使ってもいいオールマイティーなカードだ。


 本来部員ではないのに部に所属している認識できなかった十四人目。


 さながら『エースからキングまでの十三枚に紛れ込んだジョーカー』といったところだろうか。


「……ああ。つまり、あなたが言いたいのはマネージャーのことね」と彼女は呟いた。


「確かにマネージャーは部に所属していながら、部外者に近い存在ともいえる。つまり日野崎さんはその人も数えて十四人としていた。けれど、他の部員たちはそう認識していなかったから十三人と数えていたということなのね」


 そう。マネージャーは実際部員として扱われるのかどうかは微妙なところだ。もちろんマネージャーも部員として扱うところも多いが、学校の部活規則によっては準部員としているところもある。


「うん。つまり、部員扱いされないくらいに『彼女』は女子サッカー部内では弱い立場ということになる」

「けれども、そんな弱い立場だからこそ、逆に告げ口をするなんて誰も思いもしなかった、と。もしかしたら下級生にとってすら存在感が薄かったのかもしれない。だからこそ簡単に盗み聞きもできた」


 僕はなんとなくテーブルの上のジョーカーを手に取った。ジョーカーはババ抜きのようにゲームによっては外れもの扱いなのだ。


 そんな僕にテーブル越しの彼女がぼそりと呟いた。


「……月ノ下くん。あなた、ジョーカーに描かれている道化師が何か知っている?」

「いいや?」

「ジョーカーに描かれている道化師はね。宮廷道化師、ジェスターの絵なの」

宮廷道化師ジェスター?」

「中世貴族は自分たちを楽しませるために、道化師を雇っていたの。それが宮廷道化師。彼らの立場はペットみたいなもので、滑稽な格好をして笑いものになるのが仕事だった」

「つまり、同じ人間として扱われなかったってことか」

「だけど、その代わりに雇い主の主人や王様に対して『どんな無礼な発言をしても許される』という特別な立場でもあったの。だから時には主人の愚行をいさめる役割も担っていたそうよ」


 時にキングよりも強いカードとされるのはそのせいなのだろうか。


 弱い立場として扱われるがゆえに、強い立場になりえた。


 彼女が告げ口をした動機はそんなところにあるのだろうか。


「それで、どうするつもり? この間はもし告げ口をするような犯人がいたら、何故そういう事をしたのか聞いてみて、その時考えるといったけれど」

「さあね。もしかしたら僕には、この一件の犯人を裁く資格はないのかもしれない。でも気持ちを受け止めるくらいはできると思う。明日、女子サッカー部室に行って『彼女』と話してくるよ」


 そこで決着を着けてくる、と僕は星原に告げる。


「いい結果に結びつけばいいわね」と彼女はすました顔で呟いた。

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