第34話 スープカフェにて
僕らがゲームセンターの外に飛び出すと、日野崎は少し離れたカフェの入り口に張り付いて食い入るように中を睨んでいた。
見失わなかったのは幸いのようだが怪しすぎるぞ、おまえ。
明彦も僕の背後から店を覗き込む。
「ああ、このカフェか。色んな種類のスープを揃えているので有名なところだな」
「へえ」
「私も聞いたことがあるわ。結構美味しいらしいけど」
星原も興味深そうに店のメニューが書かれた看板を見やっていた。
僕も店の中を窺うとレジの前に巴ちゃんと赤羽少年が一緒に並んで注文している。
「ふうん。キノコのクリームスープを注文したみたいだな」
その刹那、日野崎が僕の言葉に反応して唐突に声をあげる。
「キノコのっ! クリームスープ!?」
彼女は信じられないと言いたげに手で顔を覆って、天を仰ぐように上を向きつつ膝をついた。
「なんて卑猥な奴なんだ!」
「ええ……」
星原が遠慮がちにそんな日野崎に声をかける。
「あの、日野崎さん。……キノコのクリームスープを頼むのが何かまずいの?」
「何を言っているの! キノコでクリームなんだよ。そんな! そんな破廉恥なものを! 女の子と一緒にいるときに頼むなんて! もうあたしは恥ずかしくて見ていられないよ!」
「……いったい日野崎の脳内で何が起きているんだ」
「これ、もうわかんねえな」
僕と明彦は顔を見合わせて呟いた。
星原は少し考えてからおずおずと声をかける。
「よくわからないけど、たかがカフェのメニューの注文でそこまで決めつけるのは考えすぎなんじゃない?」
「もう! 星原は考えが甘いよ! この甘々シュガーガール!」
「しゅ、しゅがーがーる……」
どう反応すればいいかわからなかったのか、ポツリと星原は日野崎の言葉を反芻した。
「いい? 男が女の子と二人きりでいるときにキノコのクリームスープを頼むなんて、つまりは相手の女の子をキノコでクリームまみれにしてやりたいっていう欲望の表れに間違いないよ!」
星原はよくわからないという表情になりながらも言葉を続ける。
「つまり男の子が私と一緒にいるときに、そういうスープを頼んだら要注意ってこと?」
「なぜ僕の方を見ながら訊くんだ」
「いや。……何となく」
あらぬ誤解を招くような態度は慎んでほしい。
一方、日野崎はそんな星原の言葉も半分耳に入っていないようで、席の方に向かう赤羽少年と巴ちゃんをギラギラとした瞳で凝視する。
「あんの野郎め。巴に近づいて性の悦びを知ろうなどと許さんぞ。指一本でも触れようものなら、全身の関節を逆方向に折り曲げてやる」
「あの、日野崎さん?」
「何よ? 星原。知り合いに口の堅い肉屋でもいるの?」
振り返った日野崎が星原を睨む。
「なにげに恐ろしい発言だな」
「……既に死体が出るのは決定事項なのか」
僕と明彦は互いに顔を引きつらせて呟いた。
「いや、そうではなくて。女の子といるときに寄り道して、ゲームセンターでシューティングゲームをして、キノコのクリームスープを頼んだからと言って、いやらしいことを考えているとは限らないんじゃないかしら。単純にゲームがやってみたくて寄り道して、たまたま好きなメニューを頼んだだけという可能性もあると思うんだけど」
可能性もあるどころか、ほぼその通りだと思うが。
僕も見かねて口を挟む。
「そうそう。いったん頭を冷やして先入観抜きに判断しよう。憶測で巴ちゃんのクラスメイトに襲いかかるのはまずいだろ」
だがそんな星原の見解も僕の言葉も、妹への保護欲もとい独占欲に狂う目の前の少女には届かなかったらしい。
「なにを甘ったるいこと言ってんの! 目の前で恐ろしい犯罪行為が行われようとしているっていうのに」
「それは確かにそうだが」
お前の手による殺人未遂がな、と僕は心の中で付け加える。
「大体、月ノ下。あんただって冷静な顔して言うけど、もし星原が誰か他の男の子と一緒に出掛けてゲームセンターで遊んで、一緒にカフェに入ってスープを注文したらどう思うの?」
「えっ?」
日野崎の言葉を受けて、僕は思わず脳内で鮮明に想像を膨らませた。
もし星原が誰か他の男と一緒にゲームセンターに入って楽しそうにプレイをしたら。
そして、その後カフェに入って注文をして楽しそうに席で談笑していたら。
何だろう。何だかものすごく面白くない。
そんな僕の内心が表情に出ていたのか、日野崎は「ほら、あたしの今の気持ちがわかってきたでしょう」と追い打ちをかけるように煽ってきた。
「そうだな。女の子と一緒にガンシューティングゲームをしたあげく、カフェでキノコのクリームスープを頼むなど、許しがたい大犯罪のような気がしてきた」
「でしょ? わかったら、あたしと一緒にあいつの全てを止めてやるんだよ。まずは息の根から」
「それを止めたら他のものも大体止まってしまいそうな気がするけど、よっしゃわかった!」
「わかっちゃダメでしょ」と星原が止めに入る。
「日野崎さんを止めに来たのに、あなたまで協力してどうするの」
そういやそうだった。
「……だけど、日野崎もこのままじゃあ収まりがつかないだろ。それならいっそ下手に引きずるよりも、この場で決着を着けさせた方が後々問題を引きずらなくて済むと思うんだ」
「決着を着けるってどうやって? まさか、暴力沙汰じゃあないでしょうね」
「要はあの男の子が巴ちゃんにとって害を与える存在かどうかが問題なわけだろ。なら直接話した方が手っ取り早い」
日野崎が怪訝そうな顔で僕を見る。
「直接話す? じゃあ、これから声をかけに行くって言うの?」
「…………いや、その必要はないみたいだぜ」
明彦が僕らの背後の方を見ながらぽつりと呟いた。
「あの、お姉ちゃん。それに月ノ下さん、星原さんに雲仙さんも。いったい何をしているんです?」
先ほどから店の入り口で騒いでいたため、僕らは少々目立ちすぎていたようだ。
そこには目を丸くして僕らを凝視する巴ちゃんが立っていたのだった。
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