第27話 幽霊部員の正体
その少年は放課後の教室でぼんやりと物思いにふけっているようだった。
教室内は雑談に興じる生徒や、この後の遊びに行く約束で盛り上がる生徒などの話し声が響いていたが、彼は誰と話すでもなく黙々とタブレットをいじって、演劇部の裏方作業について整理していた。
ふとその時、タブレットの表示に変化が現れる。
それは連絡アプリの通知表示だった。誰かが演劇部内のグループトークに送信したのだ。
しかしその内容を見て彼は愕然とした顔になる。そこにはこう表示されていた。
『仙川 弘美:先日、部活を退部した新入部員の佐藤くんが戻ってきました。一度は一身上の都合で辞めたけれども、やはり私たちと一緒に素晴らしい劇を作ることにもう一度参加させてほしいとのことです。みんな歓迎してください』
『佐藤 進:皆さん、お騒がせしました。事情があって一度部活を辞めましたが、仙川先輩に説得されて考え直しました。今一度演劇部で頑張るつもりです。前と同じく表舞台には出られませんが、裏方として精いっぱい力を発揮する所存です。その為には恋愛や趣味にうつつを抜かす暇などないので、ただ真摯に演劇に取り組んでいくつもりです』
『仙川 弘美:見上げた心がけですね。他の部員の皆もぜひ見習ってください』
どういうことなのか、と彼は混乱しているようだった。
無理もない。『佐藤 進』とは他ならぬ彼自身のはずなのに、勝手に自分のものではない発言がされて会話が行われているのだ。
訳も分からず、彼は教室を出て演劇部の部室でもあるイベントホール控室へ向かおうとする。
しかし廊下を歩いて校舎を出たところで、眉を吊り上げた男子生徒がつかつかと近づいてきた。二年A組の高井戸だ。彼にとっては部活の先輩でもある。
「おい。どういうことだよ」
高井戸は激しい剣幕で彼にかみついた。
「こんな方向に持って行けって誰が言ったよ。この前までのやり取りでは仙川と良い雰囲気になりかけていたんだろ? あとは適当に理由をつけてフェイドアウトすりゃあよかったのに。何でこんな余計な会話をしているんだよ」
彼は柔和な顔をゆがませて声をもらす。
「わ、わからないですよ」
「これじゃあ、完全に逆効果になっちまうだろうが」
「違います! これは僕じゃあないです」
タブレットを見せながら必死に弁解する彼に高井戸はさらに詰め寄る。
「何を言っているんだよ。お前のタブレットで佐藤のアカウント設定しているんだぞ。誰かがお前のタブレットを勝手に操作したとでもいうのかよ」
その時、タブレットにさらなるメッセージが表示される。今度はグループトークではなく、仙川さんから「佐藤くん」に宛てたメッセージだった。
『仙川 弘美:見 つ け た』
『仙川 弘美:そのまま後ろを見ろ』
高井戸もそれを目にしてぎょっとした表情で、背後をつまり僕らの方を振り返る。もっとも彼は僕よりも僕の隣にいる少女の方に目を取られているようだったが。
「お、お前、仙川!? どうしてここに」
「どうだっていいじゃあないか。私がどこにいようと勝手だ。それよりも今の会話聞き捨てならないね。飛田くんのタブレットで佐藤のアカウント設定をしている? つまり佐藤という新入部員は存在しなかった。いや、君こそが佐藤だったのか。飛田くん」
飛田くん。そう、そこにいたのは先日僕が日野崎と一緒に話を聞いた、あの体格は大きいが気の弱そうな少年だった。
飛田正仁くんは青ざめた表情でその場にひざを折ってへたり込んだ。
が、その時。
「待って!」と一人の少女が横から飛び込んでくる。
小柄だが、その顔立ちは朗らかで愛らしく、穏やかな雰囲気の女の子。高井戸と付き合っているという演劇部部長、烏山美晴さんだ。
どうやら高井戸と飛田くんの所に仙川さんがいるというこの光景を見て、彼女は何が起こっているのか一目で察したらしい。そのまま仙川さんと二人の間に彼女は割って入った。
「仙川さんを騙すことになってしまったのは、申し訳なく思うわ。でもこのことは私と高井戸くんがしたことで、飛田くんは私たちに従っていただけなの」
「……どういうことなのか、説明はしてもらえるんだろうね」
仙川さんは烏山さんを厳しい目でにらんだ。
「なるほど。烏山さんが首謀者で、何人かの部員に協力してもらって証言をでっちあげて、メッセージのやり取りは飛田くんが担当していたわけか」
僕らは落ち着いて話せる場所に移動した方がいいということで、イベントホールのステージ前に集まっていた。
演劇部室であるホール控室の方は他の部員もいるし、ホールは演劇部員以外では吹奏楽部がたまに練習に使用するくらいだ。幸い今日の放課後は人も少なかった。
仙川さんは、烏山さんと高井戸、飛田くんから話を聞くべく三人の前に仁王立ちしており、僕は星原、日野崎、明彦と一緒に後ろのステージに腰かけて状況を見守っていた。
高井戸が僕らにちらりと目をやって苛立たしそうに呟く。
「それにしても、お前らが仙川に協力していたとはな。だが、どうして俺たちが『佐藤』を作り上げているとわかったんだ? それにあの『佐藤』と仙川のやり取りはどうやった? 何ですぐに俺たちのことが特定できたんだよ?」
日野崎がふふんと得意げに笑う。
「何。別に大したことはしていないよ。……烏山さん。あたしが前に演劇部の手伝いをした時にあたしをアプリのグループに招待してくれたでしょう」
「え? あ、うん。また何かの機会に出演してもらうこともあるかと思って、そのままアカウントを残しておいたんだけれど」
「それだよ。あの連絡アプリって、表示される名前とサムネイル画像を自由に変更できるんだよねえ」
「じゃあ、まさか?」
「そういうこと。グループ内に『佐藤くん』とやらのアカウントが残っていたからね。あたしのアカウントの名前を『佐藤 進』にしてサムネイル画像もコピーして成りすましたんだよ。そして仙川さんとやり取りしてみせたわけ」
僕も飛田くんを見ながら口を挟む。
「複数のアカウントを持っているってことは携帯電話の他にパソコンかタブレットを使っているんじゃあないかと踏んでいた。だから演劇部の中でその手のデバイスを持っている数人をピックアップして、それを僕らで手分けして見張っていたんだよ。自分が演じている『佐藤』が勝手にやり取りをしているのを見れば、何かリアクションを起こすと思ってね」
仙川さんは不機嫌そうに髪をかき上げると、高井戸を非難するように一瞥した。
「もっとも、やり取りを投稿して一番派手に動いたのは、高井戸くん。君だったがね。やり取りをグループトークに送信して、君が携帯電話でそれを目にするや否や、尻に火が付いたような勢いで教室を飛び出していった。そして後をつけてみれば、月ノ下くんが監視していた飛田くんにつかみかかってご丁寧に状況を説明してくれたわけだ」
高井戸はぐうの音もでないといった様子で意気消沈していた。
一応、他の通信デバイスを持っていると思しき演劇部員も星原と明彦、日野崎が見張っていた。そして念のため首謀者と睨んでいた烏山さんと高井戸は同じクラスの仙川さんに注意を払ってもらっていたのだ。
「さて、それでは説明してもらおうか。いったい何のつもりで佐藤という部員をでっちあげた? 私のことをからかっていたのか?」
仙川さんは厳しい目で烏山さんたちを睨みつけた。
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